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蔦を裂く者


 倒す必要はない。

 逃げるだけなら何とかなる。

 逃げ続けて、隙を見て短剣を回収。

 所詮は蔦、破壊して突破する。


「腕が鳴るな」


 もっとも、その腕はもう動かないわけだが。


 突っ込んできた巨大な蝙蝠の背に飛び乗る。


「おら、運べよ」


 命の灯が今にも消えそうだ。

 吐く息は既に白く、凍傷が内部まで至っていることが分かる。


 それでも、意識はクリアだ。

 冷静に、少ない手札でも、できることを一つずつ。


 飛び降りざま、蝙蝠を蹴り飛ばす。

 蝙蝠が悲鳴をあげながら、跳躍してきた巨猿に激突する。


 着地点にて待ち構えていたアルラウネに横っ腹を刺し貫かれる。

 凍てついた腕を振り回し、刺し貫いてきた枝に凍傷を伝染させる。


「ピギャ」


 氷が弱点なのはゲーム時代と一緒か。助かった。


 身体から離れた枝を蹴り、顔面からダイビング着地。

 二転、三転した後に――俺の口には、短剣がくわえられていた。

 まずは一つ。

 次の目標は、化け物どもの突破。

 最後に、蔦の破壊及び脱出だ。


 状況を整理しよう。

 正面、巨猿。蝙蝠はしばらく動けない。アルラウネはまだ襲ってくる余力有り。

 リッチが多数のゾンビを従えているのが見える。蛇は少し様子を窺っている。気を抜けば一瞬で串刺しだろう。

 オークキング、無傷。ヘルハウンド、ミノタウロス――


 ここにきて、俺はようやく理解した。

 昔の俺なら、とっくに折れてた。いっそ楽に殺してくれと願ったはずだ。

 でも、そんな気持ちは全く湧いてこない。


 呪術だ。

 レオノラ曰く、俺の呪術はぽっと出にしては力が強すぎる。

 相応の代償を払っていることを自覚しろ、と。

 出力を間違えるな、と。


 これが代償だ。

 俺の意識は、傲慢にもこの状況を突破可能だと。俺はまだやれると。

 虚栄・・で満ち、下である・・・・と結論づけている。

 まさしく虚栄と傲慢。

 俺が自らに刻んだ法の通り。


 より傲慢に行こう。見下せ、現実はそれに倣う。

 より虚勢を張ろう。心に虚栄を満たして、胸を張れ。


 腕が、凍ってる? 神経が繋がってない? 千切れかけている?

 笑わせるな。散々、既存の法則を捻じ曲げてきたくせにその程度で動かなくなってんじゃねぇ。


 百の動かせない理屈があろうと、その一は百に勝る。

 この腕は、俺の物だ。


「ハ、ハハハハ!」


 短剣を握る。

 魂に、生き方に。どうしようもなくルールが刻まれていく。

 なるほど。

 レオノラは聖樹教が嫌っているから呪術なんて呼ばれているんだ、なんて言っていた。

 違う。


 これは間違いなく――呪いだ。


「行こうぜ、第二ラウンド」


 吐く息は相変わらず白く、持った短剣すらも凍てついている。

 だが、問題ない。身体はこれ以上ないほどに軽い。


「好都合ッ!」


 アルラウネの攻撃をいなし、首に短剣をねじ込む。

 途端に力を失っていくその身体を盾に氷蛇の追撃から身を隠し、蔦の場所を目指して前進する。

 

「ギ、ギャギャギャギャ!」


 視界の端に巨猿がうつる。

 流石にスルーできない、迎撃の姿勢を取る。


「――」


 一撃目。フェイント。

 掴みの動作。避ける。

 噛み付き。距離を詰めるためのブラフ。

 本命は――足の爪による不意打ち。


「ギ!?」


「今、斬られると思ったな?」


 負けを認めるようなものだ。

 俺を相手にそれは致命傷になる。


 巨猿の片脚が斬り飛ばされ、バランスを失ったまま吹き飛ぶ。

 凍傷のオマケ付きだ。暫く復帰は難しいはず。


 迫っていたゾンビの群れを一掃して更に前進したところで、巨大な影が差す。


「クソ蛇」


 俺の戦闘中ずっと氷の杭をぶっ放してきやがって。

 どれだけ凍てつかせようが俺の身体は俺の物だ。


「シュル……ルル」


 その巨体からは考えつかないような速度で頭部がこちらに迫る。

 冷気を纏った身体でじわじわと囲む気だ。

 この頭部が背後に回るのを許したら最期、俺の形をした氷像の出来上がりだ。

 回避も間に合いそうにないとなれば、俺はここでコイツの頭部を迎撃する他ない。



 クソ蛇の思考はそんな感じか。

 頭部をあえて背後に回らせる形で避け、身体に飛び乗る。


「シュル!?」


「良い滑走路だ」


 脚が凍り付いていくのがわかる。

 だが、俺とクソ蛇の突進の推進力で、身体はみるみる内に加速し――


 空に舞った。


 脚は動く。腕も動く。

 着地点も良い。


 深紅の蔦が、脱走者を咎めるように伸びてくる。

 

ただの蔦・・・・が、俺の邪魔をしてんじゃねぇよ」


 身体が一気に脱力しかける。

 なるほど。

 レッテル貼りによるデバフ――手札が増えたじゃねぇか。

 魔族や魔物相手なら通ってなかっただろうが、対象が良かった。


「おッ……らぁああああああああああッッッッ!!!!」


 深紅の蔦が裂ける。

 悲鳴をあげるようにのたうち回る蔦の隙間。


 そこに、俺は身体を捻じ込んだ。




「カカカカ!」


「リッチ……!」


 しわがれた手が俺の脚を掴もうとして、冷気に恐れをなしたのか引っ込められる。

 ハハ、あのクソ蛇に感謝だな。


「あばよクソ魔物ども! 二度と来ねぇからな!」


 森に身体が叩きつけられる。

 すると、先ほどまで感じていた禍々しい空気が消え去った。


「……ぐ、あぁ」


 近場の木によりかかる。

 草原は最初に見たような穏やかな景色に戻っており、中心に例の死体があるのが見て取れた。


 少し、休むか。

 そこで、何やらカチカチとうるさい音がする事に気付く。


「え?」


 身体が、動かない。

 呪術が回らない。


 ああ、そうか。

 ガス欠ってやつだ。


「は、……う、ぎ」


 歯の根が合わない。

 寒い。

 寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い――


「グギ?」


「あ」


 ゴブリン。

 抵抗

 無理だ、身体が


 殺される








「今すぐ魔道具に乗せろ!」


「おいおいおいおいどういう症状だこれ!?」


「知るか! ワシが何とか進行を遅らせる! お主は最大速でレオノラのところまでコイツを運べ!」


「……」


「モータル! ぼーっと立つな! 運ぶのを手伝え! クソ、地面に張り付いて……ッ!」


「私が斬ります! 出血はしないでしょう!?」


「したらワシの身体で塞ぐ! やれ!」









 

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