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傲慢に行こう

 同行メンバーをレオノラの研究棟に集めるだけで一日の殆どを使い切ってしまった。


 客間に居るのは、魔女の捨て子達。モータル。それにブーザー。あとなんかムカデ女。

 レオノラは用事で少し抜けているそうだが……もう一人、この場にいない人がいる。


「どうしたもんかな……」


 エリーさんだけが、この場にいない。

 スルーグさん達と一緒にいるとばかり思っていたが、今日はまだ会ってすらいないという。


 というか時間かかったのはだいたいスルーグさんのせいなんだよな。

 何の報告も無しに潜伏場所を変えないで欲しい。

 モータルの超人的な勘がなかったら今日中に会えないとこだったぞ。


 そんな恨みを込めてスルーグさんを睨んでいると、スルーグさんが口を開いた。


「タカ殿、無理についてこさせる必要はないじゃろう」


「スルーグさん、それは」


 主語が無くとも分かる。エリーさんのことだ。


「魔女の討伐よりも自分の感情を優先するというのなら、好きにさせておけ。そもそも、エリーにはギルド員という表の立場だってある。ワシらに止める権利はない」


 スルーグさんの淡々とした語り口。

 他の捨て子たちも反論する様子がない。


 俺は、いてもたってもいられずに立ち上がった。


「待て。先ほどスルーグが言った通り、俺たちに止める権利はない。それはお前も同じではないのか」


 白の長髪の男……ネイクがこちらに目を合わせながら言った。


 流石は魔女にメドゥーサの模造品として作られたヤツだ。

 視線を交わしただけで、魔力回路の濁りを感じる。


 だが、俺はそれを跳ね除けるように笑い、宣言した。


「権利がなくてもやるんだよ、俺は傲慢だからな」


「……ふふ、そうらしい」


 デバフは弾かれた。

 これほんとに人間相手に通じるか不安になってきたんですけど。


 

 よく考えたらアイツ、人間ではなかったな、等と考えながら走ること数分。

 夕暮れ時でも既に煌々と明かりを灯しているギルドに到着する。


 スルーグのところに居なかったんだ。

 後はこっちだろう。


「救うって言っちまったんだ。そこは裏切れねぇよ」


 エリーさんは正直、すげぇ重いしめんどくせぇしメンタルやべぇし異様に強いしかなりめんどくさいけど……救いを求めてきて、俺は確かにその手を握ったんだ。

 

 珍しく扉がキッチリ閉まっていたギルド内に勢いよく入る。


 中には、弾けた後のクラッカー。

 甘いケーキの匂い。


 祝福ムードの他職員たち。


 そして、中心で笑みを浮かべるエリーさんと……レオノラ。


「エリーちゃん寿退社おめでとーーーう!」


「ヒュー!」


 えーっと。

 これは……どういう事だ。


「あれ!? 旦那さんじゃない!?」


「……あの」


 顔に多少見覚えがあるギルド職員の一人が俺に近寄ってきて、肩をバンバンと叩く。


「やだもう! エリーちゃーん!」


「あっ、タカさん……」


 おっ、俺に許可なくとんでもねぇことしてんな?

 

 あまりの混乱に変なとこの筋肉がピクピクし始めたところで、レオノラが颯爽とこちらに歩いてきた。


「ははは、迎えにきたのか。お熱いことだ」


 周囲の奴らがヒュー!と指笛を鳴らす。

 肺を穿ってマジでヒューヒューしか言えなくしてやろうか?


「魔女討伐作戦で、死ぬなよ。お前のような兵を失うのは、私としても惜しいのだ」


 そう言って唐突にハグをしてくるレオノラ。

 すかさず、周囲に聞こえないよう耳打ちをする。


「どういう事だ」


「戦闘力を持たないギルド員を一人連れ去ろうと言うのだ、それなりのカバーストーリーが要る」


「誰の提案だ」


「エリーが提案し、おもしろそうなので私が協力した」


「殺すね」


「はははははは!」


 笑いごとちゃうぞコラ。


「気合いは十分のようだ! エリーを未亡人にするんじゃないぞ!」


 その後、俺は職員たちと軽く飯を食ったり、激励の言葉をかけてもらったりしたそうなのだが、正直記憶が曖昧だ。


 とんでもない女だ。

 勝手に凹んで拗ねていたのかと思っていたら、そんな事はなかった。

 ライバルの気配を感じて、えげつない牽制球を投げてきやがった。


 最悪なのが、ライバルなんていないってとこだな。誰も止められない。

 幻影に対して殺意が高すぎる。


「じゃあ、タカさん。そろそろ……」


「あ、ああ……」


 気付けば、レオノラとエリーさんと俺とで研究棟に帰ってきていた。

 

「タカさん、ごめんなさい。勝手に話を進めて……ギルドは、お世話になった場所なので、後腐れなく去りたくて」


「ソウデスネ」


「はい」


 ま、まぁエリーさんの善性に期待するなら、そうだな。

 本当に他のギルド職員のことを思っての行動……にしてももっとやり方がありましたよね?

 私欲と私欲の合わせ技ですよね?


「タカさん。聖樹の下で結婚式を行った夫婦は、死後も聖樹の木の上で共に暮らせるそうですよ?」


「あの」


「ふふ、冗談です」


 ヤバすぎる。

 外堀を工業機械で爆速埋め立てされている。


「えー、今、帰りました」


「ほう、口だけではなかったか。しっかりエリーを連れてきたな」


 スルーグさんが感心したような声をあげるが、そうじゃない。

 そうじゃないんだよ。


 頭を抱えたくなるのを必死に堪えていると、ムカデ女がずずっとこちらに寄ってきた。


「報告します。私は危険度の計測を誤っていたようです」


 俺もだよ。

 傲慢にいくつもりが完全に上をいかれた。


「そこの子も来るんですか?」


「え? ああ、魔女へのカウンターだからな。必要だ」


「そうですか。良かったですね、頑張ってください」


 エリーさんがムカデ女にニコリと笑いかける。


 クソ、お代官さんやらジークを見て、何となくヤンデレはそれなりに捌ける存在だと思い込んでた。


 だが俺のケースはあの二人とは決定的に違う部分があったんだ。

 それは、仮初とはいえ、競合相手がいるという事。


 これは……地獄を見るかもしれん。


 助けを求める視線をモータルに飛ばす。

 すると、モータルは勝手に手をつけていたブーザーのツマミらしき豆を一つ取り、俺に向け差し出してきた。

 違う、そうじゃない。



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