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お色直し

 レオノラに連れられるまま、外に出る。

 

「ようこそ聖女レオノラ様ご一行」


 街に入るなり格調高い服を身につけた偉丈夫が出迎えてくれた。

 それなりのお偉いさんではありそうだが、それ以上の情報がない。

 横目でレオノラを見る。お前が対応しろ。


「……ウィズリー卿、ごきげんよう。こうして顔を合わせるのは久方ぶりですね」


「おや、覚えていて下さったのですか」


「勿論。ウィズリー卿が我々をエスコートしてくださるのですか?」


「ええ。不要とは思いますが、護衛も連れております」


 後ろに立っている重装の兵士達の事だろう。

 俺らの護衛、というよりは……って感じだが。まぁいい。


「では、エルダ王のおわす所までお連れいたします」


 ウィズリー卿がくるりと正面を向き、歩き始める。

 それにレオノラと共に追従する。


 しばらくはゆっくりと過ぎていく街並みを眺めていたが、次第に見物人らしき人影が増えてきた。


「ふむ。人が増えてきたか」


 ひそひそとした声が、ざわざわとした喧騒に変わっていく。

 俺達の話が街中に伝播し始めたのだろう。


「……さて」


 とうとう兵士達が身体を張ってバリケードになり始めた頃。

 レオノラが救世の兵を生み出し、それを土台として立ち上がる。

 そしてバッと槍を構えた。


 その穂先に突き刺さっているのは魔族の首だ。

 コイツもまさか死後ここまで使いまわされるとは思っていなかっただろう。


「民よ、私が見えるか」


 聖女のよく通る声。一瞬、群衆に静寂がおとずれる。

 だが次第にひそひそ声が各所できこえるようになった。

 それもそうだろう。今のレオノラはかなり痛々しい姿だ。それを見えるかと問われても困る。


「この通り、我が肉体は見るも無残な傷を負った。魔族の卑劣なる転移の罠によるものだ」


 群衆がざわつく。

 ウィズリー卿すらもこちらを振り返り驚いたような表情を浮かべている。


 しばしの喧騒。レオノラはその全てを飲み込んだような頷きをした後、続けた。


「では――私は変わったか?」


 突然の問いかけ。

 群衆からぽつぽつと返答のような声がきこえてくる。

 否。

 そりゃそうだろう。怪我を「変わった」と表現するような変人はめったにいない。

 変わり果てた、とかなら使うかもしれないが……。


「その通り。何ら変わらない。どれほど傷ついたとして、私は私だ」


 レオノラがそこで一拍置く。


「では何を持ってして変わっていないと断言するのか――それは、魂だ」


 レオノラが包帯の一部を豪快に剥ぎ取る。


 うわっ。

 俺が思っているよりもえげつない損傷のさせ方でビビってしまった。


 それは民衆も同じだったらしく、誰かの息を呑む音以外、何も聞こえなくなる。


「民よ、私が見えるか。ああ、深い傷だろう。だが、それがどうした・・・・・・・?」


 群衆に再び静寂がおとずれる。

 

「私は変わったか? 否。我が誇り高き魂は、一片として変わりはしない――どれだけ悪辣な攻撃だろうが、どれだけ深い傷だろうが、我が魂だけは、正義の心にだけは。掠り傷さえつける事は叶わないッ!」


 レオノラの声のトーンが上がっていく。

 それに合わせ、群衆の熱も高まる。


「民よ、私が見えるかッ! この、一片の曇り無き魂が! 正義が! 見えるかッッッ!!!」


「「「「おぉおおおおおおおおおッッッッ!!!!」」」」


 群衆から雄叫びが、決意の叫びが、鳴り響く。



 いやー、流石、他人の魂を魔力媒体に使ってるやつは言う事が違うな。


 その後、一時間近くかけ、群衆の間を通り抜け、王のいる城へと足を踏み入れた。





「聖女レオノラ様。流石の演説でございました」


「民を導くのは我々聖樹教の義務だ。当然の事をしたまで」


「素晴らしい志です。我が息子に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいものですよ、本当に」


 あっ、その慣用句こっちにもあるんだ。


「さて。これから王との謁見ですが……別室でお色直しをさせて頂きたいのですが、構いませんか?」


「構わない。だがもし、この傷を治そうというのなら少し待って欲しい。ヒールをかけていないのにも理由があるのでね。これは王と直接会った時に話そうと思うのだが」


「……分かりました」


 ウィズリー卿がレオノラを部屋へと案内していく。

 それに何となくついていこうとした俺達だったが、従者らしき妙齢の女性に止められた。


「えっ?」


「すみません、お二方は別室でのお色直しという事で……」


 まぁ聖女と、その聖女と共に戦ったとはいえ一般の兵である俺達の待遇が同じなわけないか。


「分かりました。じゃあ案内をお願いします」


「はい。こちらにどうぞ」


 俺らにお色直しなんぞ必要とは思えないが、いったい何をするんだろうか。

 風呂にでも入れるのか?


 そんな事を考えていると、何やら見覚えのあるマークが描かれた部屋に近づいてきた。


「……は?」


「えっ?」


「いや……えっ?」


「えぇと……どうされました?」


 俺の見間違い……ってのもこの距離じゃあり得ないよな。

 このマークって。いやいやでもまさか。


「な、何かお気に召さない事がございましたでしょうか!?」


 従者さんが慌ててこちらに頭を下げてくる。


「いや、そう言う事じゃなくて……あの、このマークって何の意味が?」


「? 温泉ですが」


「そっかー……いや、そうですよねぇ。これ、その……庶民が利用するようなもんじゃないですよね?」


「ええ。王直属の兵であれば毎日利用できますが。貴族様ともなると流石に別のVIP浴場がございますよ」


 俺が庶民ゆえのビビりと解釈したのか、従者さんの態度が若干ラフな感じになった。

 いやまぁ、ビビってはいるんだが理由はそれではない。

 

 ……これ、完全に温泉マークだよな。俺らの世界でもよく見るやつ。


 モータルに目配せしてみるが、無反応だった。

 なんでそんな平然としてんだよ。もっとこう、なんかあるだろ。


「タカ、入らせてもらえるならさっさと入ろうよ」


「いや、まぁ、そうだな。入ってくるわ」


「はい、いってらっしゃいませ。着替えはこちらで用意しておきますのでご安心を」


 そんな従者さんの声に背を向け温泉マークの部屋へと向かう。

 ご丁寧に暖簾までかかっていた入り口を抜けると、そこには見慣れた脱衣所が。


「……なぁ、モータル。ヤバくねぇかこれ」


「え? もっとヤバい事いっぱい経験したじゃんか」


「あー、うん」


 それはそうなんだけどさ。


 ……もういいや。

 俺は思考を放棄した。


次回! 温泉回!(野郎のみ)

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