巨影の城
「これで良し、と」
避難民にヤワタを呼ぶように要請した。
「……」
本当にこれでいいのか?
三発目のドラゴンブレスが放たれる様子を見ながら、掲示板魔法をもう一度起動する。
「……ヤワタが来なくたって勝てるはずだ」
「いや、それはやめておけ」
腕をガッシリと掴まれ、顔を上げる。
「……オークエンペラー」
「我をあまり過小評価するな。そしてヤワタの事もな」
「信じろってか?」
「ああ」
裏切ろうとしてた癖にどの口が言ってんだ。
「……まぁ俺は仏だからな。二度目までは信じてやるよ」
「ホトケ? タカ・ホトケということか」
「ちげぇよ。もしそうだったら親のネーミングセンスやばすぎだろ」
「気分を害したか。すまない」
いや別に害してはねぇけど。
「とにかく、信じてやるつってんだよ」
「寛大な処置、感謝する」
寛大な処置かどうか知らねぇけど。
まいったな。さっきまでコイツを犠牲にする選択肢だったのに気が付いたらコイツを信用する選択肢にされている。
「本当に死なないんだろうな」
念押しの言葉に、オークエンペラーはニカッと笑い答えた。
「オークの王は不倒である」
そうかい。
ここまで背を押されたなら。
「前に進むしかないわな」
そろそろドラゴンブレスのクールタイムの間にヒットアンドアウェイできる位置だ。
俺は戦線へ復帰するために駆けた。
「よぉ、ほっぴー。ヤワタを呼び出したから把握よろしく」
「おお、そうか。ところでタカ、あいつを見てくれ」
あぁ?
「あの巨大物、ちょっと浮き始めてね?」
「……ほんとだ」
じわじわと浮いてる。
しばらく眺めていると、巨大物の一部がキラリと光った。
直後、風切り音と共に光線が通過し、俺達の目の前が爆ぜた。
……
「た」
「退避ぃいいいいいいいい!!!」
「ざっけんなあの野郎ぉおおおおあああああああッ!!!」
皆が口々に影を罵倒しつつ、散開する。
「タカぁ!」
「あぁ!?」
紅羽から差し出された手を反射的に握る。
「おぶって逃げろ!」
「簡単に言ってくれるよなぁ!?」
影が再び煌く。
それも複数回。
最悪だ。
「ドラゴンブレスはまだか!?」
「あとちょっとだから全力でよけろ!」
ギュルンと音がし、爆風に吹き飛ばされかける。
あっという間に増えたクレーターを見ながら冷や汗をたらす。
「死ぬ死ぬ死ぬ無理無理無理!」
「しっかりしろ!」
すっ転びそうになるのを身体能力でごり押ししつつ、ひたすらに走る。
「おい、そろそろ――」
「ドラゴンブレス!」
「おああああああああッ!!!」
紅羽の術の反動で派手に転倒。
「おい! てめぇッ!」
「悪かったよ! でもタカ、あれ見ろ!」
紅羽の指差す先を見る。
「あぁ!? ……沈んだ?」
先ほどまで浮いていた影が地に降りてきている。
やったのか?
訝しげな表情で影を見ていると、後方からほっぴーの怒号が聞こえてきた。
「ボケっとしてんじゃねぇッ! 物理職共ォ! 前に出ろォ!」
その指示に従い、短剣を抜きつつ影の下へと駆ける。
数秒の後に影の下に到着。短剣をその巨体に滑らせる。
ギャリギャリギャリと甲高い金属音が鳴り響いた。
「主殿っ! 加勢しますっ!」
おっさんがセカンドの短剣を構え攻撃に加わる。
攻撃、というよりはひたすら採掘でもやっているかのような行動を続ける。
暫く待つと、他の物理職どももぞろぞろと集まってきた。
「これもっと効率良い感じのないのか!?」
ガッテンが大剣をぶんぶん振り回し影の巨体を削りながら叫ぶ。
「多分これが一番はやいと思います」
「それはやくないフラグだからッ!!!」
ジークも物理職判定なのか。
ひたすらに銃をぶっ放しているが、正直アレは意味があるのだろうか。
初期魔物の忍び寄る刃の方が仕事をしていそうだ。
「……おいおいおい! また浮き始めたぞ!」
「退避! 退避しろーーーーーッ!」
遅いな。俺はちょっと違和感をおぼえた時点で既に走り始めてたぞ。
遠目に紅羽を確認し、そこまで急いで走る。
「さっさと乗れッ!」
「お、おう」
紅羽をおぶりつつ影を睨む。
どうせまた光線をやってくるつもりだろう。
「……さっきより高めに浮いてんな」
「ほんとだ」
その影の下を見ると、何故か退避せずそこに残っている数人の馬鹿。
後ろからまたほっぴーの怒号が聞こえる。
「あんの馬鹿共ォ! 安置なんかねぇよ! 楽しようとせずに黙って走れやァ!」
なるほど。
影が先ほどよりも高く浮き始めたことを察知したのか、足元に留まっていたガッテン、ジーク、あとおっさんが全力で退避し始める。
「間に合うか?」
「どうだろうな。ガッテンは一発食らいそうな感じだ。ジークは今おっさんが背負ったから避けきれるかもしんないけど」
そんな会話をしていると、影が再びキラリと輝きを放った。
五回。
「タカッ! この辺まずいぞ!」
「分かってるよそんな事ぁ!」
光る位置から被弾点が何となく予想がつく。
これからはもっとアイツを注意深く見なきゃならんなッ!
ピュン、と軽い音が鳴り、直後に爆音が鳴り響く。
背後ギリギリまでぶわりと熱い爆風が過ぎて行ったのを認識しつつ、ひたすらに走った。
「ドラゴンブレスはまだか!?」
「まだに決まってんだろッ!」
バッと正面を見ると、キラリと影が再び煌いた。
四回。
「最悪ッ!」
どんだけ走らされるんだこれッ!
疲れが出たのか、次は完全に回避できず、爆風に吹き飛ばされる。
背中の紅羽を庇うべく腹から着地する。
「カハッ!」
肺の中の空気やらどこから来たか分からない血やらがまとめて吐き出される。
「タカッ! おい! 誰かヒールを!」
「んな暇ねぇ……次が、来る」
まともに呼吸もできない。
それでも気合いで立ち上がり、拒む紅羽を無理やり背負った。
影が。煌く。
……七回。
耳鳴りが酷い。紅羽はまだヒールを、と叫んでいるのだろうか。
だがヒーラーは足の遅いタンク系の職業の奴等の回復で手一杯だろう。
俺はただよけるしかない。
光線がくる。
俺が身構えたその時。
影が、蛇の首に打ち倒され地に落ちた。
「ヤワタ!?」
地に落ちたせいか光線があらぬ方向へと飛んでいく。
見れば、影の後ろの城壁が破壊され、以前領域で見たあの巨蛇の姿となったヤワタが悠然と立っていた。
「ハイ・ヒールッ!」
「くっ、はぁあッ」
どこからかヒールがとんできて、ようやくまともな呼吸ができるようになる。
それと共に周囲の音も一気に耳に飛び込んできた。
「ギャオオオオオオオオオオオオ!!!」
ヤワタが吼える。
「レイドバトルが急に大怪獣バトルになった……」
背中の紅羽がそう呟くのが聞こえた。