文明の利器、再び
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「オオ……オォォ……」
その雄叫びに当初の勢いはなく、ドラムドラゴンはその身を苦痛でよじらせ、ついには転倒した。
「スキルリセット、スキルセット呼び出し。“近距離戦闘特化”」
ほっぴーが周囲のゴブリンの一体から棍棒を受け取り、それを構えつつ転倒したドラムドラゴンへと迫る。
ゴブリン軍団もそれに追従し、ドラムドラゴンの元へと駆けた。
「グォオオオオ……!」
その断末魔はゴブリンとほっぴーの殴打音にかき消され、ついにドラドラは息絶えた。
「ほっぴー氏~、ほんと助かったよー……」
涙で顔をドロドロにしたスペルマンが近づいてくるのを見たほっぴーは、それを手で制し笑顔でスペルマンに向け中指を立てた。
「てめえ、時の呪術師当てやがったな。死ね」
「……わしの事かの?」
「ほっぴー氏だって良いの当ててるじゃんかー。ケンタウロス・アマゾネスでしょ?それ」
「私の事か?」
「うるせー。自分の結果は関係ないんだよ。自分がいくら満たされてようと他人の不幸は別腹だ!」
「ほっぴー氏、最低な事言ってる自覚ある……?」
二人のプレイヤーとその初期魔物達がそんな会話を繰り広げていると、ほっぴーの魔物であるホブゴブリン・リーダーが恭しい動きでドラドラのドロップ品をほっぴーへと手渡してきた。
「……お、ドラゴンの魔石もあるのか。ただ素材がなぁ」
「場合によっては素材を融通してあげても良いですよ」
「マジ?助かるわー……え?」
ほっぴーの目の前には白い軍服に身を包んだ銀髪の美女……魔王軍幹部、カーリアが立っていた。
「先程のドラムドラゴン討伐、お見事でした。その腕を見込んで頼みたい事があるのですが」
「……スペルマン、どうする?」
その頼みとやらの詳細が何となく分かっている、というか動画で見た事のあるプレイヤー二人はひそひそと声を抑え話し合う。
「ただ断るだけじゃ危害加えてきそうだしタカ氏の手口パクったら?」
「そうだな」
「……ゴホンッ」
カーリアのわざとらしい咳払いに慌てて視線を戻すほっぴー。
「どうやら頼み事の察しがついているようですね」
「……ああ」
ほっぴーの返答にカーリアはすっと目を細めると、言った。
「では、消して頂きましょうか――――ネット上に溢れた私のエロイラストを」
予想外の頼み事だった。
ネットに溢れたイラストの削除は一朝一夕では出来ない、という事で一度カーリアをスペルマンの職場兼自宅となっているマンションの一室に招く事になった。
「えーっと、詳しい事情を聞きましょうか」
少し値段の張りそうな椅子に座り眼鏡をクイとかけ直したのは、この部屋の主。エロ漫画家のスペルマン。
「詳しい事情も何も、元凶は貴方方でしょう。調べはついているんですよ」
そうなのである。
全世界でトレンド一位となった「#魔王幹部ちゃんぐうシコ」というハッシュタグの最初のツイート者は何を隠そう、スペルマンの隣で必死に笑いを堪えているほっぴーであり、そのハッシュタグに反応して真っ先にエロイラストを書いたのがスペルマンなのである。
「元凶。元凶ですか……そうですね、仮に僕らが元凶だとして、貴女は何を望んでいるんです?」
途中で堪えきれず笑いが漏れてしまったほっぴーを鬼の形相で睨みつけ黙らせた後、カーリアは口を開いた。
「私のイラストの全削除です」
「いったい何の権限があってそんな事をおっしゃっているんですかね?俺にはまるで見当がつかな……」
ふわり、と床に散らばった原稿が舞う。
その瞬間にはもう、スペルマンの喉元にはカーリアの手刀が突きつけられていた。
「権限だと?調子に乗るなよ下位世界の劣等が」
その唸るような声には常人であれば失神しかねない程の殺気が込められていた。
「……まあ落ち着いて下さいよ」
思わず戦闘体勢に入りかけたスペルマンの初期魔物「時の呪術師」をスペルマンが遠巻きに手で制する。
ちなみにこの場にいる使役魔物は時の呪術師だけである。マンションには他の住民もいるため、見た目で魔物と分かるほっぴーの魔物は連れて入る訳にはいかなかったのだ。
手で制したはいいが、流石に恐怖で口を開けない様子のスペルマンに代わって、ほっぴーが口を開く。
「我々が言いたい事が伝わってないみたいですね。というかそもそも何故俺達が元凶だと?」
「……アレは、私がゴブリンキングを討伐した集団に勧誘をかけた時だった」
少しの逡巡の後に、カーリアは語り始めた。
――私は、ゴブリンキング討伐おめでとう、と言い近づいた後、いつもの文言を口にし彼らの引き込みを試みようとした。今回の勧誘はうまくいく。そう思っていた。
だが、その思いは彼らの「あ、幹部ちゃんだ」の一言で崩れ落ちた。
「何故知っている」と問えば、今や私は全世界で知らぬ人など居ない有名人であると言う。
その後も問い詰めを続けた私は、ついに「ついったー」とやらで公開された、「どうが」とやらを見るまでに至った。
その「どうが」には、私の勧誘行為の一部始終が載っていた。それだけなら良かった。いや、良くは無いが、その後に見つけたモノに比べればあんなモノどうでもいい。
私は見てしまった。その動画の上にチラリと表示された、わ、私の、は、破廉恥な絵を。
おい貴様、ほっぴーと言ったか。何を笑っている。調べはついているのだぞ!彼らは言ったのだ「ほっぴー」と「スペルマン」というはんどるねぇむ?のやつがそのイラストの大元だ、と!
その後の記憶は無い。数時間ほど拠点の隅で座っていた。なんだ?泣いたか、だと?ぐ、軍人が泣くものか!
とにかく、そうしている内に「ドラムドラゴンの呼び出しに成功したが、二人の人間とその二人が使役する魔物達に妨害されている」との連絡が入ったのだ。
討伐の暁には勧誘をせねばなるまい。だが彼らは私の破廉恥な絵画を既に見ているかもしれないのだ。
暗澹たる気持ちになりながら私は現場へ向かい、そして聞いた。貴様らが「ほっぴー」「スペルマン」と、互いを呼び合っているのをな……!
カーリアはそこまで語ると涙目になりつつ叫んだ。
「貴様らが元凶なのだろッ!消せ!今すぐ!」
「幹部ちゃん、分かってないみたいだな」
「その呼び方はやめろッ!私にはカーリアという名があるッ!」
ほっぴーはチラリとスペルマンに目配せをすると、語りだした。
「そのネットに溢れるイラストってのはな。うわさ話みたいなもんでな。喋りだした奴が止めろと言って止まるものじゃないんだよ」
「な、なら……どうすれば、いい……」
「そもそもが間違ってるんだよなー。カーリアちゃん。元凶はあんただよ」
ほっぴーの言葉にピシリ、と身体を硬直させるカーリア。
「わ、私が元凶な訳があるかッ!貴様、あまりふざけた事を言っていると……!」
「言葉足らずだったか?具体的に言うと、あんたのその魅力が元凶だ」
「……え?」
完全に呆け顔となったカーリア。ここぞとばかりにほっぴーが畳み掛ける。
「うわさってのを消す為にはどうするか知ってるか?簡単だ。当の本人が堂々とそれは違う、と言い張る事だ。そりゃあ時間もかかる。だけど、あんなに堂々と否定してるんだから……ってな感じで段々消えていく。大事なのは、事の発端が真実を示す事なんだ」
「真実を示す……?」
「そうだ。ネット上に溢れたイラスト。ありゃ、人類があんたの魅力に心を奪われた為に作られた、あんたの贋作。ニセモノさ。なら、この場合、真実はなんだ?」
「……分からない」
魅力に心を奪われた、辺りのくだりで少し顔を赤らめ嬉しそうにし出したカーリアを、カモでも見るかのような目で見つめるほっぴーは、更にこう続ける。
「あんた本人の魅力だ。もっと分かりやすく言おうか。俺達が今からあんたメインの動画を撮ってやる。ネットにあるイラストみたいな扇情的な格好なんて要らないぞ。少々のポージングはさせるが、それだけで本物のあんたは勝てる。それをネットにアップする。本物が圧倒的なその存在を示せば、ニセモノは自然と黙る。そうだろう?」
「……そうなのか?」
いける。チョロい。ほっぴーの浮かべる、心の声が滲み出たような笑顔も、おだてられ少し舞い上がり気味になってしまっているカーリアの目には入らない。
「下手な勧誘よりも余程効果があるぞ。さあ、カーリアちゃんの魅力を全世界に伝えて人類をカーリアちゃんの虜にしようじゃないか!カーリアちゃんなら出来る!その美貌!仕事熱心なその誠実さ!全て伝えよう!」
「お、おお……!そ、そんなに私は魅力的か……!?」
「勿論!スペルマン!機材の準備だ!こっちの手落ちで素材の味を落とす訳にはいくまいよ!」
「ほっぴー氏。……取材用に奮発して買った高いカメラがある。最高の動画を撮るぜ」
「よっしゃ!じゃあ編集は俺に任せろ!……あ、そうだカーリアちゃん。ポージングについてだけど……そうだ、女豹のポーズって分かるかな?……えーっとね、説明すると……」
バタバタと敵軍PR動画……の殻を被った人類総出のセクハラ作戦を始めた主達を呆然と眺めていた時の呪術師は、ポツリと呟いた。
「コイツら……最低じゃ……」
その呟きは、残念な事にカーリアに届く事は無かった。