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ようこそ魔王様

「さて、こんなもんか?」


 それなりに誠意を込めて飾り付けた部屋や、それなりに豪華な食事を眺めながら、そう呟く。

 その隣でほっぴーがふん、と鼻を鳴らした。


「これが奴にとっちゃ最期の晩餐になるわけだな」


「どうする? もうちょっと手を抜くか?」


「完成した後に出るセリフじゃねぇだろ。手加えてんじゃねぇか」


 確かに。


「じゃあ隠し味にカブトムシでも入れるか?」


「そこまでして貶めたいの?」


「そりゃまぁ、侵略してきた奴らの親玉だしな」


 俺の言葉にほっぴーが渋面を浮かべる。


「そうなんだけどよ。俺はもう大して怒ってないというか……親も死んでないし怒りを継続できなかったというか……」


「ああ、やっぱりお前もか」


 俺も同じだ。怒りを継続できなかった。突発的に湧きはするが、継続は難しい。


「執着しちまうと生存に不利だから、そういうのは継続できないようにされたのかもしれない」


「……ああ」


 俺達はもはや本来の俺達ではない。

 魔物を殺すことに何の躊躇いも無くなってた時点でそれは分かってる。

 それでも。


「怒りを持ってた、もしくは怒りを抱くべきである、ってことまで忘れるのは屈辱だろ」


 そうだろ?

 ほっぴーが深く頷き、口を開く。


「それでもカブトムシはどうかと思う」


 そうか……。



「皆様。そろそろ時間ですので所定の位置で待機をお願いします」


 扉を開け放ち、砂漠の女王が声を響かせた。

 隣にはスーツ姿のお代官さんが立っている。流石に着慣れてるな。


「スーツの文化って魔族に伝わんのかな」


 そんなジークの呟きに砂漠の女王がニコリと笑って返す。


「わたくしの趣味です。いいでしょう?」


「ああ、そう……」


 理解を放棄した目だ。


「ゴホン、無駄話はその辺にして移動を開始しなさい」


「はい」


 お代官さんに促され、魔王がゲートをくぐって現れるらしい場所に移動した。






 十分ほど待っただろうか。

 妙な胸のざわつきと共に、正面の空間が歪む。


「……」


 ぶわりと悪寒が走り、全身黒鎧の――魔王が、現れた。


「ふむ」


 それに続くようにしてグロテスクな一対の赤角を持つ魔族、レイピアを携えたヴァンパイア、ローブをまとい腰に杖をさしたサイクロプスの三人が現れる。


「さて、と。会談を行うそうだが」


「その前に……」


 砂漠の女王の合図で七色の悪魔さんが前に出る。


「直接お目にかかれて光栄でございます。魔王様。私はこの領域で人事を担当している七色の悪魔という者です。我々からのせめてもの敬意として、持てる限りの高級品を用いた料理を用意しておりますので、よろしければ……」


「ほう、食事か」


 魔王が嬉しそうな声をだす。意外だ。


「我が王。毒見は私にやらせてください」


 そう言い放ったレイピア持ちのヴァンパイア。

 それに続くようにしてサイクロプスと赤角が口を開く。


「いえ、私が」


「いや俺が」


 三人が互いを見合う。そして小声で言い争いを始めた。

 忠義に厚いのか食い意地が張っているのか微妙なところだが……。

 見かねた砂漠の女王が口をはさむ。


「ではわたくしが先に食べます。それで良いでしょう?」


「……はあ。いやいい。そもそも我とお前らでは構造が違いすぎて毒見などまるで参考にならんだろう」


 魔王が疲れの滲む声でそう言うと、三人の魔族がピタリと言い争いをやめた。


「案内してくれ」


「ええ。ではこちらに」


 砂漠の女王の先導で、会議室へと進んでいく。

 俺達もそれに続いた。









「ほう、これはなかなか」


 会議室の扉を開けるなり香った匂いに魔王が唸る。


 料理の殆どは砂漠の女王がやったから異世界人に合う味付けにはなっていると思うが、どうだろうな。

 口に合わないと嬉しいぜ。


「我が王、あの目つきの悪い男から殺気を感じました。切り伏せてよろしいでしょうか」


「あぁ?」


「やめろ」「やめなさい」


 ヴァンパイアが魔王にたしなめられ、俺はお代官さんにたしなめられた。

 つうかどんな察知能力だよ。


「さて、食うとするか」


 魔王が席に着く。フォークを手に取り、サラダを黒い兜の口元らしきとこまで運び……。

 ぐにゃりと歪んだ空間の中に放り込んだ。


 え? 顔見せたくないがために転移魔法使ったの? マジで?


 明らかに異常な光景だったが、それに突っ込むことなく三人のお付きの魔族どもまでもが席に着き食事を始めた。


「ふむ。流石は砂漠の女王と言ったところか。料理も一級品だ」


「喜んでもらえたようで何より」


「それで、今回の議題は」


「そうですわね。まずはそちらの戦況と、わたくし達に与することになったオークの国について、ですわ」


「……ある程度は見ているだろう」


「そちらの視点でしか見えないものもあるはずですわ」


「そう、か。確かにそうだな」


 鯖缶やら何やらで作ったソースをかけたパスタを口にしつつ、魔王が語りだした。


「かなり拮抗している。少し前までは劣勢だったが特級を複数やれたのがでかい。本部に集中的に置いていた戦力もそろそろ出撃させられそうだからここから戦況は一気に好転していくだろう。オークの国については……あぁ、そうだな。どうなんだ? 管理はできそうか」


「唯一の雌オークがこちらの管理下にあります」


「ふむ? それはすごいな。その後ろの魔物使い達の成果か?」


「ええ」


 砂漠の女王が頷くと、魔王の視線がこちらに向く。

 俺は笑顔で会釈してやった。


「……そうか。そこの異世界の戦士達よ。少し我の弁解に付き合ってもらえるか」


 弁解?


「構いませんよ」


 ほっぴーが返答する。


「感謝する。我はな、最初こそお前たちを滅ぼそうとした。それはな、お前たちが魔術を扱えぬ下等な生物であると勘違いしていたからだ。だがそちらにいくらか監視をとばし、そうではない事に気付いた。いやはや素晴らしい。別世界と統合した過去もないのに魔力を扱う術を持っていたとは。謝らせてほしい。君達は立派な戦士だ。我々と対等な生物だ。滅ぼそうとしてすまなかった」


 そう言い、魔王が頭を下げた。


 三人の魔族が慌てて魔王にかけよる。


「魔王様、何も頭下げる事ぁねぇだろ!?」


「我が王、顔を上げてください」


「そうですよ、魔王様」


 そんなやりとりをしている中に、一歩近づく。


「ッ、貴様さきほどの……」


「やめろ」


 魔王の言葉に、しぶしぶ三人が下がる。


 未だ顔を上げない様子の魔王に近づいていく。


「謝罪、か」


「ああ。許してくれとは言わぬ。だが――」




 ギィン!



 甲高い、金属同士の衝突音が響いた。


 俺の振るった短剣はヴァンパイアのレイピアに阻まれていた。

 チッ、初撃で多少削りたかったんだがな……。


「貴様……自分が何をしたか分かっているのかァ!!」


 激昂した様子のヴァンパイアを鼻で笑ってやる。


「フン、そりゃこっちのセリフだ。このクソ侵略者共が。侮蔑の心がたっぷりこもった謝罪をありがとうよ。お礼に、お前たちが殺した同族の数だけ斬りつけてやるから感謝しな」


 周囲の環境が変わっていく。乾いた土が満ち、俺達のいつもの戦いの場が現れる。


「元よりこうする気だったのか、砂漠の女王」


 魔王が顔をあげ、そう問いかける。

 砂漠の女王は、小首を傾げた後に、問いに返した。


「元よりこうなる方が自然でしょう?」


「……はは、そう言われると弱いな」


 魔王と三人の魔族が構える。


 復讐と、友情と、あらゆる感情が入り混じる戦場が今幕を開けた。



 

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