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伝導

「おーい、レオノラ居るかー?」


 宿に戻り、真っ先にレオノラの部屋のドアを叩く。

 生贄も渡したし、冷静にはなってるはずだが……なってるといいな。

 最終手段としてのモータルがいるから安心と思いたい。


「ああ、タカか」


 扉が開き、レオノラが顔を出す。

 心なしかスッキリしたような表情のレオノラに促されるまま、モータルと部屋の中に入った。

 

 手術台のような場所で気絶している金髪男を横目に、モータルと揃ってソファに腰掛ける。


「救世の兵をリチャージしておきたいところだったのでな。流石はコモレビだ、良い質の人材が簡単に転がっている」


 レオノラがしたり顔で呟く。


 そりゃ良かったな。


「さっそくで悪いが、質問をさせてくれ。拳聖に俺たちの攻撃が通じなかったのは何故だ」


「おっと、少し待て」


 レオノラが手術台の男に手をかざす。

 

「……よし。聴覚を妨害しておいた。これで突発的に目覚めたとしても問題ない。続けようか」


「続けるも何もねぇよ。拳聖がいったい何を使ってんのか知りたいだけだ。修練のギフトが関係してるんだろうが」


 レオノラが薄く笑みを浮かべる。

 

「ヤツのギフトは、魔力伝導に関するギフトだ」


「魔力伝導?」


 レオノラが槍を取り出し、手に取った。


「例えば――」


 それを、真っすぐ俺に振り下ろす。


「ッ!?」


 短剣を抜こうにも間に合わない。避けるにしてもソファに腰掛けた状態では厳しい。


「ほう」


 刹那、黒い影が俺と槍の間に割って入った。

 モータルだ。


「……何のつもり?」


 久々に尻尾と耳が出ている。

 隠す余裕がない程に本気の速度だったのだろう。


「いやはや、直撃してもらう予定だったんだが……そうか、防ぐか」


「タカを殺せばそっちも死ぬんじゃなかった?」


 そうだ、俺が油断しきってたのはそれもある。

 その前提が覆るなら話が変わってくるぞ。


「はははは! 勿論。それを理解した上でやった……が、いきなりすぎたな」


 レオノラがモータルに弾かれた槍を掲げる。

 その槍は、見るも無残にへし折れていた。


「さて、お前達は疑問に思ったことはあるか? 本来の世界のシステムにのっとるならば、鉄の槍はこうならねばならない。鉄より硬い物を鉄で斬る……何故そのような現象が起きる?」


 ……本来有り得ないことを起こす。そんなもの、決まってる。


「魔力だろ」


「正解だ。……すまない、そこの番犬が未だに警戒を解いていないようだ。君からも何か言ってくれ」


「モータル、多分大丈夫だ。警戒は最低限でいこう」


「そうだね」


 警戒を解く気はないと察したレオノラが心底楽しそうに笑う。

 次同じことやったら短剣で弾いてそのまま喉元に切っ先を突き付けてやるからな。


「魔力を武器まで伝導させ、君達が従来の法則を無視した挙動をするのと同じように、従来の法則を無視した切れ味、耐久性を実現させている。武器自体に魔術回路を仕込む手法もあるがね」


 レオノラが壊れた槍をその辺に投げ捨て、俺たちの向かいのソファへ腰掛けた。


「君達の武器だが――手入れはしたかね? まるで、硬いものに無理やり叩きつけたかのような刃こぼれができていたのでは?」


 モータルに視線を向けると、首を縦に振った。

 なるほど。


「わかった。修練のギフトの正体は、魔力伝導の無効化か?」


「無効化というよりは大幅な減衰が近い。知った上でそれ用の鍛錬を積めば武器も使えるが――全くの初見である君達は、武器を捨て拳を用いて戦わねばならなかったのだよ」


 拳、か。

 はは、とんでもねぇ事いいやがる。


「拳聖なんて呼ばれるほど体術に長けたヤツ相手と、強制でステゴロ勝負ってか」


「その通り……まぁ、それでも傷をつけられるか怪しいところだがな」


 何だと?


「なんでだよ、確かに拳の扱いは得意とは言えねぇけど」


「魔力伝導は、武器だけじゃない。体術にも影響が出る。流石に他人の内部までは干渉が難しいからな、速度等は落ちないが……攻撃の突破力や耐久力は明確に落ちるぞ」


 は?


「……詰んでねぇか、それ」


 思わず漏れた俺の言葉に、レオノラが最大級の笑顔で答えた。


「この世界の強者とはそういうものだ。メタでも張らない限り、一方的に殺しに来る」


 はは、最悪だな。

 どうせ魔女はそれ以上なんだろ?


 そこで、少し前のレオノラの発言を思い出した。


「拳聖に指南役を頼むって言ってたな。そういう事か?」


 遠まわしに、俺たちに拳聖を殺させようとしているのか?


 俺の発言の意図を察したのか、レオノラが首を横に振る。


「ヤツは聖樹教の中では扱いやすい方だ。消すにはあまりに惜しい」


「ならなんでだ。武器が使えない状況でも戦えるようにした方が良いってことか?」


 レオノラがどうしたものか、といった風に顎に手をあてる。


「そうではない。お前達の武器への魔力伝導は何というか、無意識的でな。それは雑魚を狩る上では不都合は生じないし、実際ほとんどの人間は無意識でやっている」


 無意識か。

 そうだな、教えられるまで気付けなかったぐらいだ。


「意識的にやることで何か変わるのか」


「刃の通りにくさ。または、敵の硬さを感じたことは? 魔女を取り巻く魔力は濃い。半端な伝導率では刃が通らないぞ」


「敵を斬る為には必要、と?」


「良質な素材を用いて、武器の素の能力で押し通すことも可能だが……武器の質も高める、技術も磨く、と両面で鍛えた方がより高みに至れるとは思わんかね」


 モータルと目を合わせる。

 答えは決まってる。


「魔女を殺すには力不足なんじゃないかって思ってたところだ。拳聖からの指南とやら、是非受けさせて欲しい」


「俺も」


「良い返事だ。なぁに、安心しろ。伝導負荷環境での修練は死の可能性さえある、危険な修練だが――幼少の頃より負荷環境で生き残ってきた拳聖が指南するのだ。死なないギリギリのラインでやってくれるだろうさ」


 ……今なんて?


「おい、レオノラ」


「ん? 今更死にかけるぐらい安いものだろう、いったい何の文句が」


「違う、拳聖が何だって? 幼少の頃より負荷環境がどうだの……」


 そんな俺の問いに、レオノラが困惑した表情で答えた。


「ギフトや呪術が与えるのは、ルールだぞ? 魔力伝導の大幅な減衰の効果は、ヤツだって受けているに決まってるだろう。今は多少コントロールが効いて昔ほどの惨状ではないが……ギフトを貰って数年は、他ならぬヤツが一番その負荷を食らっていたはずだ」


 は、はは。

 おいおい、つまりはアレか? 修練のギフトって、本当に文字通りってことかよ。


「聖樹から直々に下された修練の機会。信者ならば泣いて感謝すべきなんだろうなぁ。ハハハハハ! ……私は御免被るが」


 全くだ。

 本当に……狂ってやがる。

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