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金剛の拳

「本当にお前は拳で構わないんだよな?」


「ああ、勿論! 殺す気で来い」


 半裸男が爽やかに笑う。

 セリフは全く爽やかじゃないが。


「わかった」


 瞬間、真横を風が駆け抜ける。

 甲高い金属音が鳴り響き——遅れて群衆がどよめいた。


 そりゃあそうだろう。

 だってモータルが振ったのは剣で、相手がそれを防ぐのに使った手段は、素手だ・・・


「……手の甲に鉄板でも入れてんのか?」


「心を込めた拳は届く!」


「意味わかんねぇよ」


 短剣を握り直し、モータルの援護に入る。

 

 モータルの剣撃の合間を縫うように、首筋を狙った一撃を放つ。

 刃の腹をかるく指で弾かれ、逸らされるが……リズムは確実に崩せた。


 戦線から退く一瞬、半裸男と目が合う。

 ……笑ってやがる。


「自信過剰なだけの男と侮った……まずはその謝罪だ。すまん」


 ギギギと、金属が擦れるような音。

 確かにモータルの剣が通ったはずの男の肌は、僅かに赤みを帯びた以外は何の裂傷も見受けられなかった。


「タカ。こいつヤバいよ」


「分かってるよ」


 しっかり人間辞めてやがる。

 面の皮厚いってレベルじゃねぇぞ。


「俺が最強じゃなけりゃもっと何とかなってたかもな! ハハ!」


 うぜぇ。

 だが俺の呪術は、こういう自分を最強だと信じ込んでるやつに弱い。

 一度破っちまえば真っ逆さまなタイプではあるが……実力が伴ってると止められねぇ。


「敬意を表して名乗りをあげよう。俺はヴリリアント。最強だ」

 

 最強、最強うるせぇな。


 群衆の様子を見る。

 呑気にピューピューと口笛を吹くやつまでいる……なるほど、乱闘騒ぎは初めてじゃないらしい。


「……俺はガッテン。横のは、ほっぴーだ」


「さっきはタカと呼ばれていたように思うが? それに横の男も……」


 この嘘、通用したことないな。

 これじゃあ二人の名前を勝手に異世界に流布しただけになっちゃうよ。

 やったね。


「俺がタカ。そっちがモータルだよ。これで満足か?」


「ああ。では――攻守交代といこう」


 縮地。

 虚栄のバリアが割れる音、そして腹部に衝撃。


「う」


「まずは一人……!?」


 悪いが槍のせいか知らんが腹の耐久は高めでな。

 眼球……咄嗟に手で守ったな?


 生じた隙。

 すかさず距離を取り、迎撃の姿勢を改めてとる。


「目は硬くしなくて良かったのかよ?」


「……ハハ!」


 デバフが通らない。

 今の出来事に全く動揺してないのか、厄介だな。


 何とかブーザーを回収して撤退するか、援軍を呼びたいところだ。


「2度も加減を間違えるとは、俺の腕も鈍って……鈍ってなお最強ではあるからいいか」


 やっぱこんな馬鹿にいいようにやられたくねぇ。

 絶対に殺す。


「む」


 半裸男の顔に炎球が飛来する。

 それすらも拳で振り払ったが——その動き一つあれば、モータルが懐に忍び込める。


「使えるものは何でも使うか、良い心がけだ」


「……」


 一瞬、両者の動きが止まる。

 後の先を狙ったが為に生じた、拮抗状態だ。


 だがこの勝負はタイマンじゃない。


「ふ……ッ!」


 俺が投擲した短剣が半裸男の眼球を狙う。

 

「狙いが露骨すぎる。俺が最強だから仕方ないのはわかるが」


 半裸男に生じた僅かな動き。

 そこにモータルがすかさず斬り込む。


「良い腕だ」


「うるさい」


 流石の剣技だが、それだけだ。

 致命傷には至れない。

 

 じりじりと、確実に手を抜いてきているであろう相手に嬲られる。

 最悪の展開だ。


 せめて相手にも最悪な気分の一端でも味わわせてやろうと短剣を握り直し——


「私の兵をそれ以上いじめないでくれるかね。拳聖ヴリリアント」


 ——背後に立っていた人物に目を向けた。


 群衆のボルテージが最高潮になる。

 集まりすぎだろ。治安どうなってんだ。


「聖女レオノラァ! やっぱりお前のかよ! 俺に内緒でなんて良い人材を拾ってきやがったんだ……ギフトも無しによくやってるぜコイツら! くれ!」


 本当にな。


「やらん、絶対に。選りすぐりだからな。……さて、拳聖よ。お前、私の手紙は見たんだろうな? 私の指定ではお前は既に聖樹の国にいるはずだが」


 レオノラの槍を握る手に微かに殺意が宿る。

 知り合いだが、仲が良いわけじゃない? ……というか、口振りからして目の前の半裸は聖樹教の関係者か。

 呪術を前面に出し過ぎなくて良かった。


「悪いな、強い魔物が出たっつーから殴ってきた。物理が効かねーって言うから期待したのに一晩殴り続けたら死んじまったよ」


「フン、どうせスライム系統の魔物のコア以外の部分が消失するまで殴ったんだろう。馬鹿な貴様がやりそうな事だ」


「すげーな聖女は。千里眼ってやつか?」


 口を閉じてくれ拳聖。

 お前に負けた俺らの格が下がるだろ。


「……私の兵だ。休ませるべき時は休ませる、いいな?」


「今からが良いとこだったんだぜ?」


「ならば今回の誘いは無しだ」


 レオノラの言葉に、拳聖が頭を抱える。


「そりゃねぇよぉ。クソぉ、良いじゃねぇか殺すわけでもねぇのに……」


「やかましい。聖樹の国に入れば設備がもっと充実している。その時にでも育成してやれば良いだろう」


 育成?

 は?


「そうだなぁ……んじゃ今回はこの辺でいいか。今から聖樹の国までひとっ走りしてくるわ。お前らもはやく来いよ」


 待て待て待て。

 色々聞きたい事が……


 そんな思いも虚しく、拳聖の背があっという間に見えなくなる。

 背を向けた瞬間にモータルが振るった剣も効いた様子が無かったし……どうなってんだマジで。


「おい、レオノラ」


「なんだ」


「色々と聞かせろ」


「勿論。宿に向かいながら話そうか」


 レオノラに道を譲る形で群衆が割れる。

 そこを通り抜け、酒場が立ち並ぶ通りも抜けて、すっかり宿だけがある道まで行ったあたりで、ようやくレオノラが口を開いた。


「聖樹からギフトを得た者は、往々にして聖樹教に囲われる。ヤツはその中でも圧倒的な武力でのし上がって地位を築いた男——拳聖と呼ばれる男だ」


「へぇ。お前は?」


「顔の良さ、戦争での利便性、マーケティング。そこらでのし上がった」


 信心もへったくれもねぇな。


「あの男は、私の研究を知った上で報告をあげていない……むしろ強くなるならどんどんやれ、などと言ってくるようなヤツだ。非常に腹立たしいが、協力者としてこれ以上ない人間だろう」


「アレ、人間か?」


「便宜上、人間と呼称する」


 なるほど。


「ついでに指南役としても有能だ。才能のないヤツは潰れてしまうような特訓だが、お前らなら大丈夫だ。自分を信じろ」


「勝手に決めてんじゃねぇよ」


 さっきのボディーブロー、現在進行形でじわじわ効いてきてんだぞ。

 気を抜くと脚がガクガク笑いだしそうだ。


「俺は、ちょっと受けてみたいかも」


 モータル!?


「アイツを斬れないと、魔女は斬れないと思う」


「……クソ、確かにな」


 火力が出ねぇ短剣使いなんてただのカカシだ。

 色々と不安だが、乗り越えなきゃならない壁なんだろう。


「覚悟が決まったようだな。まぁ何はともあれ今日は高級宿でゆっくりできる日だ。存分に羽を休めろ」


 そう言ってレオノラがニヤッと笑った。

 立ち止まったのは、意外に質素な色合いの旅館。


 ……この臭い、温泉か?


「異世界の温泉ね」


 楽しみだな。魔力増強、みたいな効能ねぇかな。

 心を踊らせながら、旅館へと足を踏み入れ……ようとしたところで、モータルに止められる。


「タカ、なんか忘れてる気がする」


「…………あー」


 あの酒乱野郎な。


「モータル。半裸野郎とはなんで戦う流れになったんだ?」


「ん? えーっと、まずブーザーが酒飲み対決をふっかけて」


 はい有罪。

 あー、ブーザーって誰だっけなぁ。全然思い出せねぇわ。


「さっさと温泉入ろうぜ」


「了解」


 今度こそ、俺はモータル共に旅館の中に足を踏み入れた。

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