殺意を砥ぐ
朝。
まずエリーさんに起こされベッドから出る。
ムカデ女に歯磨きなり洗顔なりの道具を渡され、朝支度を済ませる。
おっさんが引いた椅子に腰掛ける。
バンシーちゃんのお腹をぐにぐにしている内に料理ができ、それを食す。
「おかしくね?」
「あ、味付け、変でした……? すみません、初めて使う食材が多くて……」
「いや、流れに乗った俺も俺だけどさ。ナチュラルに侵入されてね? あ、料理は美味しいです。ありがとうございます」
「いえいえ」
侵入の件にも言及しろや。
いえいえ、じゃないんだよ。
「ムカデ女」
「はい」
「なんで勝手に部屋に入ってんの?」
「サポートのためです。その際、エリーさんも入りたがっていたので同席させました。蝙蝠屋敷の主に関しては……えぇと、初期魔物ですので、入室させても構わないかと……」
同席させました?
居酒屋みたいに言いやがって。
俺の部屋に許可なく入っていいのはバンシーちゃんだけだぞ。
おっさんは……最近会えてなかったからギリギリ許すとして。
「料理のサポートに関しては、エリーさんの方が上と判断した結果です」
料理サポートって何?
言っとくけど俺、まぁまぁ生活力あるけど?
マジで生活力ないのは紅羽とジークとかそのあたりだけなんですけど?
「……まぁいいか」
「ところで、領域産の新聞が出回っているようでしたので取り寄せました。お読みになりますか」
新聞?
ムカデ女の方を振り向くと、紙の束を抱えていた。
しばらく目にしていなかった物だ。
我が家は購読していなかったが、こうして見ると懐かしさがこみあげてくる。
「掲示板に良くないことを書くと砂漠の女王から警告があります。これは、その抑圧の産物でしょう」
警告がくるのかよ。怖ぇな。
独裁ここに極まれりって感じだが……それを補って余りある利益があるからなぁ。
「内容としては、魔王軍の残党の情報や、領域に訪れた私たちのような客人の噂がメインですね。耳の早さからして、領域内部で職務についている人物の協力があると推測されます」
「ふーん」
お代官さんの耳には当然入ってるだろうな。
砂漠の女王も把握してないはずがないし……内容がマズそうなら計画段階で止めただろう。
俺は何も考えず野次馬感覚で読ませてもらうとするか。
「一面は……悪魔さんじゃんこれ」
顔はわざと映り込みが悪くしてあるが……体格や、騎乗しているペガサス、装備品を見る限り、間違いなく七色の悪魔さんの写真だ。
魔王軍残党を鎧袖一触!!! と題されたその記事は、その後につらつらと当時の戦闘状況や悪魔さんの事後処理の上手さを書き連ねていた。
「敵側に情報漏洩しない?」
「本当に危険な場合は検閲が行われると推測します」
あまり心地が良い響きではないが、残党処理が終わらない限りは難しいか。
戦後処理もまだ完全には終わってないらしいし。
「他の記事は?」
「犬や猫と呼称される生物に関するどうでもよい記事が大半ですが……読みますか?」
急に牧歌的すぎる。
悪魔さんが魔族の首を掲げる写真の裏に並ぶ動物の赤ちゃんたちの記事。
何とも頭が痛くなってくる。
しばらく眺めていると、不意にブーザーの写真が目に入った。
「おいおいアイツ……」
「酔っている隙に色々とインタビューを受けてしまったようですね」
馬鹿じゃん?
なになに、内容は……異世界の飯と酒の話しかねぇな。
ならいいか。
「息抜きにはなるか。放置でいいかもなぁ」
「私も読んでいいですか?」
エリーさんに問われ、新聞を渡す。
さて、食事中に別のことするのは流石に行儀が悪かったな。
残りを食べきり、席を立つ。
「んじゃ行くか、残党狩り」
「わかりました」
穏便派もいるらしいが関係ねぇ。ここは魔族のための土地じゃない。
異世界に帰らないなら敵だ。
「あ、私も行きます!」
そう言い、エリーさんが新聞から顔を上げる。
うん。戦力としては申し分ないパーティーになりそうだ。
俺要る?
俺が要るかどうかの脳内議論に決着がつくよりも先に、領域外の未だに魔物が出没する区域に到達した。
調査によると、残党どもはこの辺りに身を隠しているらしい。
身を隠すのにうってつけな条件として、未だにゴブリンがうろついてるって話だが……見当たらない。
疑問に思いつつ、歩くこと数十分。ようやく前方に5匹ほどの魔物の影が見えた。
「お、ゴブリンか」
俺がそう言い切るよりも先に一番手前のゴブリンの首が飛ぶ。
やったのは、途中でついでに誘ったモータルだ。
続いて、地中から飛び出した尻尾がゴブリンを三匹まとめて真っ二つにし、残りのゴブリンがムカデ女に粉砕される。
うん。明らかに過剰火力だな。
「主殿」
「ん?」
「吾輩、それなりに修行をしていたのですが……その、自信が……」
「だからいつも通りバンシーちゃんの世話しといた方が良いって言ったじゃん」
「いえ、そういうわけには……ところでバンシー女史は連れてこなかったのは何故です?」
「召喚して不意打ちのコンボは確保しときたいだろ」
バンシーちゃんは足が遅い分、火力が高めの魔物だ。
俺が接近戦で泥仕合になった場合、あの召喚&打撃コンボはかなり使える。
「なるほど。それは吾輩が浅慮でしたな。申し訳ありません」
「いいよ別に」
そこでふと周囲の景色を見てみる。
こうして見ると不思議な光景だ。
植物は大して侵食しておらず、戦闘行為で出来たらしいヒビや破壊痕以外は、いつも通りな街並みが続いている。
人だけがいない街だ。
「復興か」
後ろを見れば、遠目には確かに人の営みが感じられる。
うん、きっと大丈夫だ。
「ゲームマスターのやったことは無駄ではないですぞ」
急に横から出てきたおっさんにそう言われ、むっとする。
「当たり前だ。てかおっさんも読んだのかよ」
「はい。申し訳ございません」
そうか、読んだか。
「……いいよ、別に」
何となくだが、自分に残っていたもやの正体が分かった。
一緒に遊んだことはねぇけど、確かにあの世界を共有してた相手が死んだ。
いや、もっと前から死んでたんだ。
勝手に背負って勝手に押し付けて。
「はー……」
多分俺だけじゃないんだ。
正面に見えてきた見慣れた面子を見て確信する。
「お前ら。散歩にしちゃ物騒だな?」
武器を構えたガッテン、ジーク、鳩貴族、紅羽、スペルマンとその仲間の魔物たち。
少しばかり汚れた様子を見るに、何度か戦いを行った後のようだ。
「タカこそ。随分と大所帯だな」
ジークがニヤつきながら言う。
茶化しやがって。
「七色の悪魔さんとほっぴーは?」
「書類処理」
かわいそう。
「とりあえず、どうする? このまま二手で探索して、ここに合流してくることにするか?」
ガッテンの言葉に、ひとまず首肯する。
戦力的にはムカデ女あたりを派遣した方が良いんだろうが、俺が不在中に妙なことをされちゃ止められないからな。
「おっさん要る?」
「主殿!?」
「要らねぇ」
「ジーク殿!??!!?」
そういう事だ。
エリーさんは俺から離れたがらないだろうし、残るはモータルか。
信用できる強者は一人いてほしいんだが……仕方ないな。
「モータル、あっちについてやれ」
「そうだね」
ジーク側から湧いた歓声に、おっさんが物悲しい表情を浮かべる。
心配すんなって。モータルと比べられちゃしょうがねぇよ。
「じゃあここらで別れよう。後で戦果でマウント取りにいくからよろしく」
紅羽がニヤっと笑いながらそう告げる。
言うねぇ。
「モータル引き抜いてる時点で、反則点として戦果にマイナス補正かけるけど良いよな?」
「は?」
そんなやり取りの最中。
ピリっと空気が変わる気配がした。
その気配の元に目を向ける。
「まさか領域から出て直接打って出るとは。己の力を過信したな、人間ども」
カラスのような濡れた黒羽の魔族が、屋根上から俺たちを見下ろしていた。
「我らの地に立ち入ったことを後悔させてやろう」
「我らだぁ? 魔王が侵攻に失敗した時点で、てめぇらの土地なんか一つもねぇんだよ、思い上がんなクソ汚れ羽が」
魔王の話題は効くらしい。
認識狭窄のデバフが通った。
「お前の認識が正しいなら、何故俺達がここにいると思う? どうして先日の襲撃を軽くいなせた? 力を過信してんのは……いったいどっちだろうなッ!」
一気に跳躍。
同時に屋根を突き破ってエリーさんの襲撃。
認識狭窄状態では避けられない。
威圧のデバフも通った。
焦りと恐怖が増幅され、相手の動きが鈍る。
「くたばりやがれッ!」
エリーさんの襲撃への対処でガラ空きになったところへ、一気に踏み込む。
「ぐぬッ……!」
首元。浅くはない。
血を撒き散らしながらも、濡れ羽の魔族があわてて距離を取った。
口をパクつかせるが、空気が漏れる音がするばかり。
詠唱でもしようとしたか? 三流だな。
そんな事をしている内に、モータルの刃が届く。
喉元から剣を生やした濡れ羽の魔族が、ゆっくりと倒れた。
その死体からモータルが剣を抜き、一気に血が飛び散る。
「こんなもんか。やれるな」
屋根下を見ると、この濡れ羽の魔族の援護をしようとしたらしい緑の皮膚の魔族がタコ殴りにされた挙句、ムカデ女に拘束されていた。
ちょうどいい。軽く尋問させてもらおう。