寄り道アイテム
「この街はそう広くありません。モータルさんが行く場所は限られているでしょう」
宿から飛び出すなり、ムカデ女がそう伝えてくる。
急に喋るんじゃねぇよ、ただでさえ急に出てくるのに。
「確かにそうだろうけどよ。そんな条件じゃ絞り込めねぇぞ。なんか心当たりねぇか?」
俺の言葉に、ムカデ女の表情が僅かに動く。
お?
「私は既に正解であろう推測に辿り着いています」
これは……ドヤ顔か?
それとは対照的に、エリーさんがむっとした表情になる。
「タカさん、私もわかります」
「これも正解であろう推測なのですが、エリー様はわかっておられないかと」
お前ほんとにさぁ。
ここで揉められても困るので、瞬時に助け舟をだす。
「いや、エリーさんはわかってるね。それはそれとしてお前の推測を教えろ」
「…………モータル様は先ほどの酒場に戻られたかと」
「そうか、なるほど。確かにな。エリーさん、合ってた?」
そう言ってエリーさんの顔を見る。
エリーさんは顔を曇らせつつ、ゆっくりと——首を横に振った。
「すみません。わかってませんでした」
ここまで強引に舟出したのに!?
……基本は善意ある人だから、嘘はできるだけつきたくないんだろうけど。
微妙な心待ちを処理しきれずにいると、ムカデ女が語りを再開した。
「ですので、私の提案としては捜索に行かずともブーザー様を連れて宿に帰ってくる……」
「モータルを舐めすぎだな」
少しは人間的になってきたと思ったが、そこらの感覚は身につけられてないらしい。
「迎えに行くぞ、厄介事を拾ってくる前にな」
酒場の場所は覚えてる。
俺は通行人に奇異な目を向けられない程度の速度で街を駆けた。
数分もしない内に俺達は酒場に到着する予定だった。
「おいおい、そんなに急いでどうしたんだ。危ないだろう」
誰だ? この馬鹿は。
目の前に立ち塞がる、鎧を着込んだ金髪男を睨みつける。
「ああ、悪かったな。あんたの推測通り急いでるんだ、じゃあな」
「待てよ。聞くところによると、君は魔女討伐隊の一員だそうじゃないか」
思わず足を止める。
関係者か?
「その割には、酒場で妙な男相手に傷一つ負わせられず敗北した。さて……本当に適任なのかな?」
「あんた誰だ」
「なに、私はしがない駆除区分一級持ちの男だけどね……ちなみに君は何級なんだい?」
ああ、そういうマウント野郎か。
めんどくせぇな。
……いや、待てよ?
態度はこんなだが、一級って事はそれなりに強度がある人間のはず。
使えるな。
「一級か。ギルドカードを拝見させてもらっても?」
「悔し紛れな疑いだねぇ。ははは、構わないさ」
確認する。
エリーさんに目配せをすると、こくりと頷いた。
本物か。
よし、スケープゴートに使おう。
「本当に一級なんだな。素晴らしい! 是非うちの隊長に会いに行ってやってくれないか? おそらく君なら即決で採用するはずだ!」
「……え? いいの?」
「勿論! 俺が入隊してるぐらいだぜ? 人材不足に決まってるじゃねぇか! 大歓迎だ! さ、宿の場所と部屋番号を教えるから行ってこい!」
「あ、うん。そうだね。わかった」
豹変した俺に戸惑っている様子だが、問題ない。
これで問題が一つ片付く。
「宿の場所が……で、部屋番号は……」
レオノラは奔放で、欲を我慢することを知らない。
聖女のくせに呪術に手を出すぐらいだからな。
だが、領域にいる間は俺達に配慮してか、比較的禁欲していた。
だからこそ今のレオノラは——色々と溜まっている。
俺が相手するのはごめん被るからな。他のスケープゴートが欲しかったんだ。
スケープゴートであろうと死なれちゃ寝覚めが悪いが……一級なら耐久性が高いだろうから安心できる。
目の前のコイツは本当に良い人柱だ。幸運に感謝。
「あーっと、アレだ。なんか感じ悪いこと言ってすまなかったね。明日からは同じ隊になることだろう、お互いに精進していこうじゃないか」
「あーうんうん。そうだな。気にしてねぇから大丈夫だよ、さっさと行け」
俺に急かされ、不思議そうな顔をしつつも去っていく哀れな羊。
よし。
タイムロスは痛いが、得たものも大きい。
「急ごう」
まだ間に合うはずだ。
数分ほどで記憶に新しい酒場の前に着く。
見れば、ちょうどモータルがブーザーを担いで店を出てくるところだった。
「あ、タカ」
「モータルお前さぁ! 出てくなら誰かに伝達して、他の人を1人連れてけよ!」
「タカ様、流石に過保護では?」
どちらかと言うとモータルに巻き込まれて発生する被害者候補達を保護してるんだよな。
「ごめん。せめて連絡だけはしとく」
コイツは掲示板に「迎え」とか「回収」とか書いただけで報告した気になりかねん危険生物だ。油断できねぇ。
「直接言って出ろ。もうアレだ。俺に言え、絶対に」
「? いいけど」
よし。
ブーザーを担ぐのを手伝いながら、宿の方へ足を向ける。
「酒臭ぇなマジで。コイツどんだけ飲んだんだ」
「なんか手持ちのお金超えるぐらい飲んでたみたいで、大変だった」
大変だった?
「力づくで奪還したとかじゃねぇよな?」
本当にやめてね。そういうの。
じっとモータルを見つめる。
「…………」
「なんか言えや!」
おい! やったのか!?
やっちゃってる“間”だったよなぁ!?
「腕相撲で勝ったらチャラにしてくれるって言ったから。力づく……ではない、かなぁ。タカがよくやるような恐喝みたいなのはしてないよ」
軽い感じで俺の風評被害を混ぜ込まないでくれ。
「……俺がよくやってるかはともかく。マジで腕相撲だけしかやってねぇんだな?」
「うん」
んだよビビらせんなよぉ。
怖すぎだろマジでさぁ。
そうだよな、かなり治安の良い街だからな。店もなかなか優しいじゃねぇか。
俺は、店から出てくる客が全員腕に包帯のような物を巻いているのを何とか視界から外すことで笑顔をキープした。