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千鳥足と……

「おぉ、ブーザーさん。今日は仕事するんだな」


「俺ぁ働き者だからなぁ」


 門兵とそんなやり取りをしながら、城壁内を通り抜けていく。


「よし、魔道具に乗って行こう」


 やっぱりそうか。

 運転荒いんだよなコイツ。


 外に出て、少し待っていると、先ほどの門兵含む数名が例の魔道具を引っ張ってきた。


「いつも悪ぃな」


「ははは、まぁブーザーさんにゃ世話になってますからね」


 ブーザーが肩をすくめながら、オープンカー風の魔道具に乗り込む。


「乗れよ、英雄サマ」


「はいはい」


 モータルがブーザーの後ろの席に座り、俺もその隣に座ろうとした。


「待てよぉ。助手席に誰かいねぇと寂しいぜ、おい」


「はあ?」


 いい歳して何言ってんだてめぇ。


「頼むぜぇ、依頼料の配分を融通してやっからよぉ」


「0:10な」


「がはははははッ! ……え、冗談だよな流石に」


 無言でブーザーの隣に乗り込む。


「さっさと出発しろ」


「わぁーってるよぉ」


 ブゥン、と鈍い音がした後、魔道具が動き出した。

 

 周囲の景色が動き、段々と遠ざかる。

 門兵さんはもう小粒にしか見えない。


「……今日は安全運転なんだな?」


「あぁ? こないだ怒られて没収されたばっかでなぁ」


 そうか、と小さく呟いたのを最後に会話が止まった。

 暫く流れる景色を見ていると、今度はブーザーから話しかけてきた。


「俺の、武勇伝だがよぉ」


「ん?」


「サキュバスを口先だけでぶっ殺したってやつ」


「ああ。ほんとろくでもねぇよなお前」


「疑わないのか?」


 疑う?

 

「……別に、真偽がどうだろうとどうでもいいし」


「サキュバスが何か知ってて言ってんだよな?」


 ……。

 ゲーム時代には居なかったな。

 わざわざ名称が伝わるくらいだからだいたい同じだろうけど。


「アレだろ? 男を誘惑して餌食にするってやつ」


 ブーザーが不自然に黙る。

 

「なんか変な事言ったか?」


「悪魔の契約については、何か知ってるか?」


 悪魔の契約?

 

「いや別に。すまん、いったい俺に何を聞きたいんだ?」


「俺は――」


 そこで、ブーザーは口を閉じてしまった。

 数秒の後、再び話し始める。


「すまん、俺が悪かった。今までの会話全部忘れてくれ」


 そう言った切り、目的地到着までブーザーが口を開く事は無かった。







 数十分後。

 道も悪くなり、これ以上進むのは厳しいか、といった所でブーザーが魔道具を停止させた。


「ここからは徒歩で行くぜ。降りな」


「あいよ」


 結局あの質問の意図は分からないままだったが、コイツと深く関わるつもりは無いし、これでいいだろう。


「どのぐらい歩くの?」


「あん? まぁ俺らならぁ……ざっと三十分も歩きゃ着くだろうよ」


 そう言って雑草や蔓をナイフで切り飛ばしながらブーザーが森に入っていく。

 俺達も慌ててそれに続いた。


 ブーザーの言葉通り歩くこと三十分。

 次第に、巨大な岩壁が見えてきた。


「あそこだぁな」


 ブーザーがナイフで指した先にあったのは、三メートルほどの楕円状の穴。


「目撃地点もこの森の近くだからなァ! ひゃは、ここに違ぇねぇぜ」


「確かに。いかにもって感じだな」


「だろぉ?」


 そう言いながら、ブーザーと共に洞窟に入る。


『光よ』


 俺の指先にともった光が、ふわりと宙に浮いた。

 いやー、魔法って便利ですね!


「おぉ、お前それ使えんのかぁ! 助かったぜぇ」


 光の玉が俺達の行く先を照らす。


 時折、ブーザーが壁にサインらしき物を残しながら、ハイペースで進んでいった。

 警戒は怠らず、しかし確実に進んでいく。

 道は、先に進むにつれて広くなっているように思える。


「おっ?」


 暫くすると、大きな空洞に出た。

 無闇に飛び降りるわけにもいかず、ひとまず光の玉を先行させる。


 下部の影が気になるな。


 光の玉をそこに飛ばす。


 てらてらと光る、球状の何か。


「……これは……違う・・


 ブーザーがポツリと呟く。


「逃げるぞぉ、お前ら」


「マジかよ」


 瞬間、下部に飛ばしていた光の玉が消えた。


「チッ!」


 ブーザーがどこから取り出したのか、火の点いた松明を両手に構え、片方を広間に投げ込んだ。


『光よ』


 俺が遅れて光の玉を再度呼び出す。


「やっぱりなッ! 俺が知ってる奴とは別だッ! チキショウ金に目が眩んだッ!」


 ブーザーが松明を持ったまま、あろうことか広間に飛び込んだ。


「通路はヤツ一匹分のスペースしかねぇッ! 逃げようとすりゃ全員ミンチで終わりだッ! 身動きのとれるここで殺すッ!」


「それを先に言えアホ!」


 俺とモータルも慌ててそれに続く。


 広間に降りてみて、改めてその多脚の異形――いや、巨大百足ムカデに相対する。


「逃げるんじゃなかったのか!?」


「コイツの形状を見るまではなッ!」


 巨大百足はその前身を持ち上げ、カチカチと歯を鳴らした。


「ア、カ、カロロロロロ……」


 首を絞められたような呻き声とも取れぬ奇怪な鳴き声が洞窟に反響する。


「光の玉ぁもっと増やせねぇのか!?」


「魔力少ないから節約しねぇといけねぇんだよ!」


「それがねぇと死んで終わりだ! 増やせ!」


『光よ』


 俺の指先に光がともる、その瞬間。

 ヤツの顔が、目の前にまで迫った。


「――ッ!!?」


 半ば反射で飛び跳ねる。

 そのまま百足の身体に着地……できず、盛大に脚の皮を持っていかれた。


『癒え――よ――』


 それで止まっていては殺される。

 出血だけは何とか止め、棘まみれの百足の身体から離脱する。


「ブーザー! 身体は棘まみれだッ!」


「最悪だなぁ! ひゃははははははッ!」


 ブーザーが百足の頭部に何かを投げる。

 即座にそれが盛大に破裂した。


「ロロロ……」


 よく見えないせいで効いたか分からない。


「あぁクソッ! 赤字だが仕方ねぇなぁ!」


 パン、と音がし、広間に光が満ちる。


「光の玉ぁいらねぇ! しまって節約してろッ!」


「先にやれよタコ!」


「黒字で殺れるんならそれに越した事ぁねぇだろぉ!?」


 そりゃ稼ぎに来てるんだからそうなのかもしれないけどよぉ!


 明るくなったことで、百足の全貌が見えてきた。

 百足はこの広間をギリギリ囲み切れないほどの体長だった。


 そして真ん中にあるのは――おそらく、卵。

 その数、二十以上。


「こりゃとんでもねぇぞ! がははははッ!」


 ブーザーが楽しそうに笑いながら……背のバッグから、明らかにバッグの容量を無視した大きさのレンチのような物を取り出した。


「解体してやるぜ、デカブツ!」


 その横では、モータルが剣を構え臨戦体勢に入っている。


「……『盾よ』」


 俺も前方にシールドを張り、短剣を握り直した。




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