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似て非なる

 その後、ピリついた空気を引きずりつつも、何とかレオノラの研究棟まで辿り着いた。


「ただいまっと」


「おぉ、帰ったかよ」


 開けた瞬間に鼻に飛び込むアルコール臭。

 どうやら俺が修羅場ってる間、こいつらは呑気に飲み会をやっていたようだ。

 

「おい、レオノラ」


「む……いやぁ、すまない。まさかこの身体でも酩酊感を覚えられるとは」


「ぎゃははは、そりゃあ念入りに魔力を込めてっからなぁ!」


「そうか。良かったな」


 こいつらには付き合ってられん。

 スルーグさん達を連れて俺の部屋に入る。


 椅子に座り、二人にはベッドに座るよう促す。


「し、失礼します」


「すまんの」


 ムカデ女は直立状態だ。

 なんなんだよ。キャラクリ画面かてめぇは。


「座った方が良いですか?」


「……甲殻を展開すりゃセルフ椅子みたいなのできるんじゃねぇのか」


「セルフ椅子という表現は適切ではないですね。正座に該当する行為になるかと」


「もういいよそれで」


「はい」


 ようやく場が落ち着いたので、話を始める。


「さて、スルーグさん」


「なんじゃ」


「俺はこいつを育てて使う前提で計画を練っていこうと思ってます」


 スルーグさんが苦々しい表情を浮かべた。


「気持ちは分かりますし、懸念事項も……勿論、把握してます」


「じゃろうな」


 フン、と鼻を鳴らす。


「分かっとる。そやつはいずれにせよ使える。ワシらの手持ちの札はあまりに脆弱じゃ」


 魔女は、どんなに強大な戦力を揃えようと、特定の対策を持っていなければ詰む・・タイプの敵だ。

 その対策に成り得るであろう、そこのポンコツムカデ女は必要な存在だ。


 中に爆弾が仕込まれていたとしても、なお余りある利点。


「魔女の作品を殺していく事は、魔女を知ることにも繋がります。子は親に似ますからね」


「その知識って大丈夫? 正気度ぶっ飛んだりしない?」


「します」


 わぁ。最悪だぁ。


「ですがタカさんは既に狂気に陥っているようなものなので大丈夫でしょう」


「スルーグさん、やっぱこいつ殺しません?」


「まだやめておけ……数分の間に立場が入れ替わるとは」


 この世界はそれぐらい想定してないとやってられねぇぞ。


「まぁ、ワシはもう文句は言わんよ。暴走しそうになったら処分するだけじゃ」


「助かります。あの、エリーさんは」


 エリーさんが目を合わせてくれないので、スルーグさんに代弁を求める視線を送る。


「ワシに頼む気か? デリカシーに欠けたところまで話すと思うが構わんな?」


「やめてください」


 深く息を吐いたあと、俺と目が合う。


「あの店。昼間はスイーツを取り扱ってるそうです」


「はい」


「行きましょう。一緒に」


「いいですけど」


 何故急にそれを?


「嫉妬していると思われます。あの状況下では、私と貴方は交際している男女に見えたでしょうから」


「へぇ」


「ちなみに激昂される可能性を把握した上で発言しました」


 可能性を把握してるだけで無礼が許されるわけねぇだろ。

 ほら、視界の端に殺気だった何かが見えるぞ。


「……あー、まぁ、エリーさんの気持ちが鎮まるまでデートなり何なりは付き合いますんで」


「ほ、本当ですか!?」


「あと数秒ほど返答が遅ければ研究棟が崩壊していましたね」


「発音器官ぶった斬るぞてめぇ」


 余計なことばっか言いやがって。


「タカさん。確かに約束しましたからね!」


「え? あぁ、うん。あの、そこの奴の処分については……?」


「タカさんの意向に従います!」


「そ、そう……」


 その後、デートプランに関する事を数分ほど話した後、解散した。






 二人きりの部屋。

 俺はとうとう思っていた事を口に出した。


「いや同部屋はキツいわ」


「それは嘘ですね。狂気に陥る前の感覚で何となく言っているだけでしょう」


「いやキツいし俺は正気ですが」


 めちゃくちゃ無礼なやつだな。

 俺が激昂する可能性も考慮に入れろ。


「……気にしない事も可能な人間であると認識していますが」


「そりゃやろうと思えばできるけどな。モータルとかレオノラ伝いでほっぴーやらジークやらに広まってみろよ。一ヶ月はネタにされるぞ」


「確かにそうですね。後でレオノラに空き部屋がないか確認を取ります」


「よし」


「ですが貴方が正気である、という点に関しては否定せざるを得ません」


 蒸し返すなぁコイツ。


「貴方の精神は確実に破壊されています。判断力や、軸としている思想が揺らいでいないだけで」


「それを正気って呼ぶんじゃねぇのか」


「いえ。貴方のそれは、殺人を犯し、運びづらいから切り分けて捨てないとな、と考えている者のそれと同じです。判断自体は妥当ですが、行為だけを切り取れば異常行動に過ぎず、またそれを認識できません。合理的判断を下す能力と、正気かどうかはまた別の話です」


 ムカデ女にそう言われ、考え込む。

 まぁ、要所要所ではちゃんと考えて判断を下しているが……行為だけを切り取ればあからさまな異常行動であった事は否定できない。


「……ま、頭のネジくらい外さないとやってらんねぇわな。それで? この話を通じて伝えたい事があるんだろ?」


「はい。貴方が、正気を失うようなものに触れても平気なのは、既に失う正気が無いから……という事を忘れないで欲しいのです。そして、これは十傑の方々にも言える事です。ここを見落としたままいくと、致命的な詰みに陥る事があるので、忠告させて頂きました」


 詰み、ね。

 俺はもう正気度を使い果たしちゃったわけか。


「……というか、十傑全員が? モータルもか?」


「あ、いえ。彼はおそらくそういう人間なだけでしょう」


「良かったー」


 いや良くねぇ〜〜〜怖ぇ〜〜〜〜。

 そういう人間って何?


「素で耐えてるって事?」


「全ての正気度チェックでクリティカルを出し続けてるようなものですかね」


「怖すぎる」


「なので、彼の勘や感覚を大事にしよう、との思いは今後も重視していくべきですよ」


 ……。


「詰みたくなきゃモータルの話をよく聞け、と?」


「はい。私からもなるべく助言はしますが」


 はぁ、結局そんな話か。


「そんなのなぁ、お前に言われるまでもねぇんだよ」


「はい。理解した上で言いました」


 そうか。

 俺は無言でムカデ女を部屋から追い出した。

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