シルフィード討伐準備
「主殿!荷物運びが終わりましたぞ!」
「了解。んじゃ紅羽の親と薫を呼んでこい」
俺の指示を受け早足で去っていくおっさんの後ろ姿を見ながら不用意に近づいてきたフェアリーを両断する。
「一応、フェアリー程度になら引けを取らんぐらいには育ててるし、大丈夫だろ」
脳裏によぎるのは、プレゼントとして渡した一匹の魔狼。あれは単なる愛玩動物としての役割だけでなく、もしもの時のボディーガードとしての役割も持たせていた。
活躍するような事態にならないのが一番だったのだが、起こってしまった事はもう仕方がない。
「あう」
「おう、放ったらかしにして悪かったな……一緒に戦うぞ」
グールの頭をぽんぽんと撫でてやり、ついでに腹を揉む。あうあう。
「がるるぅー!うー!」
頑張ります!といった感じで唸り声をあげるグール。コンディションはバッチリみたいだな。……グールにコンディションなどという概念があるかは謎だが。
「主殿!準備が出来ましたぞ!」
「おう。あーっと、ここは危険なので、今から臨時の拠点に移動します。なるべく声を立てないように。まぁ声をたてても俺らが何とかしますが」
「ごめんなさいね……こういう時こそ大人が矢面に立つべきなのに……」
「タカ君、だったか?世話になるな。すまない。この借りは必ず……」
「いやー、いいですいいです、そういうの。ネトゲ友達の親にそこまで入れ込まれても……なんか、むず痒くなっちゃうんで」
俺の物言いに、薫が少し非難の色を滲ませ睨みつけてくる。
仕方ないだろ。事実だ。
「おーい!紅羽!魔石取ってねぇでさっさと護衛しろ!」
俺の声に反応し、少し離れた所で魔法で撃ち落としたフェアリーの身体をナイフでぐいぐいやっていた紅羽がこちらにやってくる。
「分かった。タカはどうする?」
「こいつと一緒に偵察だ。弟子が上手くやってるかってのと、シルフィードがどのくらい移動してきてるか」
こいつと言いながらグールの腹をポンと叩く。
「……おう、分かった」
何だその溜めは。こうでもしねぇと爆死した事思い出しちまうんだよ。
「ああもう!分かったから早く行け!」
んだよ。言われなくたって行くっての。
去り際にピースをしながらザントマン!と叫んでやったら魔法を撃ってきやがった。当たったら普通に死んでたんですけど。
「いいか、グール」
「う」
「ベガ、だ。ほら、言ってみ?」
「えあ」
「よし、いいぞ……お前があいつの名前を言えれば最高の煽りになる。特にメリットは無いがリアクションが面白そうだからな。頑張って言えるようになれ」
「えあー!」
「もっと声を濁らせて!」
俺が応援とばかりにグールの腹をぐにぐにしていると、唐突に頭をガシっと掴まれた。
遮蔽物に隠れていた俺を見つけるとは。やるじゃねぇか。
「何やってるんスか……?師匠……」
「今だ!言え!」
「べあー!」
「惜しい!それじゃ熊だ!」
「惜しい!じゃないっスよ!?何スか特にメリットは無いけどリアクションが面白そうだからやらせるって!?人としての最低限の良心ってもんを持ち合わせてないんスか!?」
ベガに掴まれた頭をそのままぶんぶん振られる。
なんつー事しやがる。酔ったらどうすんだ。
「なんつー事しやがるはこっちのセリフっスよ!?」
いやだってお前アレだぜ?
メタリックな見た目の奴が額にスイッチ付けてるみたいな事だからね?
弱点あからさま過ぎて弄らないのは逆に失礼に当たるんじゃないかなと。
「俺の名前はそのスイッチって事っスか!?というか押さないんスよ普通は!!!」
「あ、あのぉ……」
ん?
おいおいおい折角の弟子とのコミュニケーションタイムに水を差すなんてえらく無粋な奴だな。
「師匠、この人、避難所戦闘員のリーダーっスよ」
「お初にお目にかかります。魔物駆除をメインに活動しております、孝文です。気軽にタカとお呼び下さい」
「え、あ、ハイ。タカさん。よろしくお願いします」
「早速ですが今後の計画について話し合いましょうか」
「態度変わり過ぎッス……」
下っ端かと思ったんだよ。
つーかこんな冴えないおっさんがリーダーね……
別に侮るつもりはない。むしろ逆だ。
この見た目でリーダーを任されるというのは余程の実力か信用があるという事を示している。ただ単に最年長だったから、という可能性もあるが、押しも弱そうだし無能であれば早々にその立場から外されているはずだ。
「あの、そちらのお嬢さんは……?」
「べあー!」
「師匠。早急に止めさせて欲しいッス。なんか上達しそうな雰囲気があるッス」
「おいおい先輩弟子の成長だぞ。喜んでやれよ」
「あ、あの……」
唐突に口論を始めた俺達に恐る恐るといった感じで話しかけてくるおっさ……おっさんだと蝙蝠屋敷の主の呼び名と被るな。
「名前をお伺いしても?」
「えぇ、はい……西川 秀敏と申します」
「西川さん、コイツ、気になりますか?実は俺の仲間のジョブに魔物使いというのがありまして」
「魔物使い……そんな、ジョブが……」
西川さんが俯き何やら考えている。
まあ俺が急繕いで練った設定だ。
紅羽のジョブが魔物使いで、俺はその魔物を貸してもらっている。
ただ、妹の薫には俺が、いや俺達が少し特殊な存在である事は言ってある。
「えう……ぐぅぁ……」
「師匠!今絶対ガの発音練習してたッス!やばいッスよ!止めさせて下さいよ!」
「ごめん、静かにしててくれないかい?今ちょっと僕とタカさんがお話をしてるから……」
「……ッス……」
「がー!」
「完成してる!?完成してるッス!?」
うるさいな。
一人でギャーギャーやかましく騒ぎ始めた弟子を無視し、西川さんの方へ視線を戻す。
「作戦会議の前にこれだけ言っておきたいのですが」
「は、はい!何でしょう」
「あのデカいのは俺らでやります」
「……我々は足手まとい、と?」
「単なる役割分担ですよ。ああ、勿論勝算もバッチリあります」
メンバー次第では今回のシルフィード討伐は見送ったかもしれないが、単体高火力構成の魔法職である紅羽、回復役もやれるほっぴー。バフ、デバフの性能に極振りしているスペルマン。取り巻き狩り要員の俺。
タンクはほっぴーの言うゴブリン軍団やら紅羽のミノタウロスやら俺のグールで何とかするとすれば、よっぽどのヘマをやらかすか、イレギュラーな事態が無い限り、まず勝てると言っていいはず。
「かなりの自信があるようですね」
「ええ。援軍も呼んでありますし。というか正直弟子二人を派遣するのでそちらは万が一の時の為の防衛やら避難誘導をして頂ければ、と思っています」
俺の言葉を受けた西川さんの顔が少しだけ険しいものに変わる。
「……任せるには、貴方たちにはあまりにも信用が足りていません。実力は認めています。ですが、自衛隊を一瞬にして薙ぎ払ったあの一撃。やはり不安です」
まあ、そうなるわな。こちらとしても一発ではいそうですかと受け入れられるとは思っちゃいない。
「そうですか。では、どうするおつもりで?」
「一度避難所までお越しください。こちらの主要メンバーと一緒に、お話を伺いたい」
「分かりました。おい、騒いでないで行くぞ」
「ベがー!」
「……うッス……」
ベガとグールを引き連れ西川さんの背中を追う。
さて、信用に関してだが、実力も疑っているというのが正しい所だろう。その印象を払拭する為に少々汚いが策を弄してある。上手く行くといいが。