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いざ聖樹の国へ

「来たか、タカ君」


「反省してます」


 扉を開けた瞬間に土下座をキメる。

 先手必勝だ。

 

「……まぁ、そうだな。好奇心でつい聞きたくなってしまった私も悪い。タカ君が素直に謝るのであれば、説教はやめておこう」


「っしゃ」


「君ねぇ」


 即座に立ち上がると、俺以外にも既に人がいた事に気付く。

 エリーさん以外の、魔女の捨て子達。そしてブーザーとレオノラ。


 ちなみにエリーさんは俺の部屋で持っていく物の準備をしている。

 モータルは……多分、武器の手入れ中だ。


「久々だな、何してたんだ?」


「ワシらは部屋で休んで、たまに来るガキどもと遊んでやっていただけじゃ」


 捨て子のまとめ役であるスルーグがそう言って肩を竦めた。

 相変わらず表情の変化は乏しいが、何となく嬉しそうにはしている。


「それは……シャノンあたりが世話になったか?」


「シャノン。ああ、あの悪ガキか。世話になったといえばなったの」


 何かしら迷惑をかけたらしい。

 誰に似たんだ全く。

 よく紅羽の部屋でごろごろしてっから紅羽だな。あとで注意しとこう。


「ブーザーとレオノラは聞かなくても分かる、つーか酒くせぇぞ」


 鼻をつまみつつ、しっしっと追い払う動作をする。

 へらへら笑ってんじゃねぇ、酒は貴重な嗜好品だぞ。どんだけ飲みやがったんだコイツら。


 そこでお代官さんがコホン、と大きく咳払いをした。

 皆の視線がお代官さんに集まる。

 

「えー、では。目的の再確認といこうか。君達の目標は、魔女の殺害。違いないね?」


 全員が首肯する。

 

「その為に君達は、聖樹の国に向かう。魔女殺害を試みることを国に申請し、討伐隊を組む為だ」


 お代官さんの語りに、皆が耳を傾けている。

 

「……魔女の力は恐ろしく、そして強大だ。いくら精鋭を集めようと、苦しい戦いになるだろう」


 俺もそう思う。

 この場にいる何人かが帰るときには欠けている、なんて事もあり得る。

 それだけ危険な相手だ。


「だが殺さなくてはならない。魔女の描く理想は——あまりに、息ができない。もし実現すれば、優しさや余暇、文化、あらゆる物が削ぎ落とされて世界から消え失せるだろう」


 皆が平等に殺し合える世界。

 人間も、魚も、その辺の虫でさえも、対等に殺し合える——ある種では正しさを持っている世界が、魔女の理想だ。


「文化は否定されたくねぇよな、俺達は」


 思わず出た発言に、お代官さんがふっと笑みを見せた。

 ゲーム好きがこうじて集った10人だ。そこは引けないラインだろう。


「だから、君達に期待する。魔女を打ち砕くことを」


 お代官さんが俺達一人一人と目を合わせる。

 

「私達は望んでいる。我々の営みが続くことを」


 思わず手に力が入る。

 そうだ、俺達の戦いは俺達だけじゃない、世界を巻き込んだ惨事になる。


「こちらからも、可能な限り全力で支援する。世界を頼んだ、必ず勝利を掴んできてくれ!」


 その言葉に対する反応は様々だったが、全てに共通する意思があった。

 任せておけ、と。







 決起集会から1時間ほど後、モータルとエリーさん、あとムカデ女を含むフルメンバーで転移門を開く場所に集まってきていた。


「では開きますね」


 砂漠の女王がそう言うと同時に、転移特有の不快感がせり上がってきた。


「う、おぇ」


「人数が多いですが、手短にやりますので——そうですねぇ、いつもより、少し激しくなるかもしれません」


 は? なんて言った?


 そんな言葉を口にする余裕は当然なく。

 内臓をぐちゃぐちゃにかき混ぜられる様を幻視してしまう程の不快感が身体の芯まで一気に浸食した。


「ぶぇ、おぉ……はッ、あ」


 これは、キツい。

 あらゆる光が乱反射して、視界が白く滲む。


「おあ……う?」

 

 右手が何かに包まれる感触。

 眩む視界で何とか捉えたのは、エリーさんの姿。

 続いて左手にも同様の感触。

 ムカデ女だ。


 全然嬉しくないし全く楽にもならない。

 なんなら、手を握ってるせいでのたうち回りづらくてつらい。


 そんな地獄のような時間を、数分ほど過ごしただろうか。

 次第に不快感が引き、周囲の光景も変化している。


「おろろろろろろろろ」


 背後で嘔吐する声が聞こえる。

 どうせブーザーだろう。酒なんか飲むからだ、馬鹿め。


「ハーッ、ハーッ、まぁじで最悪だぜぇ。聞いてねぇってんだよぉ」


「口の端にゲロが残ってんだよ汚ねぇな」


 繋いでいた手をそっと離しつつ、ブーザーを罵倒する。

 さっさと移動用の魔道具を出せよ。


「俺ぁ運転するんだぜぇ? もう少し労っても罰はあたんねぇと思うけどなぁ?」


 そうぶつくさ言いつつも、ブーザーが魔道具を出した。

 乗る人数に応じて、多少大きさが変わる仕様は便利だが……それでも狭い。


「1日はこれで旅ってのが面倒だな」


「あぁ? お前らは乗ってるだけだろうけどなぁ、俺ぁ1日ずっと運転すんだぞ」


 ブーザーが乗り込み、ハンドルに手をかけた。

 それに続いて皆が乗車していく。


「ったくよぉ。この人数じゃ重くて風になれねぇんだよなぁ」


「星にされてぇか? はやく行け」


「あいよぉ。出発!」


 ぐん、と身体が後ろに引っ張られる感触。

 魔道具は俺達を乗せて、まぁまぁな速度で発進した。


「1日、か」


「景色が綺麗ですよ、タカさん」


 隣のエリーさんに言われ周囲に視線を向ける。

 見渡す限りの草原。ぽつぽつとある林。生物の気配がないのが少し不気味だが……爽やかで良い景色だ。


「ここら一帯は微量だが、聖樹の影響が出ている。あの木はなかなかの素材になるぞ」


 レオノラが後部座席からそんな補足情報を伝えてきた。


「魔物はいないのか?」


「いるさ。討伐が頻繁に行われているから、そうお目にはかからんが……だからこそ、居た場合はかなり強力な魔物か、狡猾で知性がある魔物か、という事になる。いずれにせよ、良い素材になるな!」


 素材のことしか考えてねぇなコイツは。

 流石、聖樹を最高の魔術触媒と言い切ってしまうだけはあるな。

 ……聖樹教の聖女のはずなんだが。


「聖樹の国の前に、宿場街があっからそこで一旦止めるぞぉ」


「把握済みだ」


 レオノラにそう言われ、ブーザーがへらへら笑う。

 後ろを向くな、前を見て運転しろ。


「っぶねぇ!?」


 そんな調子でいたせいか、不自然に飛び出した岩に軽く車体を擦るはめになった。

 

「安全運転しろって言ってんだろアホが!」


「悪ぃ、悪ぃ。次から気をつけらぁ」


 全く悪びれる様子のないブーザーに一度活を入れてやろうと席から立ち上がる。

 その瞬間、地鳴りが響いた。


「…………」


 その音がする先。

 より具体的に言うならば、先程車体をぶつけた岩に視線が向く。


「オオ——ガオガガ——」


「ほう。ロックウォーカーか」


 レオノラが感心したように呟く。

 ロックウォーカーって何だ。知らねぇぞそんな魔物。


 俺の疑問を察したのか、レオノラが解説する。


「見ての通り、岩に擬態して獲物を狩る。尤も、先程は睡眠の時間だったようだが——半端に起こされて怒っているようだ」


 そんな語りの最中、ロックウォーカーから岩石が砲弾の如き勢いで射出された。


「!? いや、おま、これヤバ——」


「揉め事を作るのが上手いのぅ」


 スルーグさんのスライム体が展開して、魔道具を守る。

 そして柔らかく受け止めた岩石を——


「お返ししますね」


 ——座席から立ち上がったエリーさんが投げ返した。


「ギ、ゴ——!?」


 爆発音と共に、後方が土煙で埋まった。

 ロックウォーカーの情けない悲鳴が響く。


「流石に死んではいないだろうが、追っては来ないだろう。本来、ロックウォーカーは獲物の見極めが得意な魔物だ」


 レオノラの解説が聞こえるが、どうも頭に入ってこない。

 後部座席の連中は、今の騒ぎにも関わらず本を読んだり寝たりしたままだ。

 

「……レオノラ、こっから更に精鋭を集めるんだよな?」


「当然だろう、その為に聖樹の国に向かっている」


 何つーか……魔女殺害、かなり希望が見えてきたな。

 俺要る? ってレベルで強いぞコイツら。

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