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敬愛なる信徒達よ

「では褒美の話に移ろう。君達はまだ志半ばとはいえ、偉業を成したわけだからね」


 教皇が戸棚から一振りの枝を慎重そうに取り出した。


「聖樹様は時折、枝を新しい物に入れ換える。その際、古い物は不要物として地に落としてしまわれる。そしてその枝は一つ一つ、厳重に保管されるのだが――ふふ、敬虔な信徒に譲渡された事例はいくつかあってね?」


 レオノラの目が僅かに見開かれる。


 その反応を見たのか、教皇が微笑んだ。


「欲しいと思っていたんだろう? これがあれば魔女殺しの兵器は作れるかい?」


 口元の拘束が緩まるのを感じる。

 やっと息がまともに吸えた。


「教皇、様。しかし……」

 

 ここまで狼狽したレオノラは初めて見る。

 死ぬ時ですら、もっと落ち着いていたはずなのに。


「厚意は受け取るのが礼儀だよ」


「謹んでお受けいたします」


「よろしい」


 レオノラが、ぎこちない動作で教皇から渡された枝を握る。

 それから教皇は、木造の椅子のある場所まで歩き、ゆっくりと腰掛けた。


「では次は魔女討伐隊についてだ。人材を求めて来たようだけど」


「はい」


「修練の彼からは話を聞いている。他にも数人、私から声をかけておいた。数日中に君にコンタクトを取ってくるはずだよ」


「ありがとう、ございます」


 そこで教皇が深く息を吐き、遠くを見つめるような目になる。


「私はね。綺麗事が好きなんだ」


 綺麗事。

 何を意図した言葉だ?


「ああ、皆公平で幸せ! といったシンプルなものじゃない。才能、運、定められた役割。それらはある種……無くては世界が立ち行かないものだ。だがね、不公平でも泥臭く、血生臭く、生き意地汚くもがけば、誰しもが何だって掴める可能性を持つ。私は、聖樹様の望む世界とはそういうものだと思っている」


「……」


 誰も反応できない。


 それは綺麗事というよりは……何だ? どう形容すればいい?

 確かに今の語りだけならば、どこぞの説法のようにも聞こえる。

 だが、何となく、本音を話している風には見えない。表情、仕草全てに慈しみが滲み出ていて、それが逆に嘘臭さに繋がっている。


 レオノラすら返答に困っているのを余所に、教皇は語りを続けた。


「聖女レオノラ。私はね、君の手段を問わず・・・・・・異端を滅するという意志を尊敬しているのだよ。だって、あまりに健気で感動的じゃないか。脚本と台本を作って城下町の演劇場に寄贈したいくらいさ」


 何だ、何が言いたい。

 手段を問わず?

 教皇、お前はまるで知っているかのような――


「話は終わりだ。疲れているだろうに……長話をしてすまなかったね。行くといい、敬愛なる教徒達よ」

 

 次の瞬間、俺たちは廊下に立っていた。


「……また、か?」


 珍しく酔いが醒めている様子のブーザーがそう呟いた。

 また、とは記憶を消す魔法のことだろう。


「どうだろうな、俺としてはホラ吹いて普通に――むぐ」

 

 転移魔法を使っただけだと思いたいが。


「城の中だ、口を慎め」


 手で口を塞いできたレオノラを軽く睨む。


「……悪かった。確かにそうだな」


「いや、いい。直接会うのは初めてだろうからな。動揺するのは仕方ない」


「レオノラは何度目だ」


「三度目だ。一度はギフトを得た日。二度目は別の戦役で成果を上げた時。それら全てはあの部屋だったが……どうにも行き方がさっぱりだ。完璧な防犯意識だな」


 そこでスルーグさんが口を出す。


「そうかの? 気遣いが行き届いてるだけかもしれんぞ?」


「ぞっとするな」


 レオノラ、お前普通に失礼だけど大丈夫か?

 価値観が不明すぎて急に現れてやっぱ殺すって言ってきても違和感ねぇぞアイツ。


「では皆、一旦私の持ち家に移動しようじゃないか。拳聖には訪ねてくるよう言ってあるし、鍛錬用のスペースもある」


 この城にいつまでもいたい者はいなかったらしく、レオノラの提案は即座に受け入れられた。



 経験者のレオノラに案内されるままに廊下を歩く。

 おそらく俺が通るのは2度目なんだろうが……まったく覚えがない。

 頼むから転移魔法を使っててくれ。


「聖女レオノラ様……お待ちしておりました、屋敷まで護衛いたします」


 城を出たと同時に、待機していたらしい兵士3人に話しかけられる。


「ハハ、護衛? 要らんよそんなものは。私を誰だと思っている」


「存じております。しかし、礼儀として」


「要らないと言ったろう? お前達の職務はより有意義であるべきだ」


「……わかりました」


 兵士をていよく追っ払い、レオノラがこちらに向けて笑う。


「教皇様は過保護で困るな」


 まったくだよ。





 数十分ほど歩いたあたりで、目的地に到着する。

 レオノラの屋敷だ。

 周囲の貴族の家などは木造だが、この屋敷だけは石でできた部分が多く、人が住むところというよりは、何かの生産工場のような印象を受ける。


「ふむ。埃に塗れているものかと思っていたが……フン、大した忠義だな」


 忠義?

 誰かが掃除していたという事だろうか。


 木柵を開け、庭に出たところでその疑問は解消された。


「お帰りなさいませ。レオノラお嬢様」


「生娘でもあるまいに、その呼び方はやめろと何度も言ってるだろう」


「身体が新品になって・・・・・・いますし、適切かと」


 ロングスカートのメイド服を着た、黒髪の女。

 レオノラが不在の間も屋敷の掃除をしていたのだろう、その手にはホウキが握られていた。


「主人に対してここまで下世話な従者がいるとはな。驚いたぞ」


「はあ、そうですか。そちらの方々は?」


 無礼が過ぎるだろ。

 だがレオノラは気にしていないのか、俺達の紹介を始めた。

 

「酒飲みの馬鹿、ブーザー。あと考えなしの馬鹿2人組、タカとモータル。あとは拾ってきた」


「ほう、初耳じゃな。ワシらは拾われたらしいぞ」


 スルーグが無表情で他4人の捨て子に話す。

 ムカデ女は……うん、無表情だな。


「じゃあアレですかね、検体を入れてたところに泊める予定ですか?」


 アレですかねって何だよ。


「いいや。普通に客人用の部屋がいくつもあっただろ。そこに案内しろ」


「え!? 私はてっきり実験体をまた仕入れてきたのかと」


 全体的に失礼だなこのメイド。

 メイドが驚愕した様子でこちらをチラチラ見てくる。


「おいレオノラ、なんなんだコイツ」


「殺されかけてたのを拾っただけだ。育ちが良いようでな、素晴らしく礼儀がなっている」


「お嬢様、ありがとうございます」


「皮肉だ」


「本当に、お嬢様のご指導の賜物でございます」


「ハハハハ。おい、さっさと案内しろ」


「はい」


 レオノラはそう命じると、枝を保管してくるとだけ言い残し、別館らしき方へ歩いて行った。

 完全に後ろ姿が見えなくなったあたりで、メイドが口を開く。

 

「よし。案内だるいので、転移使っていいですかね?」


「「「は?」」」



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