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経験則


「モータルなら買い出しに出かけさせたが」


 それが、俺がレオノラの研究棟に入って真っ先にきいた言葉だった。


「……もう一度きくがモータルは?」


「何度きこうが答えは同じだ」


 クソ、やっぱり聞き間違いじゃなかったか。


「なんでそんな事をした、吐け」


「なんで、も何もあるまい。救世の兵をおつかいに出すわけにもいかんだろう」


 理屈は分かるがな。


「てめぇ、俺の中で色々と見たんだろうが。モータルの前科を知らないとは言わせないからな」


「知っているとも。その上での判断だ。タカ、お前のその認識は主観が多分に含まれている」


 そう言って、レオノラが椅子により深く腰掛けた。


「確かにモータルはやらかす。だが頻度はそう高くない。まぁ見ておけ。私の予測が正しければ、モータルはそつなく依頼を遂行し帰還する」


「……いやまぁそれが本当なら俺としても助かるんだけど」


 俺の煮え切らない態度に、レオノラが顔を顰める。

 

「なんだ、何か私は間違った事を言っているのか?」


 間違っている、というよりは実感の欠如だろう。

 俺がゲーム既プレイ勢とするなら、レオノラはさしづめ実況プレイの視聴者だ。


「確かに、レオノラの言う事には一理ある。モータルは仕事を頼んだなら割と指示通りやってくれる。ゲーム時代を含めるならきっちりこなした事の方が多いだろうな」


 だが、しかし。

 俺はそこで人差し指を立て、得意げにレオノラに言い放った。


「レオノラ、モータルが仕事をしっかりこなした時、俺が毎回抱いていた感想がある。何か分かるか?」


 レオノラの動きが止まる。

 やがて、口を開いた。


「……なんて迅速な仕事」


 そうだ。

 俺が集まるよう頼んだアイテムを、普通かかるであろう時間の二分の一ほどで集めてくるのがモータルだ。

 もし、普通の時間でアイテムを持ってきた場合、道中で何か一悶着あった事の証左である。


「普通なら、そろそろ帰ってくる頃合いなんじゃないか? レオノラ」


「……ああ。そうだ」


 やはりな。

 モータルが正常に仕事をこなしたなら、レオノラがゆっくり椅子に腰掛ける間もなく帰宅しているはずだ。


「つまりは、何かがあったわけだ」


「クソ、馬鹿な……!」


 レオノラがとうとう椅子から立ち上がる。

 覚悟を決めたか。

 だが不要だ。


「あんたがどたばたと人探しすると余計なざわつきを生む。俺が行ってくるから待ってろ」


 まずは、一応スラムに顔を出しておくか。


 そんな事を考えながら、俺はレオノラの研究棟を飛び出した。







 ——数分後。


「ただいまー。なんか言われた店じゃ売り切れてたから別のとこから買ってきたよ……どうしたの?」


「いや、何でもない。タカに掲示板で帰宅を教えてやれ」


 タカの推理は、当たらずとも遠からずだった。







Mortal:タカー、もう帰り着いたよ


ほっぴー:んな報告、個チャでいいだろ


ガッテン:ほっぴーだってたまにここメモ帳代わりに使ってるじゃん


ほっぴー:文字にする事でより覚えるんだよ


Mortal:レオノラが杞憂だったみたいだな、みたいな事言ってたけど


スペルマン:どゆこと?


ジーク:もう愉快な予感がする


Mortal:いやなんか、俺が失踪したと思って外に探しに出たってさ


ほっぴー:言うほど杞憂か?


ジーク:草


スペルマン:確かに


Mortal:普通に買い物してきただけなんだけど


鳩貴族:そりゃ心配もするでしょう


ジーク:タカにあるまじき妥当な判断


ガッテン:まぁ見つからなかったらいずれここを見にくるだろうし



タカ:なんだ、失踪してなかったのか


ほっぴー:お


Mortal:当たり前じゃん


タカ:ところで俺が失踪しそうなので助けてくれないか


ガッテン:なんでだよ


スペルマン:えぇ……


ほっぴー:完全にミイラ取りがミイラじゃん


ジーク:ミイラの存在自体無かったパターンなのでシンプルな間抜けでは


タカ:お前らなんでそんなに人を追い詰めるのが上手なの?


ジーク:進研タカで習った


タカ:そんなもん教えてねぇ


ガッテン:進研タカってなんだよ


スペルマン:ネクロノミコンと同義じゃないのそれ


ほっぴー:焚書してしまえそんなもの


タカ:脱線してんじゃねぇ、俺を助けろ


ほっぴー:ピンチとは思えねぇ態度のデカさ


ジーク:脱線も何もそっちから外道を突っ走ってるんだよなぁ


タカ:うるせぇ、とにかくきけ


ガッテン:はい


ほっぴー:しょうがねぇな


ジーク:はよ


タカ:俺は今、同じ通路をぐるぐると回らされてる


Mortal:レオノラ連れて行った方が良い?


タカ:いや、レオノラは来させるな。一応これをやってる奴らの目星はついてんだ


ジーク:ならそいつらシメてエンドでは


タカ:どういう人間がこれをやってるか分かるのであって、どういう手順でやってるからは知らんから無理


タカ:続けるぞ、俺はモータルの足取りを掴むために、まずスラム街に行った


ほっぴー:ふむ


タカ:んで、そこでは目撃情報が無かったから、ギルドの方に向かったんだ


Mortal:そりゃスラム街なんて行ってないし


タカ:分かった、分かった。お前に非はねぇよ


ジーク:いいから説明はよ


タカ:うるせぇ。で、ギルドに向かう途中で俺はエリーさんの背中を見かけてな。色々と思う所はあったが、声をかけようとしたんだ


鳩貴族:色々思う所、とは?


タカ:そこは後で言う。でも、声をかけてもなかなか反応がない。仕方ないのでもっと近付こうとしたらな……路地の方に入って行ってしまってな。追いかけてたらこのザマだ


スペルマン:エリーさんis誰


タカ:前の異世界出張で世話になったギルド員の一人


ほっぴー:ほーん。で、思う所って?


タカ:なんかこう、腹に何か抱えてるというか


ガッテン:うーん


ジーク:悪意に敏感なタカが言うなら間違いない


タカ:まぁな


ほっぴー:そりゃ自分のメイン武器だから敏感だろうよ


タカ:ぶちのめすぞ


鳩貴族:目を瞑って、視覚に頼らず進むとかは


タカ:試してみる





タカ:駄目だ


鳩貴族:うーむ


ほっぴー:内部からの攻略は厳しそうだな。外部から何らかの干渉が必要なんじゃないか?


タカ:俺もそれは思ってた。しょうがねぇ、モータル、GO


Mortal:はーい


ジーク:モータルGO


ガッテン:地獄のアプリやめろ


スペルマン:GPS駆使して地獄の果てまで追ってきそう



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