前へ次へ
212/323

幕間:領域トラブルバスターズ④

 ストレッチをし、身体の具合を確かめる。

 不調はない。

 リハビリもある程度終わったタイミングで助かった。

 

 しいて言うなら、魔力の巡りが少し変わったような気がするくらいか。

 量が増えた結果かもしれないので、気にするだけ無駄だろう。


「紅羽さん、七色の悪魔です。入ってもよろしいでしょうか」


「どうぞ」


 七色の悪魔さんは腰に剣を携えており、目は真剣そのものだった。


「急いで行きましょう。間に合わなかった、なんてことには絶対になりたくない」


「あたしもだよ」


 靴にかかとを通し、立ち上がる。

 

「派手に燃やしてやろうぜ」


「……農地に被害が及ばない程度にお願いします」


「大丈夫、大丈夫!」


 多分な!


「そうだと良いんですが……私は今から現場に向かうつもりですが、紅羽さんはどうしますか?」


「装備をいくつか持ってきたらあたしも出発するよ」


「そうですか。では現場で落ち合いましょう」


 そう言うと七色の悪魔さんは、足早に部屋を後にした。




 ミノタウロスの背に乗って進むこと数分。

 農地といくつかの小屋が目に入る。

 それに加え、せかせかと農具を運ぶ住人の姿も。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「は、はい! なんでしょうか!」


「七色の悪魔さんが来なかったか?」


「……えぇと、分かりません」


 分からない、か。

 聞き方が悪かったな。


「魔物に乗ったやつが来なかったか?」


「分かりません、すみません……」


 妙だ。

 流石に目撃ぐらいはしていると思ったのだが。


「ここの代表者は今どこにいる?」


「居住区で避難誘導をしていると思います」


「わかった。ありがと」


 乗っているミノタウロスの頭をぺしぺしと叩いて、急ぐように伝える。

 ミノタウロスは、荒く鼻息をふきだした後、全力で居住区の方向へ駆けた。


 遠目からも分かる、整列して移動する集団。

 避難中の領域民だろう。


「派遣されてきた紅羽だ! 七色の悪魔さんはいるか!?」


 しばしのざわめきの後、代表者らしき男が出てきて言った。


「空飛ぶ馬に乗って、とんでもねぇ速度で飛んでいくとこなら見た! 一緒に探してやりたいとこだが、避難誘導が最優先だ! すまん!」


 空飛ぶ馬。

 初期魔物のペガサスだろう。

 地元の避難所に置いたままと聞いていたが、最近こちらに呼び戻したのだろうか。


「わかった。じゃあ、あたしはひとまず――」


 瞬間、何か固い物同士がぶつかる、鈍い音が響いた。


 遅れて、正面のマンションの一角にヒビが入り、上部が崩落する。


「ッ!?」


 避難行動中だった人々から悲鳴があがる。


「列を乱すな! 本島からの護衛が派遣されている! このまま避難すれば安全だ!」


 男の号令により多少乱れは減ったが、それでも一部がパニックに陥っているのは否めない。


「……まいったな」


「ブモ」


 避難民には見えていないが、崩れたマンションの一角には倒れた七色の悪魔さんと、ペガサスが見える。

 いち早く敵を見つけ、戦闘に入ってしまったのだろう。


「おい! 悪魔さん! 一旦退け!」


 そう叫ぶ横で、金属同士が激しくぶつかる音が響いた。


 見れば、斧を振り抜いた姿勢のミノタウロスと、襲撃者らしき黒衣の者。

 僅かに露出した手の質感から、人間ではなく――魔族であることが察せられた。


「二人目も来ていたとはな」


「お前が……ッ!」


「情報の漏洩が早すぎる。無能どもめ」


 避難状況を確認する。

 かなり離れた。ここでなら戦闘をしても余波は少ないはず。


「ドラゴンブレスッ!」


 炎の濁流が黒衣の魔族を包む。

 

 出し惜しみはナシだ。

 これで仕留められないならば龍人回路を使う。


 魔王軍の中堅どころらしい魔族を複数相手にしても何とかなった魔術だ。

 こいつ一体なら領域外でも勝てるはず。


「良いブレスだ。こちらもお見せしよう」


 炎の中から無傷で躍り出た黒衣の魔族が手を空にかざす。

 

「ケーーーッ!」


 悍ましい叫びと共に姿を現したのは、ツギハギまみれの怪物。

 魔物や、人間。あらゆる素材を使って無理やり竜をかたどっている。


「やれ」


「まずい……ッ」


 咄嗟に龍人回路を起動しようとした、その時。


「いえ、まだ温存すべきでしょう」


 ツギハギの怪物の胸から一本の角。そして首から剣が生えた。

 ゆらりと空中でバランスを失った怪物が、地へと落ちていく。


 背には、ペガサスに乗り、怪物を貫いた七色の悪魔。


 その姿はさながら流星の如く。

 怪物を地に叩きつけた。


「焦りは禁物でしたね。叩きつけられたお陰で頭がスッキリしました」


 一面にちらばる怪物のパーツに状態異常回復の魔法をかけ浄化しながら、七色の悪魔が微笑む。


「それにしても、コレ。接合が甘すぎますよ。小学生の工作ですか?」


「劣等の分際で……ッ!」


「小学生は魔族には伝わらない表現でしたね。煽りは難しいです」


 多分、馬鹿にしてるってのはしっかり伝わってると思う。

 

「紅羽さん」


「あ、ああ。無事でよかったよ」


「はい。この魔族は私一人で処理しますので、護衛の任務と、本部への報告をお願いします」


 そう言って七色の悪魔が軽く頭を下げる。

 

「いけるのか?」


「はい。流石、無様に生き残っただけはあって、魔王軍の中では格が高いとは言いづらい魔族のようで」


「俺に一度敗れたのを忘れるなよ人間ッ!」


「ええ。見事な不意打ちでした。今後の参考にさせていただきます」


 金属同士がかち合う音。

 黒衣の魔族は、どこから出したのかサーベルを構えており、もう一方の手を妖しげに蠢かせている。


「ほんとにあたしが居なくてもいいんだな!?」


「はい。状態異常をメインに戦う方のようなので」


 そりゃ相性が良い。

 七色の悪魔さんのジョブは聖騎士だからな。

 ガッテンあたりだったらかなり苦戦を強いられただろう敵だが……運が良かった。


「そっか! んじゃ……ドラゴンブレスッ!」


 去り際に置き土産だ。

 七色の悪魔さんはしっかり避けたが、黒衣の魔族はまた直撃している。

 ただ、外傷は見えない。


「何かカラクリがありそうだ! 気を付けてよ! 悪魔さん!」


「ええ。私が心臓を貫いた時も効いていませんでしたから、それは分かっています」


「邪魔をするな劣等ども……! 魔王様の意志は俺たちが継ぐ……!」


「させませんよ」


 そんな会話の直後、刃が交わった。



前へ次へ目次