道外れの宴
エリーさんを説得した。
説得というにはあまりに名状し難い冒涜的なアレだったが、とにかく説得した。
「で、エリーさん。昨日あの場に居た他の四人について教えてもらえないかな」
「分かりました。必要なんですね?」
「うん。エリーさんの仲間なんでしょ? 手を差し伸べられるなら差し伸べてあげたいし」
「ありがとうございます。では誰からききたいですか?」
うーむ、そうだな。
説得する上で壁になりそうなとこだけきいておきたいな。
「俺かエリーさんの説得でなんとかなる人ってどのくらい居る?」
「……そうですね、まずスルーグさんは説得できると思います。そこを説得すれば他三人もなんとかなると思います」
「祈り虫って呼ばれてた人も?」
「あの人こそ救いを一番焦がれている人ですから。じき素直になってくれますよ」
あ、そういう感じなのね。
……あれ? 難易度低くね?
俺が頑張った意味は?
闇に踏み込んだ意味は???
「いや、でも、そう簡単に素直になるもんかね」
「大丈夫だと思いますよ?」
クソッ、やめろ。
難易度が高いと思い込もうとするな。
労力をはらった行動そのものに何とか価値をつけようとするんじゃねぇ俺。
よく考えろ。ほら、エリーさん割と可愛いし、あの反応は脈アリどころじゃないだろ。そういうとこに価値を見出すべきだと思うな俺は。
心から救われるためには誰かが踏み込まなきゃならなかっただろうし。
チラリとエリーさんを見る。うん、エリーさんはやっぱ可愛いよ。
いやほら、この綺麗な金髪とか。
ちょっと紅が差した頬とか。
黒と錯覚するレベルの深く、昏い、赤い瞳……。
俺の動向に気付いたのか、すかさず視線を重ねてきた。
こっちの脈が止まる。
やめてくれ。
「どうしました?」
「いや……」
ちくしょう。
俺は間違えたのか?
いや待て。
局所的に間違えたからといって何だ。
いけるだろ? 俺は結構な数やらかしてるが結果なんとかなってきた男だ。
大局で見ろ。今回も結果オーライな感じにしてやる。
「そろそろ行きますか?」
「え? そ、そうだな」
動揺して敬語が崩れる。
だいぶ前から崩壊してたが。
エリーさんが腕を組んでくる。
鱗らしき何かがザラついて痛い。
それがどうした。俺はやってやるぞ。
十数分ほど歩いただろうか。
俺は見覚えのある路地に入ったのを感じた。
「よし。皆さん、連れてきましたよ」
エリーさんは、途中からは流石に腕組みをやめてくれた。
いやぁ、アレ見られてたら色々めんどくさかったからね!
助かったぜ。
そんな事を考えながら待っていると、通路の影から四人が姿を現した。
一人は、皺一つない若々しい青年。ただ、キツめの目つきと、感情が抜け落ちたような表情が威圧的な印象を与えている。
道中きいたエリーさんの話ではコイツがスルーグだそうだ。
次は、前回見た時よりはケモ度の落ちた……というか普通の人間の見た目になったウェアキャット。
じゃらじゃらとアクセサリーをつけ、肌は小麦色だ。
えぇと、エリーさん何て言ってたっけな……ああそうだ、ティークだ。
残りの二人は、白の長髪男と、修道女だ。
ネイクとレドゥー、で合ってるはず。多分。
「えー皆さん。本日お集まり頂けたという事は、少なくとも俺の話をきいてはくれるという解釈でよろしいですかね?」
「そうじゃな」
スルーグがそう口に出し、他がこくりと頷く。
よし。
「まず、前提としてきいて欲しいことがあります」
唇を舌でしめらせる。
「俺は、魔女をいずれ殺すつもりです」
「はっ?」
スルーグさんが呆けたような声を出し、すぐさま質問を投げかけてくる。
「……何故それを前提とする必要がある?」
「皆さんだって、殺したいでしょう? 魔女」
そう言って四人を見る。
その反応はまちまちであったが……全員に共通するもの。
それは肯定の意志だった。
「ですが今回やるのは魔女との“交渉”なわけですから、これを語っておかなくては俺が魔女信仰者と勘違いされかねない」
「う、うむ。確かに一理ある」
よし。
「さて、これがある種の俺が貴方達に手を差し伸べた動機の一つなわけですが」
昂ぶれよ。復讐の炎、持ってんだろ?
「……復讐、か」
「ええ。ご存知の通り、聖女すら俺の協力者だ。聖樹の国の兵士を動かす事だって不可能じゃない。共に魔女の森に、魔女に火を放ちましょう。我々の苦痛を、何倍にも返してやりましょう」
まだ躊躇いがある、か?
ならもっと押してやる。
「前に進めないんですよ」
「……?」
「過去を、魔女という過去の業を、焼かなければいつまでたってもその場で足踏みを続ける。続けさせられる」
そんなのは嫌だろう?
「焼け、それでしか今は、未来は救われない。あまりの理不尽さ、障害の多さ、それらの怒りも火にくべましょう。焼いて焼いて……終わらせる。前を見るために、後ろ髪を引っ張る輩を全て燃やし尽くす」
さぁ、俺の手を取れ。
「さぁ」
俺の伸ばした手。
真っ先に重ねてきたのは、エリーさん。
次にティーク。
そして次は、意外にも、ネイクとレドゥーだった。
最後に、ゆっくりとこちらを注視しながら、スルーグが手を重ねる。
ようこそ共犯者ども。
「本気なんだな?」
「ええ。……ですが、まずは交渉です。搾れる物は搾り取る」
「はは、そうだな」
手を下ろす。
何とかなっちまったな。
エリーさんの感情があまりに巨大だったから、他の皆のその巨大な感情の元を引っ張り出せるようにちょっと頑張ってみたら、効果てきめんだった。
「ふむ。もはや降りる気もないが。交渉の札の詳細くらいは教えてくれないのか」
ネイクがそう問うてくる。
まぁここは正直にいくか。
「異世界に住む異形についての本です。しかも紙製。ああ、ルートは言わない約束なのでご勘弁」
こんだけ世界同士の衝突が盛んな世界だ。
このくらいじゃ驚かないだろ。
「……なんとおぞましく、それでいて魔女の喜ぶ品だ」
「ええ。聖樹教の方がきけば卒倒しかねませんね」
ネイクとレドゥーが俺を悪魔を見るみたいな目つきで見つめてきた。
「俺だって根は良識ある敬虔な信徒ですよ」
「根はー、とか前提条件つけなきゃ良識的になれない時点でダメじゃね?」
おっとさっそく内ゲバか?
俺の得意分野だけど覚悟はいいのか?