ヒール
「くはぁー、生き返るぅ」
カーリアちゃんから受けたヒールに、思わず声が出る。
通りすがるようにしてやってきたほっぴーからの辻ヒールの数倍は効いた気分だ。
内部がカッと温かくなっていく。
「自己回復用のヒールだったのですが……ここ最近、他者に使う機会が多かったので、腕が上がってしまいました」
「それに加えて、ほっぴーのヒールには愛がないからな」
「そうなんですか……?」
うん、無い。
というか、久しぶりにこんな至近距離でカーリアちゃんと話したな。
しばらく動画でしか見てなかったせいか、芸能人に会ったような気分だ。
緊張してきた。
「ここ最近のプライベートでは何をしておられるのでしょうか」
「急に敬語に!? えーと、農作業を手伝ったり、してます」
聖人かな? 聖人だわ。
ここ最近は特に、性格が歪んだやつと知り合いになることが多かったからな。
俺の性格まで歪んでしまったらどうしてくれるんだ、まったく。
「後は、希望者と戦闘訓練を行ったり……たまにカメラの前で視聴者さんとお話ししたり……」
そう話すカーリアの口元は綻んでいる。
楽しい日々を過ごせているようだ。
魔王軍で働いていた頃とは表情がまるで違う。
良かった、と言い切るには傲慢が過ぎるだろうか。
場を荒らしに荒らして奇跡的に着地したって感じだし。
「あの、逆にタカさんはどういった過ごし方を? 私の元居た世界に行っていたのは知ってるのですが、人間の国の方はよく分からなくて……」
「派遣会社があって、そこで仕事受けたり、飯食ってだらだらしたり、あとアレだ。呪術の試運転したり」
言葉にしてしまえば簡単だが、仕事の一つ一つが厄介なものが絡んでいた。
我ながら、運が良いのか悪いのか。運は悪いな、確実に。
「えーと……派遣、会社? というと?」
「そっか。冒険者ギルドって言った方が通りがいいかな」
カーリアちゃんが納得したような表情を浮かべる。
こっちになじみすぎてて、変な言い換えをしてしまった。そりゃ冒険者ギルドで伝わるわな。
「仕事というのは、魔物を倒したり、採集をしたり、ですか?」
「ああ。俺は違うけど、研究を依頼されるってやつもいたな」
カーリアちゃんが驚いたような顔をする。
その表情の意味が分からず、首をひねったあたりで思い当たる。
魔族の中で研究と言うと、基本的に自分のためだけにするものだからだ。
「研究、ですか」
「人の生活を便利にするためのね」
「ほうほう」
魔族のは、自分のためにやってた研究の中で便利そうなのを魔王が徴収してただけっぽいからな。
「それで、呪術の試運転、というのは……ひょっとして、タカさんの、呪術ですか?」
先ほどまでとは打って変わった、心配そうな表情になるカーリアちゃん。
言外に、否定して欲しいという意志を感じるが、残念ながらその期待には沿えそうにない。
「俺の呪術の試運転だよ。俺は弱いからな。手札は増やしておきたい」
「……呪術は、精神構造まで変えかねない危険な技術です。私も刻んでいる身なため、説得力はないかもしれませんが、その」
「慣れない内の過剰使用は厳禁なんだろ。分かってる。それでも、今のままじゃ手が届かない場所が多すぎるんだ」
カーリアちゃんの表情が曇る。
「タカさん。貴方の強さは、いや、貴方達の強さはそうではないと思います。個人主義を極めると……私達、魔族の二の舞になります」
何度も聞いた言葉だ。
事実、俺個人が動きすぎている。このままじゃいけない。
でも、この件については他は頼れない。
「忠告は感謝するよ。俺は大丈夫だ」
新しくできた繋がりもある。
それを疎かにしない内は、きっと大丈夫。
「私は、十傑の皆さんの味方ですから。いざという時は、私も頼ってください」
「もう十分頼ってる。カーリアちゃんこそ頑張りすぎないようにな」
「……はい!」
カーリアちゃんが次の患者の場所に移動する。
何というか、魔族にあるまじき真面目さだ。
しばらく聖人とのコミュニケーションの余韻に浸っていると、ベッドのカーテンの隙間からアルザが顔を出した。
「やあ」
「ジークはどうした」
「傍にいたいのは山々だけど、君が死んだら彼が悲しむからね。忠告をしにきた」
俺に断りもなく、アルザがベッドに腰掛ける。
「魔女の子を植え付けられてから決定的にズレが生じたようだから、教えておくよ」
ズレだと。
心当たりがないと言えば嘘になるが、いったいどれの事だ。
「精神的な話は他人の僕がアドバイスしたところで無駄だからね。僕は教えておきたいのは、ヒールのことさ」
「ヒール? それが何だよ」
「効きが悪くなっただろう?」
効き? 確かに悪かったが、それはカーリアちゃんにとってヒールが専門外の魔法だったからではないのか。
「カーリアのヒールはそれなりの腕さ。だいたい、君達のヒールの効率が異常なのさ」
「……というと?」
「ヒールは、繊細な魔法だ。魔術回路がどうなってるかも分からない他人に雑にかけて発動できるような魔法じゃない」
逆に、魔術回路を把握していればいるほどヒールは効くってことか。
……ああ、なるほど。
「俺達は、魔術回路を設計したやつがいて、ヒールもその設計者が作ったものだ」
とんでもない奴だ。
勇者の策は、徹頭徹尾、俺たちが生き残りやすいように組まれている。
「その通り。だからヒールの効率が異常なんだ。そして効きが悪くなったというのは、紅羽にも共通する症状だ。これが意味することが分かるかい?」
「俺に、独自の魔術回路ができてる?」
「継ぎ接ぎに近いけどね。勇者が作ったものに、聖女と魔女のものがブレンドされた回路だ」
最悪すぎる。
強さ的には助かるのかもしれないが。
「ちなみにこれを先にジークに伝えた結果、一人勇者パーティーじゃんと言っていたぞ」
「あいつシバくわ」
うまいこと言ってんじゃねぇぞ。
「ふふふ」
「てかなんで先にジークに喋ってんだよ」
「タカの死を望む可能性がゼロではないからね。言ってもいいか許可をもらったのさ」
「ゼロだろ。ゼロだよな?」
「なに。タカの葬式めっちゃ面白そうみたいなことを言っていたからね。ちょっとした遊び心さ」
面白いわけねぇだろ。
棺桶でダンスでもする気か?
「じゃあ、僕は伝えることは全て伝えたから。生かすも殺すも君次第」
「心に留めとくよ」
最近は捨て身で立ち回ることが多かった。
そうしないと死んでたから仕方ないんだが……まぁ、もう少し被弾を避ける動きを意識するか。
俺はそんなことを考えながら、医務室を後にした。