それいけ魔王軍広報部!
「あの羽虫共をぶっ殺せぇええええ!!!」
ほっぴーの叫びと共にゴブリンの弓兵部隊が一斉に羽虫に向け矢を放った。
「ほっぴー!ミノタウロスがやべぇぞ!」
「わかってらぁ!ハイヒール!」
上位ヒールの光がミノタウロスを包む。
だが、こちらも短期決戦に向け無茶な守り方を繰り返していたためか、あまり様子が芳しくない。
「……クソ!MPチャージに入る!瞑想!」
紅羽がその場から動けなくなる代わりにMPの自然回復量が微上昇するスキルを行使する。
「スペルマン!プロテクトをミノタウロスに使え!」
「タカ氏~、かなりの大人数にアクセラレーションやっちゃったからMPカツカツなんだけどー」
「ミノタウロスがやられりゃ一気に戦線が崩壊する!やれ!」
「……了解ー。ただあの規模のアクセラレーションはもう無理かもしれないよ。プロテクト!」
ミノタウロスを青い光が包む。魔防、物防共に上昇する支援魔法プロテクトのエフェクトだ。
「温存したかったがやるっきゃねぇな!ペリ!」
「はいな~。メテオバーン」
翼を持った赤髪の少女――ドラドラ討伐後に天の石から召喚した火精ペリがメテオの広範囲版の魔法をフェアリーの集団に向け放つ。
「わはははは!紅羽ぁ!キャラ被ってんじゃねぇか!?なあ!?」
「あんなちんちくりんと、うちのペリを一緒にすんな!」
「タカもほっぴーも後で覚えてろよ」
ドスの利いた声で二人を黙らせた紅羽が瞑想状態を解除し立ち上がる。
「スペルマン!」
「いやだからMPキツいって」
「チッ……ドラゴンブレス!!!」
「あっぶねぇえええええ!!!」
前線のタカが咄嗟に飛びのき、そのまま炎の余波で吹っ飛んでいく。
「オォォォ____」
炎の直撃を受けたシルフィードが何やら妙な呻き声をあげ始める。
「やべぇ!おい誰か紅羽を抱えて逃げろ!!バキュームとリジェクトが来る!!!」
渦風魔シルフィードの代名詞とも呼ばれる技。
バキュームとリジェクト。原理は簡単だ。ただ吸って、吐く。それだけの技だ。
「おおおおおあああああああ!!!?もってかれる!もってかれる!」
だがそれはレイドボスに相応しい程の威力と厄介さを持っていた。
バキュームによる引き付け、そしてその溜めた空気を一気に周囲へ放つリジェクト。
回避は困難かつ高火力。また分類上は物理攻撃の為、魔法職が即死しかねない、シルフィード戦における正念場だ。
――ゲームにおいてこの技は、HPが半分程度になった時と撃破手前にしか使われない技であったのだが……
「クソが!おいお前らぁ!相手がAIだっていう偏見は捨てろ!ありゃ紛れもなく、一匹の生き物だ!」
この中ではまだゲーム脳から脱却しつつあると言えるほっぴーが、ケンタウロス・アマゾネスに必死にしがみ付きつつも周囲に警戒を呼びかける。
ずるずると周囲の人も、魔物も、シルフィードへと吸い寄せられていく。
そして、バキュームが終わり、リジェクトが、始まる。
「______ォオオオオオオオ」
「うおおおおおおおおお!!!!?」
あまりの風圧に、前線にいたゴブリン達がひしゃげ、死体が吹き飛ぶ。
「だが待ってたぜぇ!……「「この時をよぉ!」」
早々に距離を取り難を逃れていたタカと紅羽がとんできた死体や土をはらいつつ立ち上がる。
強技発動にありがちな……硬直時間を無駄にしない為に。
「ほっぴー!魔法職に切り替えろ!」
「言われなくても!リセット!切り替え!“遠距離魔法特化”!……メテオ!」
ほっぴーに続けとばかりに多方面から炎や矢がシルフィードに向け放たれる。
「スペルマン!あと一回ぐらい余裕あんだろ!?スペルフォーカスを……」
「で、でも紅羽氏!フェアリーが集まってきて……」
「ああ分かったよ!お前ら!退いてろ!」
紅羽の怒号に反応し、前線にわらわらと集まり始めていたゴブリンやタカが慌てて撤退する。
「レッサードラゴンブレス!」
紅羽の魔法がフェアリーを、シルフィードを焼いていく。
「……駄目だ。足りない」
まるで弱った様子の無いシルフィード。それもそのはず。シルフィードの身体には定期的にヒールの発動を示すエフェクトが発生しているのだ。
その様子を見ながらほっぴーが絶望したようにポツリと呟く。
「こりゃ……駄目だ。誰か死にかねない」
「クソこうなったら一人を生贄にして撤退するっきゃねぇ……」
「タカてめえ何不穏な事口走ってんだ。あたしは絶対やらねぇからな!」
早々に内ゲバを始めた二人をよそに、ほっぴーが必死に頭を回転させ打開策を探す。
「……よし。タカ。頑張れ。マラソンの時間だ」
「ぜってぇいやだ!」
「うるせぇ!どう考えても負けるんだよ!」
最前線でシルフィードの攻撃を必死に受けていたミノタウロスは既に息も絶え絶えであり、戦線が崩壊する時はもう目の前まで迫っている事は誰の目にも明らかであった。
「……チッ……ブレイドダンス」
自前のバフをかけると、タカは一気にシルフィードの懐へ駆ける。
シルフィードの風の鎧にスリップダメージを入れられつつもその身に直接連撃を叩き込む。
「___ォオオォオオオ__」
タカの通常攻撃は常時3倍。つまりは半減されたとしても1.5倍である。それなりのダメージを受けたシルフィードは、標的をタカへと移す。
「おい!ほっぴー!俺にヒール!あとスペルマンは俺にアクセラレーションだ!」
「はあ!?提案しといて何だが、お前本気か!?」
「ああ、マジだぜ。こん中で逃げ切れる可能性があんのは俺くらいのもんだろ!?」
「……ハイヒール!」
「アクセラレーション!」
傷が癒え、速度も増したタカが短剣を突きつけ、シルフィードに向け吼える。
「さあ俺に追い付いてみろデカブツが」
そう宣戦布告し、駆け出そうとしたその瞬間。
シルフィードが、唐突に頭を垂れた。
「……え?」
「……まさかタカの自作自演……」
「違うわ!……え、何これ!?どういう事だよ!?」
「ご迷惑をおかけしました。末端にまで話がいってなかったようでして」
困惑する四人の前にふわり、とカーリアが姿を現した。
「ほっぴーさん、スペルマンさん。魔王軍広報部の件、なんとか上司に許可が取れましたよ」
二人に向けとびきりのサムズアップを決めるカーリア。
そしてその二人に突き刺さる視線。
「おい。説明しろや」
「どういう事かあたしにも説明が欲しいんだけど?」
「いやぁ、ははは。いや、ほら、俺らPR動画撮ったじゃん?あと何本か撮りましょうつったらよ、魔王軍広報部を作ってそこに所属しませんか?なんて言われたもんだから、うっかり口が……」
「うっかり……?」
驚いたような視線でほっぴーを見つめるカーリア。
「……言葉選びが悪かったな。思わずっつーか何と言うか」
「ああ、そうですよね。びっくりしました。ところでそこのお二人は?というか一名見覚えのある方がいますが」
「広報部の新人です。スカウトしました」
てめえとんでもねぇ嘘ついてんじゃねぇよといった目でほっぴーを睨む紅羽とタカ。
「……本当ですか?」
カーリアの方へ慌てて向き直れば、嫌でも頭を垂れたまま微動だにしないシルフィードとその取り巻きの様子が目に入る。
「…………次の一手、と言ったな。PR動画、なかなか悪くなかった。その広報部とやら、俺も入らせてもらうぞ」
唐突に芝居がかったセリフを吐き始めたタカに、いいんだな!?その路線でいくんだな!?という確認の目配せをする紅羽。
「紅羽。お前もそう思うだろう?」
「ああ。あたしの目にも、あのPR動画は魅力的に映った。あたしも是非、その広報部とやらに入らせてほしい」
そういい終えてから、言っちゃったぞ!?もう後には引き返せないぞ!?といった視線を送る紅羽に、ただ一度、ゆっくりと頷いてみせるタカ。
「おお……!これで広報部のメンバーは私含め5人!嬉しい限りです!さっそく今後の予定について詰めましょう!」
きゃっきゃっとはしゃぐカーリアをよそに、四人の英傑はただただ頬を引きつらせて笑う事しか出来なかった。
【悲報】十傑の内四人が魔王軍に就職