多分会いたかった人達
「……まぁいいか」
あんなのに構ってたらキリがない。
さっさと中に入ろう。
俺はブーザーの吐き出したブツに背を向け、ギルドに入った。
ギルド内は、なんというか、平常運航だった。よほどブーザーの所業に慣れているのだろう。
少しの間、ぼーっと突っ立っていると、俺の横を清掃員らしき人が通る。
「ちょっと通りますね」
「あ、すいません」
はあ、ここにいつまでも立ってちゃ迷惑だな。
俺は受付カウンターまで歩を進めた。
「すみません。グレイゼルさんはいますか?」
俺の顔を見るなり、ギルドの受付員がにこりと笑う。
「ギルド証を確認させていただいても?」
「はい」
ポケットから取り出したギルド証を、そのまま受付員に渡す。
しばらく何やら確認作業のようなものを行ったあと、受付員がギルド証をこちらに返却しながら言った。
「では奥へどうぞ」
「え、あぁ、はい」
もう話が通ってるのか?
何というか、それは……。
受付員に促されるまま歩く。
……あまりに手が早い。
「こちらです」
僅かに生まれた疑心。
それは、扉を開けた途端こちらに微笑んできた二人の人物――グレイゼルさんとエリーさんを見た事でさらに膨らんだ。
用意が良い、良すぎて、何か必死さを感じる。
「お久しぶりです。グレイゼルさん、オーク戦ではお世話になりました。それにエリーさんも、色々と頼み事をこなしてくれて……」
「いえいえ。ひとまず座ってください」
懐かしさすら感じる、凶悪な見た目から放たれるソプラノボイス。
俺は後ろの扉を閉め、言われた通りに椅子に腰掛けた。
「いやはや、生きていたんですね」
「ええ。ギリギリの戦いでした」
「お察しします。さて、本日はどういった用向きで?」
用もクソもなく、ただの挨拶回りなんだが……さて、どうしたものか。
この二人は、俺の疑念をぶつけられるほど信頼に足る人物だろうか。
「……ひょっとしたら、用があるのはそちらなのでは?」
グレイゼルさんが顔色を変化させる事なく、こちらをゆっくりと見つめてきた。
負けじと見つめ返す。
横目で、エリーさんがおろおろしているのが見える。
「用心深いのですね」
「同時に人情深い」
「そうですか」
俺の小粋なジョークに心を開いたのかどうかは知らないが、グレイゼルさんはため息をついた後、語り始めた。
「国は、聖女ともども貴方達が別の国へ行ってしまうのを嫌がっています」
ふむ?
「何故です?」
「この国は、今ろくな人材がいない」
なるほど。聖女であるレオノラは無理だとしても、俺達ぐらいは繋ぎ止めたいわけだ。
「可能なら国の軍に入隊して欲しいとすら思っているでしょう」
「グレイゼルさん、悪いがそりゃ無理だ」
「……なんとなくそう言うだろうとは思っていましたよ」
悪いが俺の今の故郷はあの砂漠だ。
帰るべき場所があるのにこんなところに縛り付けられちゃたまらない。
「それはそれとしてですね。会いに来てくれたのは純粋に嬉しいですよ」
隣でエリーさんがこくこくと頷く。
なんかずっと動作だけだなこの人。
俺の訝し気な視線に気づいたのか、ようやくエリーさんが口を開いた。
「あの、お子さんはどうされたんですか?」
「え、子供がいたのですか!?」
いねぇわ。
「ちゃんと親元に返しましたよ」
「え、それって誘拐……」
「迷子だったから!!! 保護!!!! してたんです!!!!!!」
俺の大声が部屋に響き、グレイゼルさんがふっと笑った。
「あはは。そう怒鳴らずとも、冗談ですよ」
「分かりづらい冗談はやめてください……」
そこまで話すとエリーさんに向き直る。
「あー、何というか、その。アウラさんって分かります?」
「はい、私の友人……その、アウラちゃんは私の事、友人って言ってましたか……?」
不安になるなよ。
「言ってましたよ」
「良かった……で、アウラちゃんがどうかしましたか?」
「いや、エリーさんが俺が失踪して心配してたと言っていたので。一度謝っておこうかと」
「いやいや! 私が勝手に心配してただけなので!」
エリーさんがそう言いながら、足元に置いていたらしいカバンを引っ張り出し、何やら本を取り出した。
「あの、これ! 資料室も最近種類を増やしまして! これはその内の一つなんですけど、魔女の子捨て場の魔物についての記述がふんだんにある物で……魔物の生態、興味ありましたよね、確か」
別にそんなにあるわけではないが。
まぁ暇つぶしとしては中々だろう。受け取っておく。
「ありがとうございます」
そう言って、身を乗り出し、本を受け取ろうとする。
そこで俺は、エリーさんに腕を掴まれた。
「酷い痣。ひょっとして火傷ですか? ヒールでも跡が残ってしまったんですね……」
痣。そうだ痣だ。
一応隠すためのメイクはやっていたんだが、流石に剥がれていた。
不気味な茨と、微かに見える鍵のような形の痣。――魔女の、お気に入りの印。
内心冷や汗を流しつつ、俺は何でもない風に返す。
「いえいえ、傷も一種の勲章ですからね」
そんな事を口にしながら、顔を上げた。その時だった。
「……ッ!?」
エリーさんの目の奥に、どろりとした、コールタールのような昏い感情。
そんな物を感じ取り、全身に寒気が伝播する。
「どうしましたか?」
「いえ」
そんな感覚も一瞬で終わる。
気が付けば俺は本を手に取り、再び椅子に座っていた。
「随分見つめ合っていたようですが、ひょっとして私はお邪魔でしたかね?」
グレイゼルさんがそんな冗談を口にする。
「ははは。いやいや……」
マジでやめてくれ。二人っきりにしないで。頼むから。
先ほどの感覚。気のせいだと思えるほど俺は楽観主義じゃない。
何かある。エリーさんがそれを自覚しているかすら不明だが……あれほどの闇だ。何もないというのはあり得ないだろう。
「では俺はそろそろ行きますね」
「ええ。またいつでも来てください。あまりに国の勧誘が鬱陶しいのであれば、こちらからも少し口添えをしましょう」
俺に直接会うまでは引き止める気だったくせに、という言葉は飲み込んだ。
暫く会わないってのは普通そういう事だ。仕方ない。
「では、また」
「……私は、いつも通り、資料室にいますから」
エリーさんの何気ない言葉。
俺は口の中が急速に乾くのを感じながら、何とか返答した。
「ええ。次はモータルと一緒に」
たすけてモータル。