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ご挨拶

「では行きましょう」


 そう言って張り切るエリーさんに連れられるがまま、俺は薫の部屋の前に辿りつかされた。


「緊張してますか?」


「緊張っつーか……何というか」


 俺は何でエリーさんの好意を拒んでるんだったか。

 拒めてないけど。


 ムカデ女の忠告? 大して信用してない。

 不安感? 魔女を殺せてないから?


 俺の何がそこまでエリーさんに魅力を感じさせたか理解できないからか?


「エリーさん。一ついいか」


「何でしょう」


 何度聞こうと理解できないかもしれないが、今から一つラインを踏み越える羽目になるのは確かだから聞いておきたい。


「俺の何がそんなに好きなんだ」


「……そうですね」


 エリーさんが顎に人差し指を添えてしばらく悩む素振りを見せる。

 数秒の後、口を開く。


「私は、問題をいくつも抱えています。魔女の件だって、氷山に一角に過ぎないと思います……何度も、厄介事を作るはず」


「まぁ、そうだな」


 そこは肯定せざるを得ない。

 魔女が産んだ存在。それだけで魔女を殺したとしても厄介事は無限に発生するだろう。


「でも、タカさんなら何とかしてくれると思うんです。タカさんは、とびっきり凶暴で、とびっきり甘いから」


「今、急にディスりませんでした?」


「いいえ? 褒めてますよ」


 とびっきり凶暴で甘いって何?

 最悪では?


「では挨拶にいきましょう」


 クソ、どんな答えを得ようと詰んでるのは変わらないか。

 部屋に入るしかない。


 いや、多分めちゃくちゃごねればエリーさんは引き下がってくれる。

 だが俺はそれを実行できない程度には甘い。エリーさんはそこを分かった上で行動しているんだ。


「力量をはかるのが上手なことで」


「ふふ。褒め言葉ですよね?」


「勿論」


 ドアをノックする。

 暫くすると、薫の声で「どうぞー」と聞こえてきた。


「入るぞ」


「あれ? お兄ちゃん、と……エリーさん?」


 奥の方を見る。

 魔狼のポチとシャノンがじゃれているのと、紅羽がソファでコーヒーを飲んでいるのが見えた。


 ギャラリーが多すぎないか?


「俺の部屋に来れないか? ちょっと話があってな」


 慌てて切り替える。

 エリーさんにも目配せし、何とか場所を移そうと——


「いえ、タカさん。ここで良いじゃないですか」


 ——なるほど。


「紅羽、レオノラが呼んでたぞ」


「は? なんで?」


「知らん。本人に聞いてくれ」


「えぇー、何なんだよー。急用つってた?」


「急いでる風だったぞ」


「はぁ? マジかよ」


 紅羽が首を傾げつつ、部屋を出て行く。

 危ねぇ〜。何とかなったな。


 残るはシャノンだが……まぁガキ1人いたところで大して変わらん。

 残しておこう。


「ちょうどソファが空いたし、座っていってください!」


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます」


 エリーさんが先ほどまで紅羽が腰掛けていた場所に座る。

 俺はとりあえず近くのカーペットの上であぐらをかいた。


「話って?」


 薫は本当に何のことか検討もついていない顔だ。

 恐る恐るエリーさんの表情を横目で見る。


「えへ、タカさんから話してくれませんか?」


「えっ」


 マジで?

 エリーさんの目を見る。

 本気の目だ。


「……いやぁ、その、改まって言うような話でもねぇんだけどさ」


「うん」


「俺と、エリーさんの話なんだけど」


 俺の挙動不審さに反比例して、薫の姿勢がどんどんピンとしたものに変わる。

 察しやがった。ちくしょう、やっぱそういうとこは鋭いよなぁ。


「けっ」


「け!?」


「……結果としてお付き合いをさせていただいてるというか何というか」


 エリーさんのジト目がガリガリと俺のバフを削ってくる。

 どういう判定? これ。


 だって言えねぇだろ、結婚を前提だの何だのって。

 確かにエリーさんを聖樹の国に連れて行くためにそういう話の流れにはしたけど、したけどさぁ!


「す、すごい……お兄ちゃんがまともな、しかも美人と……」


 まともではねぇぞ。


「そういう事なんです。親族である薫さんには伝えておきたいと思いまして」


「なんというか……兄は奇怪で奔放で、無責任で……とんでもない男ですが、良いとこもあるので、その……よろしくお願いします……」


 妹にすらボロクソに言われてんな?

 今日はそういう日なの?


「存じていますよ」


 存じているな。

 肯定するな。


「良かったー」


 良くないぞ。


 俺の心中を他所に、薫とエリーさんが仲良く談笑を始めた。

 こういう時、男はハブられがちだよな。


「……」


 やることもないので勝手にコーヒーを作って勝手に飲もうかな、などと考えていると誰かに肩を叩かれた。


「ん?」


「タカ、やるじゃん! ちゃんと責任とったんだ!」


 シャノンだ。

 一応エリーさんに子守をしてもらった経験もあるから、そこ繋がりで薄らと関係を把握した気になっているのだろう。

 

「責任をとったわけじゃねぇし、だいたいなんだ責任って」


「え? だって子守までさせて……あの時期だけ言い寄る男の人がパッタリ消えてたらしいし……」


 マジで?

 なんか申し訳ねぇな。


「まぁとにかく、付き合ったのは責任がどうとかそういうのはない」


「単純に好き同士だったってこと?」


 マセガキが……。


「そ、そ、そうにきあ、決まってんだろ」


「動揺と噛み方がすごい……」


 助けてくれ、このままじゃ羞恥で死んでしまう。

 あと薫は横で俺の小さい頃の話をするのをやめろ。

 別に黒歴史って程じゃないがなんかむず痒い。

 あとエリーさんはそれを菩薩みたいな顔で聞かないでくれ。どういう感情なんだよそれは。


「エリーさん、明日の出発の準備をしておきたいし、そろそろ帰ろう」


 我慢できなかった俺は、エリーさんの腕をそっと掴みそう提案した。


「そうですね……では薫さん、また帰ってきた時にでもお話しましょう」


「はい! 楽しみにしてます!」


 この後、ぜってぇ親にまで伝わるんだよな。

 十傑どもにまでこの事件が伝わらないってのは不幸中の幸いだが……苦しい時間だった。


「お兄ちゃん! エリーさんのこと大事にしなよ!」


「……当たり前だ」


 付き合ってなかろうとそこは当然だ。

 仲間に引き入れた時点でな。


「あと自分の事も!」


「善処する」


 俺はエリーさんを連れ、逃げ出すように薫の部屋を後にした。





 翌朝、シャノン経由で子供に伝わり、その子供の集会に混じっていた擬態の魔族経由で無事十傑アホどもにこの一件が伝わった。

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