夜明け
書籍発売まであと9日(ギリ日を跨いでしまったので
レオノラの研究棟に戻り、自室のベッドまで一直線にかけこむ。
「はぁー……疲れた」
瞼が重い。
俺はあっという間に意識を手放した。
コンコン。
「……あー、ちっと待て」
ノック音に起こされるとはな。
「誰だ?」
「荷物のお届けだよ」
運び屋か。
「入れ」
「あいよ」
運び屋が、俺の部屋の入り口にバッグを置くのが見える。
「中身は?」
「本だよ。もういいか? まだ運ぶもんがあるんだが」
「ああ。もう行っていいぞ」
「んじゃ、まいどー」
運び屋が部屋から去っていく。
身体を起こし、軽くラジオ体操を行う。
うむ。体調は良好だ。
窓を見る。
太陽が昇り始めた頃合いか。ちょうどいい。
「行くか」
俺は置かれたバッグを背負うと、他の部屋の面々を起こすため、部屋を出た。
捨て子達五人、そしてモータルを連れ、レオノラの研究棟を出る。
目指すは、エリーさんの掘った抜け道だ。
「エリーさん。やっぱ急いでるんで目瞑るの無しで」
「へっ?」
「昨日、理不尽に戸閉められたのも納得いってないし」
「私が、おんぶするので……」
「俺の方が脚力ありますし」
「じゃ、じゃあ逆でも良いですよ」
どういう事だよ。
なんで目瞑りながらエリーさんをおんぶしなきゃいけないの?
「エリー。あまり我侭を言うでない」
「すみません……」
スルーグさんが一言でエリーさんを窘めてくれた。
ありがてぇ。
「タカ、お主……昨日、誰と会ったんじゃ?」
「え? あー、知りあいの冒険者ですけど」
「通りでアルコール臭がするはずじゃ」
「いや、俺は飲んでませんよ」
魔女と会うってのにそこまで馬鹿じゃねぇよ。
あとそもそも俺、未成年だし。国がぶっ壊れたから守る意味はもう無いのかもしれないけど。
「……魔込酒は、やめておけ。あれはタチの悪い酔い方をする」
「はあ」
横で散々飲んでたとはいえ、臭いでバレるとは。
……それとも、魔力の流れ的なアレで分かったんだろうか。
「あ、そこ右です」
エリーさんに言われ、右に曲がる。
おそらくそういう術なのだろうが、俺はエリーさんにそう言われるまで、右の分岐路を認識できなかった。
結構強めな術が使われているのだろうか。
「そこです」
エリーさんが指したのは、一件の民家。
内部に掘ってあるという事か。
エリーさんが前に出て、民家の鍵を――。
「うわ、開いてる……」
開けるまでもなかったらしい。
「不愉快じゃな」
「同感です」
やはり、魔女共々滅ぼさねばなるまい。
エリーさんに続いて、家の中に入る。
あー……洗濯物が雑に吊るしてある。
俺はあまりそちらに視線をもって行かないように意識した。
「え、えぇと。ちょっと待ってくださいね」
エリーさんが本棚の中の一冊を動かした。
その直後、音もなく、壁が開き、坑道が姿を現した。
「おぉ! かっけぇ!」
素直な感想が漏れる。
エリーさんも胸を張り、得意げな表情だ。
「ワシにはよく分からん。隠蔽系の術じゃダメなのかの?」
「そりゃ無粋ってもんですよ、スルーグさん。どっちにしたってバレる時はバレるんですから」
「うぅむ、確かにそうじゃが……」
そんな会話の間に、エリーさんが坑道に入っていく。
それに続き、俺達も坑道へ入った。
坑道の中は、全く光源が無く、ある程度進んだだけであっという間に周囲が見えなくなった。
「タカさん。私の手を」
「分かりました」
エリーさんの手を握る。
瞬間、生えてきた鱗で皮膚が軽く裂かれた。
だが離すわけにもいかない。
そこから、一時間近く暗闇を進み、ようやく光が見える場所まで到着した。
「おお……」
着いたのは、祠のような場所。
そこから外に出ると、見慣れた光景が広がった。
「魔女の、子捨て場」
「はい」
ちょうどいい。
これなら呼びかけも通じるだろう。
「おい、聞こえてるんだろ。魔女の場所まで頼むぜ」
「? タカさん、急に何を」
あ、そういや魔女の居る場所までの行き方を伝えていなかった。
やたら荷物が多いとは思っていたが――まさか、徒歩で行く気だったのだろうか。
実は転移であっという間ですよ。
そんな言葉は、転移特有の不快感にかき消され、口にすることは叶わなかった。
「……う、ぁあ。転移か。タカ、お主いったいどんな存在と手を組んどるんじゃ」
残った酩酊感を、頭を振って消す。
「いやぁ、ちょっと」
「あの祠が触媒かの? この手際……気が遠くなるほどの術の研鑽が必要じゃぞ……」
あの祠って砂漠の女王が建てさせたやつなのだろうか。
アイツも大概よく分かんない存在だよな。
お代官さんが居なかったら敵になっていたかもしれない。それを考えるだけで寒気がする。
少し遅れて、モータルが、その次にネイク、レトゥー、ティークの三人が、そして最後にエリーさんがこちらに転移してくる。
「小分けにしたのか。珍しいな」
「たわけ。それが普通じゃ」
そうなのか。
「……わー、もう魔女の森着いたんだ。野宿用の備品、意味無かった感じ?」
「そうなるのぅ」
さて。
「今から魔女の森を駆け抜けます。覚悟は良いですか?」
俺の言葉で、モータル除く五人の表情が引き締まる。
モータルはいつも通り、何考えてんだか、考えてないんだが、って感じの面だ。
「エリーさんの能力で地中突っ走るのはダメなの?」
お、何か考えてたみたいだ。
「地中にも魔物は居る。俺らが死ぬ」
「でも地の王なんでしょ?」
「あの、すみません。そもそも私の速度に皆さんが追いつけないと思います……」
そりゃそうか。
俺らが通る事を考慮した穴なんて掘ってたらいつ魔女の館に着くか分からない。
「あと、タカさんが暗闇で歩けないので」
「あー、そっか」
え?
……いやいや、え?
「すまん、ひょっとして俺だけなの? 暗闇で手引っ張ってもらえないと進めないの」
全員が俺の方を向き、こくりと頷いた。
逆なろう主人公かよ。やってらんねぇなマジ。