目と目が合う
「クソ、ふざけるな!」
赤目の魔族から複数の炎弾が射出される。
だがタカの速度は緩まない。
「避け慣れてんだよ……ッ!」
飛来した火炎の全てを回避し、なお進む。
紅羽を煽る度にもっとえぐいのが飛んでくるからな!
この程度の弾幕じゃ怯まねぇぞ!
懐まで達した時点で、頬を釣り上げ言葉を発する。
「よう、やっとちゃんと顔が見れたな」
「劣等が……!」
口を動かしつつも首筋に短剣を這わせる。
手応えが薄い。どうも逸らされたようだ。
先ほどから魔族の身体から放出されている蒸気と体術の合わせ技だろう。
「肉弾戦ができないと思ったか? 突っ込むしか能のn」
うるさい口を顎を蹴り上げて塞ぐ。
「悪い、うまく聞き取れなかった」
「~~~ッ!」
蒸気のカウンターで軽く脚がきしんだが、精神的優位を勝ち取ったお陰で視野狭窄のデバフが入った。
俺だけじゃ難しいが、他からの援護が入れば即座に殺せるだろう。
だが、逃走される線が消えたわけじゃない。
もう少しデバフを通せばほぼ潰せるが……それは厳しいだろうからな。
一瞬だけ背後を確認する。
擬態の魔族は、ヤワタと連携して残り二匹を抑えているようだ。
……コイツのターゲットが俺から逸れたら終わりだな。
「まだまだッ!」
痛覚をカット。
短剣による連撃をお見舞いする。
受け流されることを見越して絶妙に手を抜いた斬撃は、普段なら気付かれていただろう。
「は、はははは! 熱が溜まった俺にそんなものは通じないッ!」
精神干渉バンザイだな。
火炎を纏い振るわれる腕を避けつつ、蒸気の出力が弱そうな関節部を重点的に狙う。
「その動き、どこかで見たことがあるんだよな」
口の端を持ち上げ、魔族の目を覗き込む。
俺の言葉に気が引かれたのか、目が合った。
「ああ。部屋の隅のホコリだ。息を吹きかけた時の」
「殺す」
破裂音と共に、魔族が激しく燃え上がった。
良い火力じゃねぇか、最初からやれよ。
肉が焦げる感覚が鬱陶しい。
カットだ。
「ああ、燃える、燃えるぞ……火が、点いた……!」
段々ギアが上がってくタイプの呪術だったのか。
クソうぜぇな。
「お前は、灰すら残さない」
「そもそも燃える予定がねぇもんで」
軽口を叩いてるが、そろそろまずい。
相手のペースに吞まれ始めている。
そうなると……相手へのデバフは剥がれて、ついでに自己バフも剥がれて負けまで真っ逆さまだ。
「……ん?」
戦術を組みなおす思考を邪魔するように、何かの飛来音。
咄嗟に身を屈める。
それは、人の身で射出すべきとは思えないサイズの矢群だった。
「はぁあああ!? 本当にさぁ! 勝手に戦闘は始まってるし、擬態の魔族は死んでないし、まだ安静にすべきなヤワタが戦ってるし……いったいどういう事なのかぁ!?」
矢筒を背負ったエルフ――アルザは、苦虫を嚙み潰したような表情で俺に向けて問うてくる。
答えは、まぁ、決まってるな。
「……悪いな、擬態の魔族、助けることにしたわ」
「ばーか! ばーか!」
語彙力が著しく低下したアルザが、俺の隣に立つ。
「で? あの赤目の魔族、それなり以上の腕っぽいけど。倒す算段ついてたわけ?」
「いいや」
「ばーか! 死ね!」
俺たちが救出を企てていることがアルザに伝われば、うまく作戦の細部を変更してくる可能性があった。
だからギリギリまで隠して、ジーク達にアルザを足止めさせた。
そして、しばらく戦闘には参加しないはずの人員を使うことで裏をかく。
ここまでしたって当日にはバレる。
そこも織り込み済みだ、この援軍無しに勝とうなんて思っちゃいない。
「他の援軍は?」
「……そろそろ一組追いついてくる頃さ!」
遅れて、既に半壊した家を更に破壊しながら大男が落下してきた。
「っしゃ、メテオストライクだオラァ!」
「正式名称は、重力操作ミスによる落下事故」
「ヴァンプレディちゃん!?」
ガッテンと初期魔物のヴァンプレディのコンビだ。
あの炎でもある程度凌げるであろうタンクに、遠距離攻撃持ち。
登場はダサいが、戦力的には最良だ。
「蒸気による受け流し! 火炎を纏った攻撃! 劣化紅羽みてぇな遠距離炎!」
「了解!」
情報を伝え、この場での役割が消失したので他の魔族を狩りに向かう。
ヤワタと擬態の魔族の二人で抑えてくれている二匹だ。
半壊したボロ屋を飛び出し、少し離れた道路で戦う魔族とヤワタ達を見つける。
短剣を握り直し、戦線に乗り込んだ。
「やっほー! やってるぅ?」
挨拶代わりの斬撃をお見舞いし、即座にヤワタと擬態の魔族がいる方向へ離脱。
ヤワタの容態を確認する。
「調子はどうだ」
「ちょっと、つらくなってきた」
見れば、額に薄っすらと脂汗が滲んでいる。
まずいな。
「援軍が来る、俺が前に出るから少し休んでろ」
そう耳打ちし、敵と向き合う。
鹿のような角の魔族と、眼球が全部黒色の魔族だ。
辺りが濡れているということは水に関する呪術か?
「おい、擬態の。アイツらの戦い方は」
「角の方が水魔法、もう一人が魔眼だ、目を合わせるな。視線が引き寄せられる。見すぎると視線を固定されるぞ」
「もうちょっと早く言ってくれる?」
一回、バッチリ目と目が合っちゃったんだけど。
うわぁ、なんか見つめたくてたまらん。最悪な呪術だな。
水の刃を回避しながら、作戦を考える。
援軍が来る前に黒目だけは始末したいとこだが……クソ、視線が勝手に動く。
「熱い視線だな、劣等種」
「さっきまでサウナにいてな」
擬態の魔族の援護に合わせて前に出る。
しっかし炎の魔物を錬成って……これまた独特だな。見た目は赤目の魔族に変わってるからアイツの能力なんだろうが。
過去の擬態記録を参照して合わせたりできるのか?
「てか水魔法相手じゃしんどくねぇか!?」
一瞬でかき消された炎の魔物。
使えないってレベルじゃねぇぞ! よく俺が来るまでもったな!?
「……!」
一瞬だが視線の強制力が緩んだ。
気のせいとは思えない、何が起きた!?
「砂漠にこもっていればいいものを。そうすることでしか抵抗できない劣等であることを自覚しろ」
鹿角がペラペラと余計な口を叩く。
もう少し距離が詰められていたら蹴りをかましてやったのに。
水魔法の弾幕をかわしながら思考する。
本体を確認すれば楽だが、それをすれば取り返しがつかない事態に陥るかもしれない。
推測だけであの一瞬に起きたことを知らねばならない。
あの場で起きたこと、俺の接近、あとは炎の魔物の接近。
炎の魔物を消した時だったな。
水魔法と何か連動してるのか?
「擬態のぉ! 炎の魔物を大量に用意しろ!」
「少し時間が要るぞ! いいのか!?」
「ヤワタ! 援護たのむ!」
蛇の身体の一部が飛び出し、俺に飛来する水魔法の一部を防ぐ。
残りは回避しながら距離を詰める。
「体術ができないとでも?」
鹿角に刃が届く距離まで接近。
「俺よりはな」
眼球が軋む。
黒目の野郎、なかなか位置取りが上手い。ここまでに何度か目が合ってしまった。
鹿角が出した拳に合わせて短剣を振るう。
血が噴き出るが、浅い。
目が合うかもしれないが、ここで連携を取られるとキツい。
黒目の方を見る。
「良い勘だ」
剣を構えて接近してきていたので一旦離脱。だが目が完全に合ってしまった。
「そう見るなよ」
駄目だ、目が離せない。横目でしか水魔法の飛来を確認できない。
痛覚をカットしてもなお、支配に抗えなくなってきた。
ヤワタの援護があるから今は何とかなっているが、ヤワタもそろそろ限界が近いはず。
援軍が間に合うならそれが一番だが……これ以上、長引かせたくない。
「擬態! まだか!?」
「待ってくれ……準備完了だ! いけるぞ!」
黒目の魔族を睨みながら改めて突撃の姿勢を取る。
この二人が何故コンビで戦っているのか。何故赤目の魔族から離れた位置で戦うのか。
種は割ったぞ。ここで勝負をつける。