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時の呪縛



「わしが使えるのは呪縛の鐘じゃ、それなりに時間はかかるがあの魔族にも効くはず」


 スペルマンが感心したような声をあげる。

 お前ほんとに何してたの?


「すごいなぁ」


「後でチャット内裁判開くからな」


「!?」


 さて。

 時の呪術師に向き直る。


 呪縛の鐘と言ったな。

 クソ、ゲーム時代に一応見た技のはずだ。

 どうだったか。


「おい、ほっぴー」


「あぁ? 呪縛の鐘は確か……相手のスキル封じじゃなかったか? 効果時間は鐘の音が鳴ってる間」


 そうだ、スキル封じだ。

 ゲーム時代なら特定のデバフの一時無効化だとか、特定の技をキャンセルさせるのが主な用途だった。


 ほっぴーが説明を続ける。


「ただ、厳密にはスキルを封じているわけではなく、発動を先送りにするだけのはずだ。しかも効果時間は数秒……刺さる時は刺さるけどな」


「む……」


 俺たちの微妙そうな表情に対し、心外だ、といった風な表情を浮かべる時の呪術師。

 

「あの受け流しに使っている蒸気の魔術を数秒間潰せるんじゃぞ?」


 それは……どうなんだ。

 この中で魔族同士のやり合いに一番詳しそうなアルザの方を向く。


「エリーさんの攻撃って受け流し貫通してないか?」


「圧倒的な力で無理やり通してるだけだね。だから少しは威力減衰を受けてる。だから貫通とは言えないんじゃないかな。それに……君達で言うところの細かいスリップダメージのようなものも蓄積されていってる」


 スリップダメージ入ってんのか。

 優勢っぽいのに、勝つ時にはそれなりの怪我を負うと言ってたのはそういうことだったんだな。


「呪縛の鐘とやらを使うんだとしたら、うーん。でも大して結果は変わらないかな」


「……俺たちの一斉攻撃はどれぐらい効くと思う?」


 アルザが数秒考えた後に、口を開く。


「受け流しがない間に一斉攻撃する気かい? その間、普通にエリーにラッシュをかけてもらった方が良いと思うけどね」


 そうか。

 まいったな、勝てるのは勝てるんだろうが……何とも歯がゆい。


 響き渡る鈍い殴打音と火のうねる音をバックに、暫く考え込む。

 すると、擬態の魔族がおずおずと手を挙げた。


「アイツ、ガードが軒並み一時停止する大技を持ってると思うんだ」


 ほっぴーが目を細める。

 

「へえ。擬態したから分かるのか?」


「あ、ああ……今ちょっと色々試してみてな。熱光線をぶっ放す感じの魔術だ」


 切り札だろうな。

 相手の手の内が触れるだけでモロバレってのはかなり強い。


「呪縛の鐘はクールタイムが長ぇ。使うならそれ撃ってくる時か」


 ほっぴーの言葉に、擬態の魔族と時の呪術師が頷いた。


 ただ問題は、アイツがどの段階で切り札を使ってくるかってとこだ。

 同じことを思ったらしく、ジークが口を出した。


「最後の詰めが確実になるだけで、結局支援はできないってことでオーケー? なら最低限の人数残して領域の警備強化した方が良くね? いくら脅迫に近かったとは言え、魔族に加担してた人間のグループとの和解が済んでねぇ。なんつーか……はあ、心配だろ、一応」


 途中で恥ずかしくなったのか、言葉尻を濁した。

 気持ちは分かるさ、人類を任せたなんて言われたからな。自分たちの身の丈に合った目標ではないけど、それでも思うところはある。


「なら短期決戦で終わらせて皆でサクっと帰るのが一番だろ」


「それができないって言ってるんですけど」


 大丈夫だ。

 身体のピリつきを感じつつも、法が機能しているのを確認する。


 相手を焦らせる、プレイングミスを誘発する。

 俺の法はそういう手に向いてる。


「俺の恐慌のデバフが通れば、焦って発動させられるかもしれないぜ」


「なにそれ。魔物?」


「人間ですが……」


 失礼な。

 座っているゴブリンの頭をぺちぺちと叩き、目的の方向に歩かせる。


「突っ込み損なってたんだけど、ひとの魔物を勝手に椅子扱いするのやめてくんね?」


「やっぱり魔物だよアイツ。魔物の族長」


 ほっぴーの今更な発言と、ジークの侮辱をスルーしつつ、ゴブリン達の歩みを進める。

 立ち止まったのは、擬態の魔族の前だ。


「お前、エリーさんに擬態しろよ」


 俺の提案に、擬態の魔族の顔が曇る。


「……かなり質が落ちる擬態になるぞ」


「能力が空っぽでも構わないから見た目を完全に真似ろ」


 認識狭窄のデバフをかけて、アイツにエリーさんのようなタイプの魔物を数体保有していると思わせる。

 幸い、アイツの認識の根底では、地中を舞うエリーさんと砂漠の女王の両者に何となくの関連性を感じているはずだ。

 実際そんな事は一切ない、偶然の産物だが……複数体いると思わせることはそう難しいことじゃない。多分。


「お前が現れた時点で、デバフをフル稼働させて、アイツを焦らせる。もし切り札を使ってくるなら、その時がチャンスだ」


 ガードが全緩み。

 大技を撃つ途中で先送りにされたアイツにエリーさんの拳を叩き込む。

 そうすれば大技が発動する頃にはその矛先はあらぬ方向を向いてるはず。


 モロに攻撃を食らった上に大技は空撃ち。

 勝負がつくまで、そう時間はかからないだろう。


 そんな内容を手短にまとめて皆に伝える。


 何人か引きつったような顔になっているのが見えたが……何でだ。こんなにも仲間をおもって行動してるってのに。


「ただ、擬態するには触れる必要がある。そこを見られればバレるぞ。どうやって誤魔化す」


 俺もそこがネックだと思ってたんだ。


「地面蹴ってモールスでも送るか?」


 ジークがそんな提案をしてくる。


「アホか。異世界にモールスが……あれ、あるのかな? ある?」


「無い」


 アルザにそうきっぱりと言われ、ジークが肩をすくめる。


「……戦闘中に尻尾だけ地面に潜らせてこっちに出してくんねぇかな」


「それもバレるだろう」


 はあ。

 気が進まないな。


「実は、多少触りにいっても誤魔化せる案はあるんだよ」


 俺の言葉に、皆が目を見開く。


「いったいどんなゲスい計画を?」


「ゲスくねぇよ。ただちょっと……一芝居うつだけだ」


 その一芝居が本当に気が進まない……進まないんだが、まぁ……エリーさんがボロボロになるよりゃ当然マシだからな。


 やるしかねぇか。


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