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胸を張れ

今日からしばらく連日更新します


 たった一度、一瞬の間とは言え解けた視線固定。

 それが起こったのは炎の魔物をけしかけた時だ。

 更に言えば――おそらく、アイツがまばたきした時。


 水魔法のリソースが鎮火に割かれた結果、アイツが目を瞑ることになったのだろう。


 ただ、これだけ時間が経ってもアイツはまだ一回しかまばたきをしてない。

 ベースの部分も多少弄ってあるのは確かだ。

 

「おい、いけるぞ」


 背後から伝う熱で、擬態の魔族の準備が完了したのが分かる。

 

 対策が分かればなんてことのない呪術だ。

 

「覚悟しろ……擬態の! やれッ!」


「あいよ」


 熱と共に飛び出す。

 視界の隅を炎で象った魔物たちが駆けていく。


「手数を増やしたところで変わらん」


「そうかな?」


 一瞬だけ眼球の拘束が解ける。

 すぐに眼球があらぬ方向にいき、無理やり黒目の魔族を視界に収めさせられるが――。


 あの一瞬で、水魔法の使い手をしっかりと視認した。


「もう見た」


 一旦退くフェイントをかけた後、素早く踏み込む。


「ッ!?」


 確かな手応え。

 俺が突っ込んでくるなんて思ってもなかったか?

 しかも正確に喉を狙えるなんて……


「恐ろしい、か? 俺が」


「う、あッ!?」


 傷口が更に開く。

 傲慢が、虚栄が、現実に辻褄を合わさせる。


 そうだよなぁ。

 俺の実力が格上だったなら、さっきの一撃はもっと負傷してないとおかしいもんなぁ!?


「実験体以外じゃ、お前ぐらいだよ」


 恐怖のデバフが完全に通ったのは。


「劣等だなんだと、やけに多弁だとは思ったが」


 自分の劣等感の裏返しだったんだな?


「ハ、ハッ、ハッ」


 途切れ途切れの呼吸と、水魔法が飛来する音。

 多少かするが、先ほどと比較して威力は格段に落ちている。

 

「お前の無様な姿が目に浮かぶようだよ」


 黒目のやつは、それなりに焦った表情になっている。

 まばたきに水魔法を使う余裕はないだろうからな。


 そこに魔法を逃れた炎の魔物が襲いかかるのが見え、次の瞬間に眼球が自由になる。


「最期の顔合わせだ、俺の顔をよく覚えとけ」


「――や、やめ」


 命乞い? それは一番愚かな選択だな。

 

「魔族。俺の能力が一番刺さる相手を知ってるか?」


 答えさせる間は与えない。


「俺に負けを認めたやつ、だ」

 

 斬りやすくしてくれてありがとうよ。


 軽い手応えの後、魔族の首が宙を舞った。




「たかー!」


「分かってる!」


 勝利の余韻に浸るには早すぎる。

 今も俺と目を合わせ続けている黒目の魔族だ。

 

「お前から殺す予定だったんだがな」


 ヤワタと交代するようにして、黒目の魔族の前に躍り出る。

 

「ヤワタは休んでろ」


「わかった!」


 俺たちのやり取りを聞いた黒目の魔族が薄く笑う。


「親切な事だ」


 いや、違うね。


「傲慢なのさ。お前は俺一人で殺せる」


「ほざいてろ」


 何度か剣を交え、段々とその太刀筋のいやらしさが分かってきた。

 完全な死角ではないにせよ、見づらい位置から斬り上げが何度も飛んでくる。

 あっちは見て剣を振るうだけだが、俺は予測し続けなければならない。


「苦しそうだぞ」


「お前の目が不愉快でな」


 水魔法使いを殺せば多少デバフが通るかと思ったが、未だにコイツは自分の優勢を確信している。

 援軍も迫ってるだろうに、コイツの自信はどこから来てるんだ。


「なあ、異世界人」


「……あぁ?」


「俺の呪術が、視線を固定するだけのものだと思っているのか? お前がさっき殺した雑魚と同レベルの強さだと、本気でそう思ってたのか?」


 瞬間、身体が重くなる。


「俺の呪術は、支配だ」


 地面に突っ伏す寸前で何とか踏みとどまり、相手の剣を弾く。

 危なかった。一瞬でも対応が遅れていたら、痛覚をカットしていなかったら。

 首が飛んでいた。


「く、そ……ッ!」


 まばたきの瞬間に渾身の力で身体を動かし、距離を取る。

 ダメだ、重すぎる。まともに戦える状況じゃない。


「砂漠に引きこもってろ、そう言われただろう。お前たちでは本物の魔族には敵わない」


「……」


 発声にすらとてつもない労力を要求される。

 これは、厳しい。


「どうした、動きが精細に欠けるぞ」


 雑な剣の振り。

 それでも、よろけつつ弾くのが精いっぱいだ。


 完全ないたぶり。

 傲慢と虚栄で張っていたバフがどんどん削れていくのが分かる。


「おっと」


 後方から飛んできた炎の魔物三匹。

 それを軽くいなしながら黒目の魔族が笑う。


「哀れなものだな、擬態使い。しょせん、真似事では何もできない」


「そうでもないさ」


 突然響いた声。


 驚く俺と黒目の魔族の間に割って入ったのは――炎の魔物に擬態していた魔族の姿だった。

 その手には、軽く振られた黒目の剣ががっしりと握られている。


「熱ッ!?」


 思わず叫び声をあげる。

 擬態の魔族が全身から蒸気を噴き出したからだ。

 

 だが、それと同時に身体に自由が戻ってくる。

 思わず目を瞑ったか。


「やってくれたn……うぐぅッ!?」


「お前もう下がってろッ!」


 そういうわけにもいかねぇだろ。

 短剣を構えながら立ち上がる。


「胸を張れよ、擬態の魔族。お前がいなきゃ俺は死んでたぜ」


「……うるさい、まだ支配され切ってない俺でもなきゃまともに戦えないだろ! いいから下がってろ!」


「そこを何とか戦えるように頼むよ」


 俺の言葉に絶句したよう表情を見せる擬態の魔族。

 俺らのとこでやってくならこのぐらいの無茶振りは日常茶飯事だぞ。


 片目を抑えた黒目の魔族がこめかみに青筋をたてながら叫ぶ。


「ガアアアア! 鬱陶しいッ! 無駄な足掻きをしおって……!」


「無駄な舐めプしてたからそうなるんだよ」


 発言の後、口に一気に疲労が押し寄せる。

 クソ、反射的に煽っちまった。


 何とか立った状態を維持しながら黒目の魔族と擬態の魔族のやり合いを観察する。

 段々擬態の魔族の動きが鈍ってきている。

 まずいな。援軍はまだか。


「おい、支援するなら魔法を使え!」


「魔法?」


「肉体への支配は強いが、魔法にまで支配をかけるのは難しいはずだ!」


 ムカデ女が入ってた頃ならともかく、あいにく俺は魔法なんか使えな……あ、一個あった。

 腹から魔法陣が展開される。

 少し阻害が入っているのを感じるが……ここで呼び出すなら言語でちゃんとやり取りができる方だな。


「おっさん! 黒目の奴の目は見るなよ! 支配される!」


「御意!」


 一気に訪れる脱力感。消費魔力が明らかに増えてる。黒目の野郎……!

 蝙蝠屋敷の主が短剣を構えながら擬態の魔族の横に躍り出る。


「黒目の奴、なる者を探そうとする過程で目を合わせてしまいました!」


「ばーか!」


 確かに俺の言い方も悪かったけど!

 

「もういい、やれ! 支配される前に殺せ!」


「御意に!」


「行き当たりばったりすぎるだろ……」


 擬態の魔族がそう呟くのが聞こえた。

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