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イレギュラー。もしくは……


「オオオオオ_____」


 周囲に風の鎧を身に纏った巨大な獣――シルフィードが、風の刃を放つ。


 それは人馬と共に駆ける青年のすぐ頭上を通過していった。


「リセット!呼び出し!“ヒーラー兼敵妨害”!!」


 街の一角に、青年の叫び声と、風の轟きが響く。


「_____ォォォオ」


「ああクソ!攻撃が見づらいんだよ!!ブラインドシャドウ!」


 カマイタチのようなその攻撃をなんとか避け、視界を妨害する魔法を撃ち込む。


「ヒュプノスバインド!」


 すかさずスペルマンからも眠気を付与する魔法がとぶ……が。


「___オォォォォン____」


「分かってるよすぐ弾かれるってのはよ!あっぶねぇ!!!」


 ほっぴーの手ムチに、人馬が雄叫びをあげ、駆ける。

 そのすぐ横を風の刃が通り抜け、ほっぴーは思わず生唾を飲み込んだ。


「タカはまだかよ!!!」


 そう叫んだ瞬間。示し合わせたようにほっぴーの真横を顔ほどの大きさの炎が通過した。


「あ!あれは誰だーっ!」


 ほっぴーの名誉の為に言っておくが、このセリフはほっぴーが発したものではない。

 更に付け加えるなら、今から始まるやり取りは紅羽とタカによる単なる茶番劇だ。


「はーっはっはっは!」


「ほっぴー氏。あれはいったい……」


「あたしが誰かって!?知らざあ言って聞かせやしょう!十傑が内の一人、単発火力バカの紅羽!」


「そして俺はだいばくはつのタカ!」


「だからそれやめろっつって……うおあああああああ!!?」


 魔法を撃った事により当然ヘイトを向けられていた紅羽に風の刃が迫り、慌てて避けるも、乗っていた家が崩れ落下する。


「参ったな。想像以上に馬鹿だぜこいつは」


「……ほっぴー氏に同意」


 そこから二人が戦線に参加するまでは、数秒を要した。













「っしゃあ今だぁ!ぶっ放せぇ!」


「おらぁ!!!ドラゴンブレス!!!!」


 龍の息吹を模したその魔法が解き放たれ、周囲のフェアリー……と、一部のゴブリン軍団を巻き込みシルフィードに直撃する。


「最初からそうやって真面目に……てめえ俺のゴブリン……ゴブリンーーーーッ!!!!」


 ほっぴーの慟哭もなんのその。シルフィードのヘイトをかっさらう為にミノタウロス、タカが前線へ躍り出る。


「スペルマン!あれ頼む!」


「よっしゃあ!アクセラレーション!」


 ミノタウロスとタカの速度がグンと上昇し一気にシルフィードへと肉迫する。


「俺の通常攻撃をたっぷり食らえやぁ!」


「ブモオオオオオオ!!!」


 タカが叫び、ミノタウロスがガッテン顔負けの鳴き声をあげる。


「スペルマン!あたしの方にも例の!ほら!アレ!」


「分かった、分かった!スペルフォーカス!!!」


「っしゃあ!食らえレッサードラゴンブレス!!!」


 先ほどとは違い一点に集中された龍の息吹、いや大砲がシルフィードに直撃し、余波でタカを吹き飛ばす。


「普通にフレンドリーファイアしてんじゃねぇよ!!!!」


「ハイヒール!」


 血反吐を吐き散らしたタカに上位ヒールがかけられる。

 スキル構成をヒーラー仕様に変えたほっぴーのアシストだ。


「助かる!」


「うるせぇ!さっさとわいてきた風の使い魔殺せ!」


 

 風の使い魔。シルフィードが大ダメージを受けた際に自動で周囲に召喚する魔物である。

 ステータスは大した事はなく、フェアリーに毛が生えた程度だが、もし一定数この魔物を残したまま戦闘を続行すると、突如としてシルフィードがこの使い魔を吸い込み始める。ここまで説明すればRPGのプレイ経験がある者なら察しがつくはずだが……シルフィードが、回復するのだ。しかも、かなりの量を。

 その為、途中で湧く風の使い魔の駆除はほぼ必須である。


 そしてそれを狩るのに最も適しているのは範囲魔法、なのだが……


「紅羽ぁああああああ!!!考え無しにぶっぱすんなやああああああ!!!」


 怒りの雄叫びをあげながらタカが駆け、通り過ぎ様に風の使い魔を斬っていく。


「わりー、わりー」


「タカ氏~。エクストラクトどうするー?」


「うるせええええ今話しかけんな!!!!」


 どうにか残り3体ほどに減らし一息つくタカ。だがその休憩も束の間。


「っしゃあ!スペルマン!頼むぜ!」


「スペルフォーカ「おいやめろおおおおお!!!」」


「ドラゴンブレス!!!」


 下等レッサーではない、本物の龍に匹敵する程の威力の火炎砲がシルフィードの身を貫き、その瞬間、周囲に大量の使い魔が湧き出る。


「クソ!あんま前線に出したくは無かったんだがな!いけゴブリン共ぉ!」


「「ゴブー!!」」


 必死に使い魔を駆除するタカに加勢すべく前線へと雪崩れ込むゴブリン軍。


「おい!誰か紅羽を止めろォ!!」


「タカ氏~。無理っぽいよー」


「はーっはっはっは!!!」


「ダメだアイツ、ハイになってやがる!!」


 (主に紅羽のせいで)混乱しつつある戦場。

 戦線の状況をじっと見守っていたほっぴーが手をメガホンのようにして叫んだ。


「範囲攻撃くるぞー!前線の物理職共、何とか避けるかガードしろー!!!」


「全体的に雑なんだよ畜生ッ!!!」


 範囲内の者に、シルフィードから風の鉄槌が下される。

 避けられなかったゴブリンの身体があっけなく砕け散り、タカは余波の風で吹き飛ぶ。


「タカ!!あんまり吹き飛ばない方がいいぞ!!!」


「ほっぴーてめえ後で覚えてろよ!?」


「レッサードラゴンブレス!!!」


 すかさず紅羽から魔法が飛び、余波でゴブリンとタカが吹っ飛ばされる。


「ヒールレイン!」


「助かるとは言わねぇからな!!!」


 全体ヒールを発動させたほっぴーに中指を立てつつついでに紅羽にピースサインでザントマン!と叫んでおくタカ。


「スペルマン!エクストラクトを!」


「絶対使うな!!!使ったら殺すぞ!!!」


「え、あー、うん。紅羽氏、ここは温存ね」


「チッ!」


「えぇ……」


 そんな事をぐだぐだやっている内にもシルフィードは攻撃の手を緩めない。

 風の砲でミノタウロスを吹き飛ばした後にタカへ風の刃を飛ばす。


「流石にあたらねぇよ!」


 余波でしっかりダメージを受けつつタカが吼える。


「タカぁ!ゴブリン共ぉ!紅羽の魔法だあ!終わったら突っ込めぇ!」


「「「ゴブー!!!」」」


「スペルフォーカス!」


「ドラゴンブレス!!!」


 再びシルフィードの身を龍の砲が襲う。

 刹那、黒板を引っ搔くような音と共にこれまでとは比べものにならない量の風の使い魔……そしてちらほらと上位の渦風かふうの使い魔が召喚される。


「意外に早いな!プラン変更!下がれお前ら!あと時の呪術師はエクストラクトを紅羽に!」


「了解じゃあ!エクストラクト!」


「ドラゴンブレス!!!」



「ォォオオオオオオ____」


 範囲から逃れた者や中心から少し離れていた上位使い魔を除き、シルフィードの回復源が死に絶えた。


 あの行動があったという事はかなり弱っている証拠だ。あと一息……!



 そう、思った矢先だった。



 シルフィードの身体にヒールを受けた際特有のエフェクトが発生する。しかも一つではなく、多重に。


「……は!?」


「……そういう事かよ!タカ!つーかお前ら!ホラ!あそこに!滅茶苦茶集まってんぞ!」


 見れば、居るわ居るわ羽虫フェアリーの群れ。そいつらが懸命にシルフィードに向け、ヒールを唱えていた。


 ゲーム時代なら有り得なかった行動。


 だが、今は違う。


 これはゲームを模した――――現実なのだから。



「ォオオオオオ____ォオオオオオオ___!!」


 短期決戦前提で挑み、メイン火力はガス欠寸前。

 そんなタカ達の前に、全回復したシルフィードが、立ち塞がった。

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