法を敷く
「レオノラー! いないかー?」
自室で色々といじくってはみたが、早々に限界を感じた俺は、レオノラを探して地下の研究室まで来ていた。
「入るぞー?」
沈黙は肯定とみなす。
俺は研究室に足を踏み入れた。
「……いるじゃん」
「む? ああ、すまん。防音の陣を張っていた」
レオノラが紙束の山に埋もれている。
「なんだそれ」
「資料だよ。一つ一つチェックしている」
資料?
落ちている中から一枚拾い上げ、目を通してみる。
「……さっぱりわからん」
「それでは困るな。タカ、お前が呪術に手を出すというから少し調べてやったというのに」
「マジか」
もう少し気合いを入れて読み込んでみる。
うん、わかんない。
「そもそもの基礎理論がさっぱりなんだよな」
「ふーむ。そうだな、私の方があのムカデ女よりは分かりやすく説明できると思うが……聞くかね?」
歯車がどうこう、ってやつか。
「聞かせてくれ」
「よし。ではまず、魔力がどういうものか理解しているか?」
魔力ねぇ。
「……不思議な力?」
「ははは。まぁ間違ってはいないが……どちらかと言うと、原始的な力と呼ぶべきか」
「原始的?」
「魔力とは、法を構築する素となるものだ」
「法ってどういう意味だ」
「ルールやシステムとも言い換えが可能だな」
ふむ。
そういや世界の法がどうこう、っておっさんが言ってたような気がするな。
「魔力とは、ルールを構築する力ならば、魔法はどういう存在になるか……タカ、分かるだろう?」
「ルールの書き換え、か」
「少し違うな」
レオノラが資料の束を整理しながら立ち上がる。
「魔法とは、微小範囲でのルールの上書きだ」
上書きなのか。
「なんかどっかで、微小範囲で異世界を作っているのに近いって話を聞いた事がある」
「ああ、良いな。次回、誰かに説明する時はその例えを使おう」
「は? おい」
「はははは!」
なにわろてんねん。
「ただ、呪術を絡めて説明するのならばその例えは少しばかり不適切だ。一旦忘れろ」
どっちだよ。
「困惑させてすまないが、理解してくれ」
「はぁ、分かったけど」
ルールの上書きって事で話を進めるわけね。把握。
「さて、我々は魔力を消費して独自のルールを世界に書き込むわけだが、ここで一つ問いを出そう。魔力消費や、魔力効率なんかの違いは何故起きると思う?」
違いか。
「そりゃ、威力調節というか」
「何故、威力が上がれば魔力消費が上がるんだ?」
「……そういうもんだからだろ」
レオノラの口の端が上がる。
「答えはな……元の世界の法からどれほど乖離するか、だ。魔力の消費量は世界からの抵抗量とも言い換えられるんだよ」
なる、ほど?
「ピンとこないか。例えば生活魔法と呼ばれる非常に消費が少ない魔法があるだろう」
「そんなんあるのか」
「……あるんだよ。で、だ。何故消費が少ないか分かるか」
「常識の範囲内の効果だからか?」
「だいたい合っている。火を出す魔法をとってみれば……生活魔法は、火が出るであろう状況を用意する魔法だ」
なるほど。
「つまりアレか? 世界に言い訳かませばかますほど消費を抑えられるってわけか」
「言い訳! 言い訳ときたか! ……良いな。そうだ、その通りだ。私は騙すという表現を使おうとしたが、その方がしっくりくるな」
説明下手かおめー。
「む……いいか? 私が話すような内容は、イメージとして持っているのが普通だからな? 今更説明しろと言われても難しいのだよ」
「そりゃ悪かったな。続けてくれ」
気を取り直した様子で、レオノラが続ける。
「さて、大規模な魔法になると、魔法使いは総じて複数の魔法陣や魔道具を用いるわけだが、その理由はもう教えるまでもないだろう?」
「生活魔法と同じカラクリ……世界への言い訳って事か」
「その通り。魔道具を用いるのなんかその最たるもので、この法は既に通しているのなら、こういう事もやれるだろう、という道筋を立てるのに使うわけだ。まさに言い訳だな」
なんとなく理解してきたぞ。
つまり、呪術が魔道具だけじゃ完成しないってのはそういう事だったわけだ。
「通したい法が無いなら言い訳の意味がないってわけか」
「うむ」
レオノラが椅子を引っ張り出して座る。
「……で、ようやく呪術の話に入るわけだが」
「やっとか」
レオノラが眉をしかめつつ、天井を見上げる。
「どうした?」
「いや、どう説明したものかと思ってな。そうだな、呪術というのは……ああ、砂漠の女王が分かりやすいか。異界化を人為的に行うんだよ。自分自身に法を刻み込むんだ。自分が独自の法を成す」
「……なるほど」
それは、確かに究極だわな。
「何故、呪術と呼ばれているかもついでに話しておくか」
「おう、頼むわ」
「聖樹教にとって忌むべき技術だから。以上」
「その聖樹教の聖女が呪術のレッスンをしている事について一言お願いします」
「はっはっは」
笑いながら中指立てんな。
「まぁ、より詳しい話をしておくとだな。聖樹教にとっては聖樹と世界がイコールなわけだ」
あー、だいたい分かったぞ。
「でもその理屈だと魔法全般アウトじゃないのかよ」
「いいや? あれは聖樹サマからのお目こぼしって事らしくてな? 実際は民を管理しやすくするための方便だからな。好き勝手やっていいようにした結果が魔族達の人間関係の地獄具合だから、ある意味正解ではあったのかもしれん」
魔族の人間関係……確かになぁ……。
「あとギフトは例外だな」
「そういや領域作れる? みたいなギフトのやつがいたな」
「ああ。アイツはかなり強力な能力だったんだぞ。ハメ殺しのような形で片づけたから良かったものの」
レオノラが一息ついた後、急に目を細める。
「……さて、抽象的に、呪術の理屈を説明したわけだが、それでもなお君は呪術を求めるかね」
「当たり前だろ」
「自分が世界から逸脱する覚悟は?」
「とっくの昔にした」
「ならば結構」
レオノラが立ち上がり、紙束のいくつかを引っ掴む。
「構想は練ってあるんだ。ついてこい」
「待て。俺にも練ってある構想がある」
「どうせろくでもないんだろ。私のにしておけ」
「決めつけは良くないと思います」
呆れたような視線が返ってくる。
んだよ、文句あんなら直接言えよな。
「じゃあ言ってみろ」
「俺を格上だと錯覚させるのと格下に対して撒けるデバフの合わせ技なんだが」
「ろくでもない……ろくでもないが……」
「どう?」
「……」
レオノラが無言で頭を抱える。
「呪術にしてはせせこまし過ぎないか」
「そりゃ俺自身の強さがせせこましさの極みだからな」
「確かに」
即答すんなよ。悲しくなるだろ。
「じゃあそれも含めて計画を練り直すとして……いくつか刻んでおきたい魔法陣がある。奥に来てくれるか」
「……あいよ」
結局そういうのやんなきゃいけないのね。
そりゃそうか。