価値は知らねど
その日の廃墟探索は、滞りなく進んでいた。
時折魔物が出てくることもあるけど、特訓のお陰で毎回倒すことに成功している。
「気をつけろ。別の探索グループから魔狼の目撃報告があがってる。倒せない相手じゃないが、油断はするな」
廃墟探索隊リーダーの恵茉ちゃんの言葉にこくりと頷く。
前は僕らの冒険にたまについてくる、ただの変わった子の一人だったのに、ここ一か月であっという間に僕たちのリーダーにのしあがった。
特訓して僕らを、ゴブリンが倒せるレベルまで鍛えてくれたのも恵茉ちゃんだ。
「じろじろ見るな。集中しろ」
「えっ、うん。ごめん」
昔はもっと、馬鹿っぽい感じの女の子な気がしてたんだけどなぁ。
「新入りはちゃんとついてきてるか」
「あ、うん」
そうだ、今日は新しい入隊者がいるんだ。
気合いを入れ直さないと。
ここだ。
同族達がはぐれた時の合流地点として決めていた場所。
街の外れ、青い屋根の一軒家。
足を踏み入れて、探索すること一時間。
ようやく近づく気配を感じた。
「……」
良いところで助太刀が入る。
少女は、魔王軍の最後の残党を見つけ、援軍がくるまで持ち堪えた英雄になる。
「信じていいのか」
ならもっと身近に味方の気配を感じても良いはずだろう。
……結局、こんなことをしても少女は愚か者のままではないのか。
そんな思考も、すぐに掻き消える。
情けない。
俺は結局のところ、はやく死に場所が欲しかったんだ。
意気込んでいたのは最初だけ。最早、疲労と罪の意識で心は完全に圧し潰されている。
何も成せず、いいように使われて消えていく。
もう、いいだろう。俺には惨めな死がお似合いだ。
「これはこれは。随分と久しい顔だ……後ろの人間は何だ?」
いつの間にかリビングの椅子に座っていたのは、赤い目の魔族。
顔、という部分を強調して発したのは、俺への皮肉だろう。
無言で背後に撤退のサインを送る。同時に、援軍要請のサインも。
「隊長!」
「私一人で十分だ、はやく行け」
赤目の魔族の背後から、2人の魔族が追加で現れる。
勢揃いか。よほど切羽詰まってるらしい。俺如きにそこまで期待するとは。
「何の茶番だ? これは」
茶番だろうな。
撤退していった隊員を見届けた後に、大きく息を吐く。
「調子はどうだ」
「質問に答えろ。さっきのガキどもは何だ。殺していいのか? お前なりのプレゼントかと思ったんだが」
「いや、違う。少し待っていてくれないか」
「馬鹿にするのも大概にしろ。お前が裏切ったことぐらい理解した」
そうか、随分理解が遅かったな。
身体を先日接触したアルザに擬態させる。
魔石を使用して即座に錬成を行いつつ、念動力で背負ったバッグの中から刃や矢を射出する。
「くだらん」
赤目の魔族から溢れ出した炎に、生み出した魔物も射出した武器も、全て蹴散らされていく。
織込み済みだ。
熱気に表皮が焼ける思いをしつつも、俺は距離を既に詰めていた。
「触れるぞ」
「ッ!?」
身体が赤目の魔族に変化。
即座に敵の目に炎を放ち離脱する。
「俺の真似事か。雑魚の癖に……ッ」
「雑魚に翻弄されてるのはどこのどいつだよ」
どうせ死ぬからな。身体に負荷をかけ放題だ。
直前まで擬態していたアルザの技と合わせて——。
「あのガキどもはまだそう遠くに行ってないはずだ、援軍を呼ばれる前に殺しちまえ! その間にこいつは俺が処理する!」
「させねぇよ」
炎の獣が何匹も錬成される。
ボタボタと擬態の魔法の継ぎ目のような部分から血が滲む。
錬成された魔物が、残り2人の魔族に食らいつき妨害する。
射出した炎を念動力でねじ曲げ、追撃した。
「調子に乗るなよ」
調子に乗る?
馬鹿が、身の程を知ったからこその行動だ。
身体が燃えるように熱い。
それでも、まだ少女の姿を忘れていない自分に驚く。
「……クソ、俺は……何をやってるんだ……」
こんなの援軍が来るまで保つはずがない。
やはり、アルザは俺を使い潰す気だったんだ。
しらを切れば良かった。
もっとやり方があった。
一時の、死の誘惑に乗ってしまった。
俺がどんな酷い死に方をしようと構わない、だが少女の死だけは名誉あるものにしようとしたのに——!
「本当だよ、俺たちを裏切りやがって……この、魔族の恥晒しが……ッ!?」
瞬間。赤目の魔族ごと、周囲の魔族が吹き飛んだ。
見えたのは、蛇の鱗。
そして、本日付けで入隊した、新人の姿。
「……何をやっている! ヤワタ隊員!」
「助太刀、入れって。言われたから」
助太刀!?
俺を殺してしまう気だったんじゃないのか?
いや、しかし——実際に助太刀は来ている。
「アルザのやつも丸くなったって事か?」
「え? うーん」
ヤワタ隊員の表情が曇る。
どういうことだ。
そう問うよりも先に、瓦礫の中から火柱と共に赤目の魔族が立ち上がった。
「だぁあああッ! 雑魚1匹なのは妙だと思ったんだよなァ! あの砂漠の人間どもの手下か!」
瓦礫を跳ね除け立ち上がった赤目の魔族が炎が螺旋を描きながら迫る。
寸前で大蛇と化したヤワタの腕がそれを防いだ。
「……ヤワタ隊員」
「なに」
「俺は、どうなるんだ」
「アルザは、殺すって」
「直球だな」
アルザの想定では、敵を釣り出した後にさっさと死んでもらうはずだったんだろう。
素敵な死に場所なんかどこにもない。
一面に後悔と罪悪感が転がっているだけだ。
「でもね。タカは殺すなって言ってた」
タカ? 待て、聞いたことがあるぞ……確か……。
そうやって記憶を漁り切るよりも先に、ヤワタ隊員から問いが投げかけられる。
「どうする? やっぱり死にたい?」
死にたいかだって?
細い瞳孔に視線が吸い寄せられる。
俺は、結局どうなりたいんだ。
その言葉が胸の内に何度も響く。
俺は、俺は——決意してたはずだ。
これはチャンスだ。みっともなく生き延びて、みっともなく死ぬはずだった俺への、最後のチャンス。
次こそ、俺はこの決意を捨てない。
「俺は、まだ死ねない。少女を英雄にする……!」
「既に英雄だぜ。そして、死ぬ必要もない」
見上げた先を、風が駆け抜けた。
いつの間にか忍び寄っていた魔族の1人の指数本が吹き飛ぶ。
「なんだ……てめぇッ!」
「避けたか。穏健派よりはできるってわけだな」
男は、魔族の鋭い視線をものともせず、短剣についた血をビッと飛ばした後、構え直した。
「十傑だ。のこのこと集まったのが運の尽きだぜ、害獣ども」
十傑。そうか、目の前の男はその1人か。
俺の目的が遂行されるなら誰の手だって握ろう。
ただ、一つだけ気になる発言があった。
「既に英雄と、そう言ったか」
「ああ」
「俺は……何も成せてない。せいぜいが、拾った魔導書を届けたぐらいのもので……」
「ただの魔道書じゃない、マスターの日記だ」
ああ、アルザはそう呼んでいたな。
魔力がなかった世界で生成される魔道具なんて、かなりの希少物だ。だが、それだけだ。
そこまで称賛されるいわれはない。
俺の表情を見て、十傑の男が笑う。
「お前は知らなくても、俺たちにとっては大事なもんだったんだよ。一回くらいなら、命かけて……お前の擬態なんて厄介な呪術や、めんどくさそうな人格全部受け止めて仲間にしてやってもいいくらいにはな!」
そう言うと、十傑の男は魔族へと果敢に斬りかかっていった。