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主観的転移

 レオノラの部屋を出て、自室に戻る。

 何故か室内にいたエリーさんを追い出し、ベッドに潜り込んだ。


「魔力伝導ね」


 意識したことなかったな。勇者の術式にそこの操作も組み込まれてたんだろう。


 そんな事を考えている内に眠気が訪れる。

 流石に疲労してたか。


「聖樹の国はもう少し心休まる場所だと良いな」


 自分でも無理があると分かっている願いを口にしつつ、睡魔に身を任せた。




 微かに部屋に差す明かりと共に、意識が覚醒する。

 良い朝だ。


「さて、と」


 備え付けの備品で朝支度を済ませ、部屋を出る。

 

「おお、起きたか」


 廊下に出るなり、腕を組み壁にもたれかかって立つレオノラが視界に入った。


「まぁまぁ早起きだと思ったんだが……お前、ちゃんと寝たか?」


「補給したので睡眠は少しで済んだぞ」


 その補給が何を指すのかは聞かないでおこう。


「他の皆は?」


「ブーザーはまだ寝ている。他は既に出発の準備を始めた」


「了解。飯は? 食ってから出るのか?」


「いや、道中で食べる。それを今積んでいる最中でね」


 なるほどな。

 なら後はブーザーを叩き起こすだけってわけだ。


「……起こす時は心持ち優しめで頼むわ」


「ほう? 珍しい注文だな」


「一応ボコボコにされた翌日だからな」


 レオノラが愉快そうに喉を鳴らした。


「お前もじゃなかったか?」


「虚勢がある」


「そりゃすごい」


 俺は黙ってレオノラを一睨みし、積み荷の手伝いへ向かった。



 宿を出てしばらく歩くと、見覚えのある魔道具にモータル、捨て子5人組、ムカデ女の姿が見えた。

 人間が少数派なひでぇパーティーだ。


 待てよ? ……あれ、人間って……俺だけか?

 いや、ブーザーがいるじゃないか。全然嬉しくねぇ。


「タカ、もう出発できそうだよ」


「そりゃ良いな。今レオノラがブーザー叩き起こしてるとこだから待ってろ」


 そんな会話の数分後、レオノラがブーザーにヘッドロックをかましながら歩いてきた。

 楽しそうですね。



 数時間後。


「流石に疲れたぞぉ。こんだけ苦労させたんだから相応のすっげぇ地酒があんだろうなぁ?」


 何度目かも分からないブーザーの愚痴を聞き流していると、ようやく検問所に到着した。

 宗教画チックなアートが彫られた巨大な木造壁。

 なるほど、聖樹教の信徒はさぞかし攻めづらいだろう。


「安心しろ、聖樹の国はあらゆる最高品質のものが揃っている」


「へっへ……そうこねぇと」


「値段も相応だがな」


 固まるブーザーを無視し、レオノラが書類を門兵に渡した。

 門の前はとんでもない行列ができている。


「こりゃここで一泊コースか?」


「いいや。魔王を討つ上で重要な役割を負った聖女とその兵士の帰還だ。別口を使ってくれるはずだ」


 門兵が一礼し、誘導されるまま進む。

 行列の横を練り歩くようにして、別口らしい場所へと着いた。

 大きな門の隣。ややこじんまりとしたその扉は、俺たちの魔道具を入れるには十分なサイズだった。


「な?」


「使えない可能性もあったのか?」


「混んでいなければな」


 門が開き、中の様子が見えるようになる。

 ――中は、ただ長く、果ての見えない通路だった。


「どんだけ厚いんだよ」


 俺の声が通路に冷たく響く。

 暗くはないが、どことなく拒まれるような印象を受け胸がざわつく。


 不安になり他の反応も確認する。

 皆の微妙そうな表情を見る限り、同じような印象を受けているらしい。

 そんな中、レオノラが感心したように口を開いた。


「ガワの芸術性もさることながら、やはり内部も素晴らしい。流石は教皇の知恵をフル活用しただけはある」


「……教皇の知恵?」


 このざわつきもソイツのせいか?


「ああ……防衛に関したあらゆる魔法が刻まれ、絶えず機能している。一つの到達点だろうな」


「そこまで褒められると私としても鼻が高いよ」


 そんな言葉を発したのは、いつの間にやら通路の中心に立っていた青年からだった。

 精悍な顔つきで、木目のような模様が入った何やら格調高そうな服を着ている。


「おい! 頭を下げ——」


 レオノラが何か叫びかけ、ぶつ切りにさけたように声が止まる。

 いや、止まっているのはレオノラの声だけじゃない。

 俺の身体も、一歩も動けない。



「ああ、いけない。身体的なスタミナが無尽蔵な我々は、つい忘れかけてしまう。どうあっても、精神的スタミナを伸ばすことは難しく、またその摩耗は無意識下で、致命的な事態を起こすことがある」


 青年がゆっくりとこちらに歩み寄る。


「私に気を使う必要はない。身体を楽にするんだ——大丈夫、私が掌握している以上、君達が礼を失する事はない」


 そんなことを言われて身体の力を抜くやつがいるなら見てみたいもんだ。

 そんな悪態を心中で吐きつつ、俺は眼前の青年がどういう立場の人間か理解し始めていた。


「ようこそ、聖樹様が鎮座する誇り高き国へ。君達の旅路は聞き及んでいるよ。卑劣な罠にも屈さず、たった3人で異端である魔王軍の重役を撃破し帰還。戦況を変える一手だ……偉業さ、まさしくね。これについては私が直々に褒章を用意している。ふふ、楽しみにしていてくれ」


 息が詰まる。

 冷や汗が出る思いだが、一番恐ろしいのはその冷や汗が本当に出ているのかという感覚すら分からなくなってきたという辺りだ。


「しかし、君達の旅路は終わらない。いやむしろ敵の強大さを考えればここからが佳境と言えよう。君達は——次は魔女を殺すと。異端を殺し尽くすのだと、そう言っているそうじゃないか」


 間違いない、コイツだ。

 このなんてこと無さそうな青年が、聖樹の国を治め、聖樹教のトップに立つ——教皇だ。


「感動した、感動したんだよ私は。君達の志にね」


 そこで、突如として景色が切り換わる。


 木質特有の匂い。

 見事な意匠の木像や家具が並ぶ、色味は少なくとも、圧倒されるような部屋。


 ……転移、魔法か?

 聖樹教じゃ禁じられてるはずだ。

 それとも、教皇だけは許されているのか?


「精神的スタミナは無尽蔵でなく、大切にすべきだという話は先ほどしたね? 君達、特にそこの3人は死に瀕しつつも歩みを止めずこの聖樹の国までやってきた。あと一歩のところで、壁の内部である長い長ーーい廊下を歩くのは……とても精神的にくることだろう。ゴールが近い分、そのもどかしさは強いはずさ。私にも分かるとも」


 だから禁呪を?

 意外にルーズなのか、それとも……。


 そこで、教皇がにこっと笑みを浮かべた。


「だから、廊下を歩く間の君達の記憶は消去した。どうだい? 急に私の部屋に着いたような気分だろう?」


 は?


「何、そうかしこまることはないよ。これは私からのささやかな気遣いさ……ね?」


 お茶目にウィンクをする教皇。

 その目の奥は、深く、果てを感じることすらできなかった。


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