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祝福(強制)

 廊下がしんと静まり返っている。

 聞こえるのは、僅かな息遣いの音だけ。


 そんな時間が数秒続いただろうか。


 パサ、という音と共に視界の端に何やらカラフルな物が落ちてきた。


「……花束?」


 なんで?


 あまりのわけのわからなさに思考が止まる。

 チラリと横を見れば、ほっぴーがしかめっ面で花束を拾い上げていた。


「よく分かんねぇけどとりあえず拾っとけ」


「えぇ……?」


 意味が分からないが、こういう時のほっぴーの察する力は異常だ。

 素直に従うのが吉だろう。


 他の奴等も同じ思いだったのか、それぞれが花束を拾っていく。

 

「人数分か」


 最後の一つを拾うと同時にそう呟く。

 拾うという発想は正解だったらしい。すげぇなほっぴー。


 

 ドタンッ!



「!?」


 唐突な物音に慌てて振り返ってみれば全開になった扉と、その先で腕を組んだお代官さんと砂漠の女王。

 砂漠の女王の余裕ある笑みに対し、お代官さんはあんぐりと口をあけ驚愕の表情を浮かべている。

 そらそうなるわな。


 どうするんだ、ほっぴー。

 

「……おめでとうございます!」


 ほっぴーがヤケクソ気味に叫び、花束をお代官さんに近付いて手渡す。

 なるほど。


「おめでとうございます!」


「おめでとう!」


「やるじゃんお代官さん!」


 次々に花束と祝福の言葉が送られる。

 砂漠の女王は満足げに頷き、お代官さんは放心状態のまま花束を抱える。


「……あの」


「なんでしょうか、お代官様」


「これ、は?」


「祝福ですよ」


 お代官さんの視線がこちらに移る。

 目が合いそうになってのでそっと逸らした。

 

「…………何故」


 単純なその問い。

 砂漠の女王は、笑顔を乱すことなく答えた。


「自慢したかったので」


「そうか。ふふ」


 柔らかな笑みを浮かべ、花束を机に置く。

 ゆっくりと、ゆっくりと。深呼吸をしてからお代官さんは叫んだ。



「私を殺してくれーーーーーーー!!!!!! 誰かぁああああああああああ!!!!! 殺せぇええええ!!!!」


「お代官様!?」


 一世一代の告白を見られると人間はこうなってしまうらしい。

 恐ろしい話だ。ジークもこの運命を辿るのだろうか。











「はぁ、はぁ……すまん、取り乱した」


 暫く暴れ、ようやく落ち着いたお代官さん。

 砂漠の女王から手渡されたハンカチで顔の汗をぬぐいつつ続ける。


「魔王討伐作戦の決行は間近だ。その為にまずは――歓迎の準備をしようか」


 歓迎。この言葉は決して隠語的な意味ではない。文字通り、歓迎する。

 理由は単純。怪しまれない為だ。だって俺達は今から――


「まずはこちらに送り込んできていたスパイを人質として交渉、及び首脳会談の提案といこう」


 そう、首脳会談を行う。

 そして油断したところをぶっ殺す。


 転移が無ければ行き来できないような危険な場所だ。普通は会談をするにしてもあちらの領土で、となる。

 そこを覆すのが、今現在捕らえている、魔王軍からのスパイだ。


「砂漠の女王よ。彼の尋問は済んでいるのかね」


「おっと。そうですね。そろそろ頃合いですので様子を見てまいります。では後ほど……」


 砂漠の女王が姿を消す。

 尋問というより行われているのは拷問に近いものだろう。

 僅かながらに湧いた憐憫の気持ち。

 それを意志で踏み潰した。









 場面は変わり、あの祝福に満ちた部屋とは対照的な、仄暗い地下室。

 そこに一人の男が吊るされていた。


「お加減のほど、いかがでしょう」


 ふわりと現れた美女——砂漠の女王。

 男は、その姿を視界にとらえると、唸り声をあげた。

 さて、この後に飛び出るのはいかなる罵詈雑言か。それとも脅し文句か。


 答えは、そのどちらでもなかった。


「たすけて、くれ……」


 懇願。

 涙をぼろぼろとこぼしながら男は何かを乞うていた。


「うふ、はは。アッハハハハハ!」


「頼む、頼むよ……やめてくれ……」


「やめてくれ? はあ。殿方なら淑女の望んでいる言葉ぐらい察してくださいませんか?」


「う、あ……」


 男が狼狽えた様子を見せる。


「簡単な二択でしょうに、ひょっとして理解されてないのですか?」


 砂漠の女王が男に優しく語りかける。


「情報を吐いて、わたくしをハッピーにさせる。もしくは——」


 ピンと立てた人差し指と中指。その内中指を下ろしつつ、続ける。


このまま人間になる(・・・・・・・・・)。二つに一つですわ」


 その言葉をきいた途端に、男の瞳に絶望が宿る。

 それは、この男が魔族であり、そこに誇りを持っているから。


 この男の感覚で言えば、人間になるというのは、「意識を持ったままその辺の虫けらに変身させられる」のと同義だ。


 故に、耐えられない。

 あらゆる拷問に耐えられる訓練を受けた。それでもこれは、これだけは——


「……王だ」


「聞こえませんでした。もう一度」


「魔王だッ! 俺は魔王軍からのスパイだよッ!」


 砂漠の女王の口の端が釣り上がる。


「なるほど。お聞きになられましたか?」


『……ああ』


 ブォン、と空中にモニターらしき物が浮かび上がり、全身黒鎧の者の姿を映し出した。


「……!? お、おいッ! なぜ魔王様が」


『やかましい。喋るな』


 モニター越しとは思えぬ圧。男はそれに屈するようにして口を閉じた。


『はあ。それで、何が望みだ』


「うふふ。察しが良くて助かりますわ。わたくし達、もっとお互いに知り合う機会が必要だと思いませんか? これはソレが無かったからこその悲劇でしょうし」


『……』


 黒鎧が黙って頭を抱える。

 数秒の後に顔を上げると、絞り出すように声を出した。


『本気か?』


「ええ。首脳会談といきましょう。一部は動画として撮影もさせていただきますよ?」


『…………鎧は脱がんぞ』


「構いませんよ? それはそれで喜ぶ層が居ますから」


『気の狂った民族だ』


「そう思っているだけでは理解は進みません。彼らの思考を少しでも——」


『分かった、分かった』


 砂漠の女王の言葉を遮るようにして魔王が口を挟む。


『その口振りからして、我はそちらに向かえば良いのだな?』


「また性懲りも無く憑依術使いのスパイを送ってきやがったそちらに、場所の指定権があるとでも?」


『……はあ。そうだな。一度目は上手くいったのだが』


「ええ。ですから対策済みでした。ついでに拷問法も」


 魔王が笑いを漏らす。


『はーあ。分かった。近々そちらに顔を出し、話し合いを行うとしよう。恐ろしい女だ、お前は』


 そこでプツリとモニターの映像が切れる。

 圧が消え、やっと喋られるようになった男が、早口でまくしたてた。


「おい、早く俺を元の身体に戻してくれ!」


「……? それが元の身体では?」


「はあ!?」


 砂漠の女王はこてん、と首を傾げる。


「だって、もうその身体には貴方の魂しか残っていないじゃないですか。最早戻る術などないでしょう」


「元々のこの身体の持ち主の魂は、ちゃんと保管してあるって話だったろうがッ」


 ようやく合点がいったというような表情を浮かべる砂漠の女王。


「ああ。アレ、嘘ですわよ。移動だとか保管だとか。そう滅多にできるわけないじゃないですか。わたくしはただ、復元不可能なまで破壊しただけです」


「……は?」


「ふむ。わたくしは忙しいのでここらで失礼いたしますわね。では貴方の人生に祝福がありますように」


 間抜けな声をあげる男を無視して、砂漠の女王が砂のように部屋から消える。

 部屋には、男とその怒号、慟哭だけが残った。




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