回収担当
「では屋台を見に行きましょうか」
「すいませんさっきの発言に関して心の整理がですね」
「お腹はすいてますか?」
「別の意味に聞こえちゃうんですけど」
俺の手を引き、エリーさんがぐんぐんと進んでいく。
頼むからさっきの物騒な発言についての釈明が欲しい。
「あ、見てください。面白そうなもの売ってますよ」
「え? あー……」
エリーさんの指す方向にあったのは、ポーチなんかが大量に吊るされた屋台。
屋台というか、夜市に近いんだな。ここは。
エリーさんが刺繍がなされたポーチが大量に入ったカートの中を物色しているのを横目に、財布コーナーらしきカートの中を見る。
ふむ。確かにここは面白いかもしれない。
「灰色の財布……硬いなオイ。素材は何だ」
帽子を目深に被った髭面の店主に声をかける。
「ありゃお客さんお目が高い。それはロックウォーカーの素材で作った施錠付きの財布だよ」
財布ごといかれたら意味ねぇだろうが。
俺が難色を示していることを察したらしく、店主が説明を付け加える。
「スろうとした盗人の頭をカチ割るのに便利ですよ」
「それで買う気になるやついるか?」
「へへ、お客さん血に飢えてそうだったもんで」
どういうセールストーク?
飢えてねぇわ。
「なんか良い感じの無い? 他に」
「触れると矢が飛び出す財布がありますよ」
それ財布じゃなくて凶器だよ。
「ややこしい効果とかいらねぇから。見た目が良い感じの」
「そうですねぇ……だったら、こいつでどうです?」
ややごわついた布生地に、一輪の青い花の刺繍が入った財布。
少し女物っぽいが……まぁ、有りかな。
「お隣の奥さんが今見てるポーチとお揃いの柄ですよ?」
その言葉に反応して、エリーさんが照れ笑いでこちらを見る。
「はー……それが本命か?」
「いやぁ、私は話に付き合ってくれたお客さんに粋なサービスをですね」
商売が上手いのか下手なのか。
話し込んだ時点で俺の負けだな。
「そこのポーチも含めて買う」
「はい、まいど!」
ポケットにしまっていた硬貨を店主に渡し、財布を受け取る。
そのまま持ち歩くのもなんだかなぁ、とは思ってたんだ。良い買い物ではあった。
「あの、タカさん。ありがとうございます」
「いいよいいよ。ちょうど財布欲しかったし」
迂闊に日本産の物は持ってこれないからな。
意外に日用品が足りてなかったんだよ。
「大切にしますね」
「……俺もスられねぇように警戒する」
こういうのは、片方でもなくしちゃ興醒めだ。
しばらく歩くと、流石に物が多くなってきた。
「買いすぎたなコレ」
「ふふ、観光客って感じになっちゃいましたね」
全くだ。俺らは魔女討伐隊だぞ。
「この魔力通したら光るだけの石とか絶対いらなかっただろ」
「でも綺麗ですよ?」
綺麗だけどさぁ。
俺は元々ガチャがあるゲームに手を出す人間だ。
衝動買いの気があるのは分かってただろうに……なのに……!
「短剣は良い買い物だったと思いますよ」
「まぁ、確かにこれは」
腰に吊るされた2本の短剣。
武器が夜市で売ってるのは異世界ならではだったな。
値段の割に質が良かったし。
「そろそろ宿に戻ります?」
エリーさんにそう問いかける。
「そう、ですね」
どことなく歯切れの悪い返答。
何かあるのかと問うとした瞬間、遮るように赤い影が目の前に現れた。
「お迎えにあがりました」
ムカデ女だ。
「……まぁいいか。エリーさん、帰ろう」
「はい。やはり、魔女の模造品では人の余韻というものが理解できないようですね」
トゲがすごい。
「これから学ぶところです」
よし、良いぞ。
ぼや騒ぎに留めたな。
「それとお伝えしたい事が一点」
「宿に着いてからじゃダメか?」
「いえ、ちょうど宿に向かう道の途中で見ることになると思いましたので」
うわーーーーーもう絶対厄介事じゃん。
俺はスマートに地雷原を被弾無しで乗り切ったってのに。
どうせモータルとブーザーだろ。虚無の中にも厄介事見出しそうな2人だもん。
「ブーザーがモータルさんを連れて酒場へ。他の客に難癖をつけたのかつけられたのかは不明ですが、現在乱闘騒ぎを起こしています」
「迂回して帰らね?」
もういいじゃん。
モータルが戦ってるんでしょ? 勝つよ、そりゃもう。
ブーザーも他の影に隠れて分かりづらいが、腕は立つし。
「ですが……」
いや、ですがも何もなくてだな。
「もう、件の酒場の前です」
ムカデ女がそう言ったが早いか、酒場の入り口から半裸の男が叩き出されてきた。
俺は黙って額を押さえる。
最悪だ。
「ぐぉおおおお!?」
即座に追撃を仕掛けてきたらしい、モータルっぽい男——というかモータルに蹴り飛ばされ、半裸男が悲鳴をあげて俺たちのすぐ横の壁に突っ込んだ。
嫌な予感がする。
荷物を地面に降ろし、腰の短剣に手を当てる。
「がぁ、ハハ……ハハハハハハ! やるなぁ! ……っと、悪いな通行人ども。ちとやり合うからどいてろや」
「どいてろじゃねぇよ。宿がある通りも近いのに何やってんだてめぇ」
俺の言葉に、半裸男が目を丸くする。
「いいな。お前も……そこの女もまとめて来い。相手になるぜ」
「関わるだけ損だな。おいムカデ女、迂回ルートを教えろ」
「つれねぇこと言うなよ」
ドン、と地響きをたてながら殴りかかってきた半裸男。
拳をかわしつつ、短剣を軽く這わせる。
「馬鹿なのか? 悪いけどこっちは武器を使わせてもらうぞ。正当防衛だ」
「いい動きだ! 今年は期待できるなぁ!」
相手の蹴りをバックステップで躱し、こちらに寄ってきていたモータルと合流する。
「アレ誰だ」
「いきなりブーザーと殴り合い始めた。ブーザーはもうやられたから俺が戦ってる」
「武器は?」
「ずっと素手」
全然わからん。
というかブーザーをやったなら、それなりの手練れではあるらしいな。
周囲を見る。
じわじわとだが、観客が集まってきている。
悪目立ちはしたくないんだがなぁ。
「おい、半裸野郎。場所を変えねぇか」
「ハッハー! 夜市は人が多い、宿の通りで直接やるのもまずい! ならここが一番だろうよ!」
そもそも乱闘をしていい場所なんかねぇんだよ馬鹿が。
戦闘開始を予感して地面に放った荷物を見る。
財布含めて、エリーさんが回収してくれたか。
「エリーさん、帰ってていいですよ。こいつぶっ倒したら俺らも宿に戻るんで」
「……わかりました!」
「ムカデ女もな」
変にお前の戦い方を見せたくない。
レオノラがムカデ女のことをどう報告するかは知らんが……今の段階で色々とバレるのはまずいだろう。
「良いのか?」
半裸男が妙な問いかけをしてくる。
「何がだ」
「あの女の方が、お前より強そうだったが」
「ッ……」
コイツ!?
……いや、単に挑発か?
「くだらねぇ挑発だ、モータル。やっちまうぞ」
「了解ー」
モータルが剣を抜く。
それに合わせて、俺も短剣を抜いた。