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悪霊

「感じるぞ……てめぇの冷気をな……!」


 屋敷内を走り回ること数十分。

 ようやく奴の尻尾を掴んだ。


「タカさん! 速いですって!」


「すぐ殺すんで! 待っててください!」


 お前がいる限り俺は怒りで震えて夜も眠れねぇ!

 扉を蹴り開け、部屋の中に押し入る。


 いちいち隠れやがってクソ悪霊がッ!

 

 氷を這わせた短剣が虚空を引き裂く。

 黒板を引っ掻いたような奇怪な叫び声があがり、悪霊が姿を現す。


「キ、ァ!」


「お前、俺にビビっただろ?」


 デバフが通る。

 恐慌。悪霊が逃走の予備動作を行う。


 ここまで接近されてそれは悪手だぜ。

 間に合うはずもない。


「雑魚が……ッ!」

 

 悪霊の肩に短剣が深々と突き刺さる。

 物理面でのダメージは薄かったが、氷の感染が済む。


「ギ……!?」

 

 凄まじい速度で悪霊の身が凍り果てる。

 横目で後方を確認すると、オリヴィアが追いついてきていた。


 悪化のギフトか。


 そんな分析を済ませた時には、悪霊は既に氷の中で息絶えていた。


「かなりバフの倍率が高いな……」


 眼前の氷像を眺めながら、呟く。


「もう倒したんですか!?」


「まぁ完全に俺の下位互換だったからな」


「えっ。タカさんも透明化能力が?」


 さて、次に行こう。

 俺は氷像を蹴り飛ばし木っ端微塵にした後、部屋を出て先に進み始めた。





「あー……おかしいな」


 目の前には、俺が木っ端微塵にした悪霊の残骸が転がっている。

 戻ってきたわけではない。進み続けて、この景色を見るのはかれこれ3回目だ。


 途中から部屋の扉を一つ一つ開けてみたが、どの部屋も似たり寄ったりだった。


「同じ場所をぐるぐるさせられてますね」


「うぅむ」


 こういうの、前もあったな……。

 あの時はどうしたんだっけか。


 あ、思い出した。


「悪化でループ周期早めたりできないか?」


「厳しいと思いますが……理由は?」


「魔術を処理落ちさせる」


 オリヴィアがジト目でこちらを見る。

 なんだよ。


「あのですね。簡易的な物ならその突破方法も可能かもしれませんが、ここは魔女の作品ですよ?」


「…………やめとくか」


 一瞬だけ鎌首をもたげかけた傲慢を鎮め、言葉を絞り出す。

 研究区分特級の言う事だ。素直に従うべきだろう。


「タカさんの持論を信じるなら、何か攻略方法があるはずですが」


「まいったな」


 この作品のモチーフが想定通りなら……どこかに謎解きがある。

 そもそもどこを起点に通路をループしているのか調べるべきか。

 

 よし、そうしよう。探索する部屋数は把握した方が良い。


 一番近い部屋の扉に氷を付着させる。


「マーク代わり……っと。暫く歩きましょうか」


「はい」


 オリヴィアを連れて、扉の数を数えながら歩く。

 全部で12部屋か。


「12ぃ? わっかんねー。聖樹教で意味がある数字だったりしないか?」


 オリヴィアが顎に手を当て、うーんと唸る。


「行方不明のギフト保持者がそのくらいの人数だったような……?」


「失踪? たったの12人なのか?」


「はい。本当に行方が掴めていない者のリストです。表向きは失踪扱いの者は含みません」


 言い回しに仄かな闇を感じる。


「リストか。ギフト持ちには公開されてる感じのやつか?」


「はい。正確には駆除区分特級ですかね。何らかの痕跡を発見したら報告せよ、との命令が下っています」


 なるほど?


「確か、分解のギフト、点火のギフト、回転のギフト……えぇと」


「おい残り9つあるぞ」


「子供の頃に見せられたっきりなんですよ。聖樹教側としてもそこまで探す気がないみたいなので。閲覧申請すれば再度確認できますけど」


 ふむ。

 魔女は聖樹嫌いだったはずだから、それをモチーフにする可能性は充分に考えられる。

 ただ、仮にそれがモチーフだったとして何をどうすればいいんだ?


「部屋をもう少し詳しく調べてみるか」


「そうですね」


 ループの初期地点である部屋を開ける。

 他と変わらない間取りだ。一つ違う点をあげるなら、天井に俺達が降りてきたらしいハッチのようなものがあるぐらいか。


 だが謎解きであると想定したなら、まだ調べるべき場所がある。


「俺は本棚を見る」


 オリヴィアが頷き、机の引き出し等をチェックし始める。


 さて、本棚だ。

 小難しそうな本が並び、埃を被っている。

 背表紙から見て取れるタイトルは……魔導学基礎だの、分解と生成だの、魔力炉運用論応用だの……待て。


「分解……」


 言っていた失踪者の1人に関するワードだ。

 偶然とは思えない。


 本を取り出し、ページを開く。


「は!?」


 すると本は瞬く間にボロボロと分解され、塵に変わった。


 オリヴィアも遠目にその現象を見たらしく、ぽかんと口をあけている。


「今のは?」


「分解と生成って本を取り出した。多分、失踪者12人に関連した言葉がタイトルに入った本を取り出せばいいんだ」


 そうと分かれば話は早い。

 本棚の背表紙にざっと目を通す。


 うん、無いな。

 点火やら回転やらの関連ワードを探したが、見つからない。


「た、タカさん! 引き出しにこれが!」


 オリヴィアが慌てた様子で書類のような物を持って駆け寄ってくる。

 

「リストです! 失踪者の!」


「……なるほど」


 事前知識が無くても脱出できるようにしてるんだな。

 ちょっとばかり癪だが、助かった。


「一部屋につき一冊だ。さっさと済まして次に進もう」


「そうですね。行きましょう」


 部屋を出る。

 妙に冷えた空気が漂っている事に気付いた。


 これは……俺の冷気ではない。


「一冊消すごとに一体追加、か」


 嫌がらせ目的の敵か。

 熱心に本を探していたら不意打ちを食らうわけだ。

 良い性格してやがる。


「確実に殺してから進みましょう」

 

 オリヴィアの言葉に頷く。


「そうしますかね」


 短剣を構えた。

 ゲームなら悪霊を上手いことスルーしてさっさと本を消してしまっただろうが、あいにくこれは現実だ。

 リスクは取らない。


 

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