幕間:領域トラブルバスターズ①
「隣接するグループですか、厄介ですね」
領域の一角。
そこは、書類をめくる音や、ばたばたと慌ただしく走り回る音で満たされていた。
寄せられた要望の書類を見た七色の悪魔により呼び出された男が、慌てた様子でまくしたてる。
「厄介どころの騒ぎでは無い、農地A区の担当者が軽い脅しを受けたそうだ」
その報告を受け、七色の悪魔が顔を顰める。
「ええ、書面で確認しています。その後、その方の容態はどうですか?」
「ん。作業に支障をきたすほどじゃないから仕事に戻ってるが、またいつ襲われるかと思うとどうしても効率がな」
「そうでしょうね。相手側の要求はどんな物でしたか?」
「俺達も領域に入れろ、だの何だの……」
「ふむ」
名簿のような物を片手に、七色の悪魔が席を立った。
「失礼。少々、上に相談してみます」
「あ、いや、そこまでは……」
「そこまでの事ですよ」
そう言い切り、遠ざかっていく背中。
「……」
男は、複雑な心境でそれを見送った。
さて、どうしましょうか。
暴力に暴力で返すのは簡単ですが……それでは意味が無い。
「農地の開拓に参加させますか」
異常発達した作物の報告が増えているのは気がかりですが、とにかく食料が欲しい。
そこまで考えた辺りで、ピタリと足が止まる。
「……何の御用でしょうか。私はお代官さんに報告をしなければならないのですが」
ふわりと眼前に現れた砂漠の女王を軽く睨む。
「わざわざご足労をおかけするわけにはいきませんもの。わたくしが聞いて、代理で報告しておきます」
「親切な事は結構なのですが。我々の問題は我々が解決します」
「おや? 聞こえてなかったのですか? わたくしは代理で報告すると言っているのですが……」
「以前頼んだ問題が、貴方を経由した後、解決済みの問題として報告されていたのですが。良いタイミングですのでたずねさせてもらいますね。何故ですか?」
「わたくしの観測する力はご存知でしょう? 報告前に少しチェックしてみたら解決済みだったので、そのように報告させて頂いただけですわ。それとも――」
砂漠の女王の顔が、ずいっと近付く。
目視できるわけではないが、首元に何か冷たい物が押し付けられる感覚。
「わたくしのやり方に、何か不満でも……?」
「はい」
「えっ」
「我々の目標は文明の再建です。貴方は家畜かペットを飼っているぐらいの感覚なのかもしれませんが、それではダメなんですよ」
砂漠の女王がしばらく、目を白黒させる。
やがて落ち着いたのか、ジト目になりながら言った。
「そもそも、この領域はわたくしとお代官様の物ですよ」
「ええ。ですから、領域抜きで生きて行ける環境を作らなきゃならないわけです」
「はあ。そうですか」
「貴方としてはお代官さん以外の人間が大量に出入りしている状況は、あまり愉快ではないはず。ならば我々に自立できるだけの土台を与えて、さっさと領域から出て行っても大丈夫な状態まで育てるのが先決ではないですか?」
「……もう、いいです。わかりました。勝手にどうぞ」
砂漠の女王がツンとそっぽを向き、来た時と同じようにふわりと消えた。
一人残された七色の悪魔は、困ったように笑うと、お代官の部屋へと歩き始めた。
「失礼します」
「うむ」
お代官が手元の書類を置き、七色の悪魔を見る。
「どうしたかね」
「隣接する生存者グループと揉め事だそうです」
「うぅむ。それは早急に対処せねばならんな……具体的な内容は?」
「領域に自分達を入れろ、と。農地A区の担当者が脅しを受けたそうです」
「はぁああ……」
お代官が頭を抱える。
「下手に暴力的手段に訴えれば反発が怖い。かといってなぁなぁで済ませば後続が出てくる……」
「タカ君がいれば荒らし回った挙句に解決してくれそうな案件なんですけどねぇ」
「いやー……そうか? 荒らしはするだろうが、解決まではどうだろうなぁ。壊滅なら分かるが」
一文字違うだけで大惨事ですね。
さて、タカ君が帰還するのは数週間先みたいですし……こうなったら他の方に助力を頼むしかないですね。
こういう交渉が得意なのはほっぴー君なのですが、ただでさえ過労死寸前ですから、あまり負担はかけたくない。
ふむ、どうしたものか。
七色の悪魔が思案気な表情をしていると、お代官が口を開いた。
「ジーク君はどうかね」
「……彼のトラップなら傷付けずに無力化できる。なるほど、確かに適任かもしれません」
「私は性格的にも悪くないと思っている」
そうですねぇ。
彼は彼で度量のある人間ですから。
「ではジーク君を派遣する方向で」
「うむ。任せた」
お代官さんに一礼し、部屋を後にする。
先ほどの相談者とジーク君を引き合わせに行かねば。
「えぇ? 俺が?」
「はい。お願いします」
ジークが露骨に顔をしかめる。
その様子を、相談者の男が心配そうに見つめていた。
「あ、あの、そこまで無理をなさらなくても」
「……別に無理じゃないけどさぁ。分かったよ。俺はどこに行けばいいわけ?」
「可能なら、そうですね。敵地の調査と、敵側を統制している人物と交渉の場を設けて欲しいです」
「ハードル高くね?」
「相手の不満がどこに起因するのか確かめるだけでも構いませんので……」
ジークがぽりぽりと頭を掻く。
「んー……ま、やるだけやってみるわ」
「相手を無力化する時はあまり怪我をさせない方法でお願いしますよ」
「分かってるって。そういうの得意だし」
ジークがそういって立ち上がり、相談者と共に廊下を歩き去っていく。
そこに自然な流れでアルザが追従していった。
チラリとこちらを振り向き、ウィンクを飛ばしてくる。
黙認しろ、という事でしょうか。
「……」
まぁ、念動力も無力化に適していますからね。
七色の悪魔は、椅子に座り直すと、次の問題を解決するべく書類のページをめくった。