銀弾の男
レオノラ邸の来客用の個室にて。
俺は当然の如く部屋にいるエリーさんとムカデ女をなるべく視界に入れぬよう努力しながら、掲示板をチェックしていた。
「アメリカが新魔術兵器の生産に成功かぁ」
良いことだな。俺たちだけじゃ全世界は守れない。
もう随分と前に渡した魔術書.pdfが役立ったなら嬉しいが。
……地球を離れていても情勢が何となく掴めるってのはかなりのアドだな。
「おい、魔女のレプリカを持ってこい」
ドアが叩かれる音とレオノラの声が耳に入ってくる。
魔女のレプリカ……ムカデ女だな。
視線を向けると、無表情で見つめ返してくる。
「は?」
「……何でしょうか」
何でしょうかじゃねぇよ、そんなに察しが悪かったか?
「どうすんだって聞いてんだよ」
「重要な用事であると推測します」
はあ。そりゃそうだろうけどよ。
「まぁいいか。行くぞ」
「承知しました」
ムカデ女を連れて部屋を出る。
「よし」
俺たちを見るなりレオノラが玄関方向へ歩き始めた。
「おいおい、待てよ。何する気だ」
「教皇様が言っていた援軍のお出ましだ。喜べ、やってきたのは銀弾のドラグだ」
銀弾のドラグ?
「ギフトはないが、何度か特級登録が検討された男だ。現在は駆除区分と研究区分において1級。一般に不死と呼ばれるような形質を持った存在を殺すことに長けた……まさしく銀弾のような狩人だ」
そりゃすげぇ。
「魔女討伐にはピッタリだな」
「対抗策を見つける、お前達の世界風に言うならばメタを張ることにかけては右に出る者はいない」
魔女レプリカが魔女へのメタになるって話だった気がするが……所詮、魔女からの貰い物。クソみてぇなマッチポンプに過ぎない。
他の対策も持っておくのは当然と言えよう。
「そして何より、常識的だ」
最高の人材じゃないか。
しばらく歩き、応対室のような場所に着く。
そこには、ソファでメイドと仲良く隣合って座る初老の男の姿があった。
刈り込まれた銀髪。目尻や口元の皺が、歴戦の傷のような深みを出している。
うちのなんちゃってイケオジとは違う、本物の匂いがするな。
「おっと、申し訳ありません聖女様! このような姿勢で」
慌てて男が立ち上がるのを、レオノラが手で制した。
「構わん。魔女討伐作戦において我々は対等だ。銀弾のドラグ、お前には私の申し出を断る権利すらある」
「このような栄誉を断るだなんてとんでもない! ……あー、では。敬語を崩しても?」
「無論だ。好きに話せ」
冷徹な狩人のそれだった表情が一転、少し悪戯っけのある好々爺の笑みに変わる。
「ありがたい。育ちの問題か、どうにも敬語は慣れん」
そう言いながら立ってこちらの方へ歩み寄ってくる。
「コイツが例の、魔女のレプリカ——銀弾の鋳型か」
銀弾の鋳型?
新しい対策を作るんじゃなかったのか。
レオノラに抗議の視線を向けると、肩を竦められる。
おいまずいだろ、どうするんだよ。
「銀弾、好きに見て構わんぞ。良いな?」
俺が頷くなり、銀弾がぐっとムカデ女に近づいた。
顎に手を当てながら、興味深げにムカデ女を観察する。
そして、魔道具のような物を出したり手先に魔力を集めた状態で触ったりしながら丹念にチェックを始めた。
「ふむ……ふむ……はぁ、なるほど」
何度も首をひねったり、逆に頷いたりを繰り返す。
やがて結論が出たらしく、銀弾がにこやかに顔を上げた。
「質問をしても? 聖女レオノラ」
銃口を突き付けながら。
「! おい、レオノラ——」
「黙っていろ。どうした銀弾、随分と物騒な口だな」
「たわけが。こんなもの、どう足掻いても禁術絡みの生産物じゃろが。場合によっては異端審問官に話を通させてもらうぞ」
カチリ、と何かの音が鳴る。
銃口の軌道はレオノラの心臓にピタリと合わせられたままだ。
「説明しようか。話を最後まで聞いてくれるな?」
「聞いた後の対応は保証せんぞ」
「話がわかる男で助かる」
確かにそうだな。
この世界だと問答無用でいきなり殺しにくることの方が多いもんな。
「そのレプリカの出どころは、魔女自身だ」
「……」
銀弾の眉がひそめられる。
「お前が禁術を検知したのは、その部分だろう。下手すればそれすら分からないのでは、と思ったが……ハハ、良い腕をしている」
「世辞はいいから続けんか」
「それは失礼。魔女レプリカは、魔女自身の落とし物を加工した品だ……つまり、私はこう言いたいわけだ」
銀弾の頬が僅かに動く。
「加工には一切禁術を用いていない。禁術は全て大元の魔女に由来するものであり——奴が犯した禁忌を奴に返すだけの事である、とな」
嘘に塗れている。
しかしながら現物の説明や筋は通る。
銀弾の表情がとうとう歪んだ。
笑みの方へ。
「痛快じゃ。良い、とても良い弾の鋳型を用意した。呪詛返しというわけか……それなら、確かにわしも過去に使った事がある手法。規模は違えど責めはできん」
良かった、うまく説得できたらしい。
銃口が下げられ、張り詰めた空気が霧散する。
「それで、わしのやることは?」
「返すための呪詛を集める。すなわち、魔女の落とし物や作品を拾いたい」
「ははあ。鋳型に注ぐ材料か」
「その通り」
銀弾が顎に手を当てたまま座り込む。
「……いくつか、心当たりがある」
「討伐は二手、三手に分かれて行う。場所がわかれば早めに連絡が欲しい。それと、もう一つ重要な頼みが」
「なんじゃ」
「魔女が落とし物に地雷を仕込んでないか調査し、仕込んでいるのならば撤去したい。頼めるか?」
部屋に笑い声が響く。
言うまでもなく、銀弾のものだ。
「わしを誰だと思うちょるんじゃ? 足跡、魔術の残滓、食いカス。そんな情報の断片から銀弾を作る男——現物が目の前にあるんじゃ、やり損なうはずもない」
獰猛に笑った男の目に、銀色の光が見えた。
「期待しているぞ」
「ではその期待を軽く飛び越えるとするかの」
銀弾が持ってきていた荷物をまとめ、部屋を出ていく。
慌ててメイドがそこに追従した。
……ああいうまともっぽい来客には丁寧に対応するのな。