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黒目を斬る!

「援軍とはこれの事か? 期待し損だな」


 おっさんの斬撃が軽くいなされる。

 何やってんだ。愚直に剣を振るな、もっとフェイントを混ぜろ。


「これは……! かなりやりづらいですな! 擬態の魔族殿、名前をお聞きしても?」


「……エマと呼べ。少女の名だ」


「なるほど。エマ女史、支援を頼んでも?」


「任せろ」


 単身での戦闘は不利と判断したのか、擬態の魔族と連携を取り始めた。


 良い立ち回りだ。

 じゃあ俺は変に狙われないよう尻尾を巻いて逃げるとしよう。


「おっと、お前は動くな」


 その言葉と共に、足が凍り付いたように動かなくなる。


 クソ、そりゃ逃がさないか。

 俺の存在だけで一定のプレッシャーをかけ続けられる。置き得ってやつだ。


「たか!」


 ヤワタが俺をかばうように立ち塞がる。

 だが、守り切れるかどうかは怪しい所だ。動きの鈍さを見るに、かなり支配が効いてきてる。


「……どうせ動けないならやっちまうか。追加だ」


 不愉快な感覚と同時に、腹から魔法陣が展開される。

 ブツリと身体の中の何かが引きちぎれるような音と共に、俺の視界は真っ暗になった。










 背後で主殿が倒れる音。

 振り向きたくても振り向けないというのが、焦燥をかきたてる。


「情けない、吾輩が至らぬばかりに……!」


 そんな言葉をかき消すように、後方から雄叫びが響いた。


「あうーーーーッ!」


「バンシー女史……! 心強いですぞ!」


「あうあう!」


 ゴッ


 状況を理解できたのは、後頭部に衝撃が走った数秒後。


「ぐるううううあうああああッ!」


「なん……なんだお前!?」


 黒目の魔族の顔色が驚愕に染まる。


 吾輩を踏み台にし放たれた飛び蹴り。読み合いも何もない、捨て身の特攻。

 それが相手の不意をつくことに成功したのだと、黒目の悲鳴が聞こえると共に理解した。


「ぶばッ!?」


「あうううるるるる……ううーッ!」


 黒目が必死に剣を振るおうとし、慌てて徒手空拳で対応する。

 あの距離で振り回すには不向きな刀身の長さ。主殿の短剣に対応する上では有利に働いたようですが、そう全てが都合よくは回りませんぞ。


「ふざ、けるな……!」


 苦戦していますな。

 インファイト戦でバンシー女史に敵う者は少ないですから、当然の結果でしょう。


「エマ女史、吾輩達も畳みかけましょう!」


「おう」


 短剣を握る。

 脳裏に描くのは、主殿の剣筋。

 敵をおちょくっているのではないかと思うほど不規則で、時折恐ろしいほどの合理性を垣間見させる、そんな剣筋。


「――ッ」


 バンシー女史を相手取りながらの対応だったせいか、こちらのフェイントにたやすく乗せられた。

 ここは一旦剣を弾いて――


「刀身の半ばを断てッ!」


 エマ女史の声で、即座に軌道を変える。

 理由は分からない。下手を打てば、こちらがバッサリ斬り捨てられかねない危険な選択。


「主殿が信じるものを信じましょう」


 金属同士がぶつかる、甲高い音。

 刀身は火花を散らしながら、ギャリギャリと不快な音を数秒ほどたてた後に


 ピシリと、亀裂が走った。


「はあ!?」


「なんと!」


 素晴らしい! いったいどのような仕込みを!?


 背後から、エマ女史の勝ち誇った笑い声が聞こえてくる。


「はは、ははははは! 赤熱した手でがっしりと掴んで、軽くねじりを入れてやったからな! 凡庸な剣で助かったぜ!」


「あうー!」


 この機を逃さないとばかりのバンシー女史の鋭い追撃。

 それに対し黒目の魔族が選んだ防御手段は、剣。


「それは悪手だろ」


「ですな」


 バンシー女史にあえなく剣ごと砕かれる黒目の魔族。

 

「下段を無理にガードした敵は」


 上段が空く。

 基礎的な戦法ですぞ。


 バンシー女史の軽いしゃがみに合わせて短剣を振る。


「ぐッ!?」


 脳の取り出し口を作ってやるつもりだったのですが、かすった程度ですか。

 流石に身のこなしが上手いですな。


「……く、そ、何故だ、人間なんぞの味方を」


 身体に巻き付いた妙な気怠さがかなり軽減されているのを感じる。


 先ほどかすった部位は、右目のまぶた。

 ああ、これはかすり傷でも致命傷でしょう。


「どこにつこうと地獄なれば、地獄の中でも笑っていられる者と組みたいでしょう?」


「狂人どもが」


 狂人、奇人。大いに結構ですとも。


 バンシー女史の間を抜けて、黒目の魔族の前に躍り出る。

 

「あう~」


 あとよろしく~、と言った感じでしょうか。

 マイペースなお方です。


「徒手空拳が苦手だとでも思ってんのかァ!? 舐められたもんだ、俺は剣術だけじゃねぇ!」


 短剣を流そうとした手の動き。

 それを素手で受け止める。


「その言葉、そのまま返しますぞ」


「ッ」


 見づらい角度から放たれたボディーブローをあえて食らいつつ、一歩踏み込む。

 短剣が届く。


「や、やめ」


「いいえ」


 喉元に刃が吸い込まれるようにして収まる。

 そこから一度、ねじりを加えた。


「ぐぶっ、ひゅ、」


 黒目の魔族の口から、大量の血が吐き出される。

 それと同時に、吾輩の口からも血が溢れました。


「うっ、は、良い拳をお持ちで。しかし……」


 吾輩の勝利です。

 手合わせ、感謝しますぞ。また一つ経験を積めました。


 倒れ行く黒目の魔族から短剣を引き抜き、血をはらう。

 ふむ、息が残っていては困りますからな。


 ちらりと廃墟の方を見る。


「よいしょ」


 眼球、心臓の二点を重点的に刺し直し、息が無いのを確認。


「ふむ! 終わりましたぞ!」


 達成感と共に振り返る。

 そこに居たのは、バンシー女史、エマ女史、主殿、ヤワタ殿。

 ……そして、ようやく到着したのであろう、援軍の方々。


「あはは、すみません。先に倒してしまいました」


 しばらくのざわつき。

 ふふふ、吾輩の腕前の上昇が意外だったという事でしょうか。

 これは何か褒章が出るかもしれませんな!


 やがて何かしらの話がついたのか、ほっぴー殿が前に出て、吾輩に声をかけてきました。


「おっさん。いくらタカがやられたからって死体蹴りはマナー悪ぃぜ」


「!?」


 いや、違っ……ほっぴー殿!?

 言うだけ言って戻っていかないで!?


「吾輩なりに敵に敬意は持ってましたぞ!? あ、あれは別に恨みつらみが募ってというわけではなくてですな!」


 せっせと主殿を背負って撤収していくほっぴー殿達。

 そこに必死に弁明を繰り返す吾輩が混じりつつも、この残党騒ぎは終幕。


 そんなことを考えていた時でした。

 すぐ近くの廃墟で大きな爆発音、同時に熱波が流れこんできたのは。


「……おいおっさん。他に魔族は。てかガッテンは」


「え。分かりませんな……吾輩、呼ばれて飛び出ただけですので」


「使えねぇハクション大魔王だな」


 ハクション大魔王……? 名前からして吾輩とどっこいどっこいの有用性な気もしますが。

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