前へ次へ
261/323

屋敷へようこそ

「はいよ、到着だ」


 ブーザーの魔道具から降り、今回の標的が潜んでいるらしい廃墟を見据える。

 苔むした、大きな洋館。空が曇っているだけでは片付けてられないほど、ここだけに暗闇が立ち込めている。

 ザ・幽霊屋敷といった見た目だ。

 

 そうやって廃墟を観察していると、後方からオリヴィアとブーザーの話し声が聞こえてきた。


「すみません、本来、足はこちらで用意するはずだったのですが」


「俺の方が速いから構わねぇよ。んじゃ、次の迎えがあるんでな……健闘を祈るぜぇ」


 道中にブーザーの予定表を見せてもらったが、見事にギチギチだった。

 作品狩りが成果をあげられているという事の証左ではあるのだが中々にブラック……まぁいいか。ブーザーだし。


 オリヴィアが荷物を取り出し、ブーザーが去っていくのを見守る。

 迎えは3時間後だ。


「よーし、行きましょうか」


「敬語、戦闘中はやめていいですよ」


 思わずオリヴィアの方を振り返る。

 やや不機嫌そうな顔だが……本当に良いのか?


「私も崩れるかもしれませんし、そこで無理に敬語を維持したせいで伝達が遅れて……なんてことがあり得ますからね。なんなら今からでも良いですよ?」


 意外にちゃんとした理屈があった。

 理性的ではあるんだよな。


「あー、じゃあ。戦闘中は崩す感じで……」


「はい。ご自由に」


 廃墟に向き直る。

 短剣を構え、氷を這わせた。


 前情報によれば、あの屋敷そのものが敵らしく、内部は強固だが外部の攻撃には弱い……はず、との事だ。

 それが分かれば対処は早い。

 

 まずは屋敷自体に攻撃をぶっ放す。

 色々と氷漬けにした後、じっくり調査させてもらおう。


「挨拶代わりの一発だ、そらよッ!」


 一気に加速し、短剣を振りおろす。

 瞬間、視界が流転した。





「……こんなんばっかだな」


 足元には薄汚れた赤い絨毯。

 壁にはところどころ泥のような物が付着しており、悪臭を放っている。


 屋敷の中、と判断するのが妥当だろう。

 敵意でも感知したのか、一定まで踏み込めば転移する罠だったのか……そこは不明だ。


「おーい、オリヴィア! ……お嬢様?」


 慌てて敬称をつけたが、あまり意味は無さそうだ。

 返答がない。


「ソロは流石に無理だぞ」


 試しに床を短剣でなぞってみる。

 パキパキと音を立てて絨毯があっという間に凍りつき、身震いした後に消滅した。


 すげぇな。

 銀弾からの情報の一つにミミック系の魔物が多く蔓延ってるかもしれないってのがあったが……どうやって情報収集してるんだか。


 とりあえず、この作品のコンセプトは見えてきた。

 びっくり屋敷ってやつだ。


「何に影響されて作ったんだよ」


 壁に付着した泥が、視界の端で蠢くのが見える。

 オリヴィアを死なせた日にはいくらレオノラの後ろ盾があったとしても、処罰は避けられないはず。

 なんたって貴族様だからな。


「よっと」


 泥の裏に鋭利な牙と2対の脚を隠し持っていた魔物を3匹ほど斬り捨てつつ、屋敷の中を進んでいく。

 この程度の敵なら氷は使うまでもない。


 しばらくシャンデリアだのタンスだの、絵画だのを処理しながら歩いていると、遠くの方から悲鳴が聞こえた。


「あーっと、オリヴィア嬢?」


 遠目に何やら戦闘を行っているらしいオリヴィアを見つける。


「くっそ! ふざけんなッ!」


 そんな悪態と共に、瓶が投げられる。

 直撃した泥の魔物が断末魔をあげながら融解した。


 査定を下げられた上で一級だ。怪我なんぞするはずなかったか。

 それはそれとして、お言葉づかいがお上手ですわね。


「調子良さそうですね」


 軽く片手をあげながら、オリヴィアに近付く。

 オリヴィアは一瞬驚いた顔をしたのちに、膨れっ面になって言った。


「はぁ、最悪の場所です。早く核を破壊して帰りましょう」


 核。そうだ、それさえ破壊すれば脱出できる。


 この魔女の作品は魔物ではなく——魔物の入れ物。即ちこのびっくり屋敷そのものが本体らしい。

 そして、この屋敷を魔物の入れ物として維持する為の魔力回路の核がどこかにある。

 本来は氷漬けにしてからそれをじっくり探す予定だったのだが……。


「流石の銀弾も細かいトラップまでは調査しきれなかったらしいな」


「無茶な納期で情報を要求しているそうじゃないですか。そこまでの精度を求めるのは欲張りが過ぎるでしょう」


 それもそうか。

 

 家具に擬態した魔物を蹴散らしながら進む。

 すると、正面に階段が見えてきた。


「どう思います?」


「普通に上らせてくれるとは思えませんね」


 だよな。

 だがここまで道は一本だった。


 たらればになるが、紅羽がいりゃ転移罠が作動しない遠距離から大炎上で大勝利……いやダメだな、素材ごと燃える。

 

「ふむ……」


 階段に氷を這わせる。

 氷越しに索敵を広げてみるが、特に異常は見られない。

 

「上れそうですよ」


「……」


 そんな嫌そうな顔されてもな。


「俺1人で行ってきてもいいですけど」


「それは嫌です。行きましょう」


 どっちだよ。

 釈然としない思いを抱えつつ、階段を上っていく。


 襲ってきた手すりを迎撃した辺りで、階段を上りきった。


 一階よりも幅が大きめの廊下。

 その先に、大きな両開きの扉がある。


 相変わらず薄汚れており、悪臭が酷い。


「開けるしかないですかね」


 横を見る。

 めちゃくちゃ嫌そうな顔だ。

 まぁこの階は特に悪臭が強い。

 俺もやや不機嫌な顔になっているだろう。


「早く終わらせましょう」


 無言で瓶を構えるオリヴィア。

 だよなぁ、ボス部屋っぽいよなぁ。


 俺も短剣を構えつつ、一気に扉を開いた。


「…………なるほど」


 部屋の中は、豪華絢爛な食堂だった。

 圧倒的な腐敗臭と、大量のゾンビ、テーブルに並べられた歪な臓物のようなものが無ければ。


「ラッシュ部屋かよ、ふざけんなッ!」


 氷の壁を設置、その壁を越えるようにして瓶が投げられた。

 聞くに耐えない悲鳴があがる。


「良い連携!」


 残りを殲滅すべく、壁をよじ登る。


 毒瓶の中身らしき紫の煙が残留している。

 さて、ゾンビは……あー……アレ?


「何匹かピクピクしてるぐらい、か?」


 ほぼ全滅じゃん。


 劇的な効果に戦慄していると、背後から声がかかった。


「紫の煙が引いたら進みましょう。品質は悪化で下げてありますから、大した残留時間じゃないはずです」


 あぁ、うん。

 これは研究区分特級っすわ。


前へ次へ目次