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壁前での交渉

 ザクザクと足音だけが辺りに響く。

 オーク城までもう少し。使者によれば「異様な雰囲気で近寄れなかった」との事だが。


 それを気にする余裕はない。

 とにかく歩く。






「おいおい、見えてきたぞ」


 ほっぴーの声音は半笑いだった。

 それもそうだろう。眼前のオーク城は――



「……あんな城壁は無かったはずなんだが」


 使者の言っていた通り、明らかに異様な状態であった。


 堅牢な城壁は城があるであろう場所の周りを囲み、中の様子はまるで見えない。

 

「外敵への防御用にしては穴が無さ過ぎますね。これでは城壁というより、牢獄……」


 七色の悪魔の呟きに数人が頷く。

 

「影を閉じ込めてるってのは本当らしいな」


 



 城壁を確認してから数分。

 十傑と十傑の従える魔物達は壁に触れられる位置までやってきていた。

 

 紅羽がガツッと壁に蹴りをいれる。


「どうすんだよこれ。あたしら入れねーじゃん」


「チッ、おいおっさん。何か無いか」


 セカンドおっさんとファーストおっさんが同じような動作で同じような唸り声を出す。

 きもいなぁ。


「ふむ。これは転移を防ぐ阻害魔法に近いですな。それに領域魔法を合わせ物質的な壁もつけている、と。これは正面突破は難しそうですぞ?」


「……我輩も同じ意見です」


「そうか」


 正面突破が無理。

 と、なるとどこか抜け道を見つけなきゃならないが……


「影を閉じ込められるレベルの壁でしょー? 抜け道なんかあるかなぁ?」


 スペルマンの言葉に皆が渋面を浮かべる。

 全くもってその通りだ。


「とりまガッテン体当たりよろしく」


「お前さぁ!? 話聞いてた!?」


 ジークとガッテンがぎゃあぎゃあやり始めた。


 

「じゃあ代わりにあたしのドラゴンブレスいっとく?」


「いや紅羽女史、それはやばいよー」


 そうやって紅羽の暴挙をスペルマンが宥める傍ら、


「これ、材質は石ですかね?」


「石……っぽい何かでしょうね」


「異世界由来の建材……うちの砂漠のともまた違いますね」


 鳩貴族と七色の悪魔があまり現状とは関係ない分析を始める。



 それらの光景を見たほっぴーの頬がひくつく。


「……十傑の悪いとこ出始めたな」


「むしろ良いとこあるか?」


「例えば俺とか」


「はははは。死ね」


 酷いなぁ。

 だが今の惨状を見ると十傑の中では俺が常識枠であるということは確定的に明らかだと思うのだが。


 俺はバンシーちゃんのお腹をぐにぐにしながら首をかしげた。






 そんなこんなで壁の前で盛大に何もしないこと数十分。

 それまで沈黙を保っていたオーク城の側からアクションがあった。



『元気なようで何よりだ、十傑諸君。そちらの許可も無く戦力を強化した我々を滅ぼしにきたか?』


 突如として響いたオークエンペラーの声。

 バッと十傑各人の視線がタカかほっぴーのどちらかに注がれる。


 そのまま数秒か経過し、観念したようにタカが口を開いた。


「ええ、そうですよ。ですが事情ぐらいは聞きましょうか。何故このような魔法を展開したのですか?」


 さて、どう答えるか。


『フ、ハハハハ! いやなに、駆除しようとした害獣がなかなかに逃げ足が速くてな。我もついムキになった。それだけの事よ。……今すぐにこの首を詫びとし献上せよと言うのならしよう、だが可能であればこの害獣駆除の達成まで待って頂きたい』


 害獣。害獣ね……


「その随分速い害獣とやらは俺達の獲物でしてね。待てないどころか貴方達がそれを殺すことは許可できかねます」


『……ふむ。だがせっかくここまで追い込んだのだ。この機を逃せば次はないぞ?』


 ひょっとして、影を倒すことで得られる利益が分かってるのか……?

 もし分かっているのなら、影を倒して得た力で俺達に反逆しようとしている可能性が高い。


 いや、まだ分からない。分からないが……



 ピリッと脳の奥が弾けるような感覚。それと共に浮かび上がった言葉を俺は反射的に口にした。


「ならお前の保管しているオークの魔石、今すぐに全てこちらに渡せ」


 周りから驚いたような視線を感じる。

 それはそうだろう。


 俺が一番驚いているからな。


 それはオークエンペラーも同じだったらしい。声音に動揺が混じった。


『そ、それは構わないが……。いや少し難しいか? いやしかし……』


 声が一度途切れる。


『ふむ。可能ではある、か。逃亡されるリスクはあるが……流石に待ち伏せを警戒して出て来ないだろう。それに、その条件をのめば、害獣を我が始末して構わないのだな?』


 ビリビリと、脳奥が弾ける。


「構わんとも。もっとも、貴様がそうする意志を保てるのであれば、な」


「おいタカ。お前ちょっとおかしいぞ。今のお前は、なんつうか――」


『……よし、物資をそちらに送った。これで構わないな?』



 十傑の前に数えることすら馬鹿馬鹿しいような数のオークの魔石が出現。


 直後。タカの内部から飛び出た魔法陣にその全てが、吸収された。



「おいおいタカッ! んだよ今のォ!?」


 ガッテンの叫び声。

 

「やっとだ。まぁ命は共有状態だが。今はその方が都合が良い。そう思うだろう? 異世界の戦士(・・・・・・)よ」


 聞き覚えのあるフレーズをタカが。いやタカの口が勝手に発する。


 そして辺りがまばゆい光に包まれ――






「お前の魂に刻まれたガチャなる練成陣も組み込み完成させた、受肉魔法だ。ふむ、燃費を度外視すれば良好な出来だろう」


 ――タカの前に、見覚えのある女が現れた。




「……てめぇ、あん時のイカれ聖女」


 イカれ聖女は、豚鼻を得てなお端整さを示す顔をニヤリと歪めながら言った。


「レオノラ、だ。魂で繋がった者同士だろう? もっとフレンドリーにいこう」


「死ね」


「ははははははは!!! そいつはご挨拶だが、私が死ねば君も死ぬのだぞ?」


「えっ」


 こちらの困惑などお構いなしに、レオノラは城壁の方向へくるりと反転し、そのよく響く声で叫んだ。


「さて! オークの王よ! メスのオーク(・・・・・・)は初めて見るだろう? 我が名はレオノラ! 種族は……そうさな、オークエンプレスとでも名乗っておこうか!」


 オークエンペラーからの返答は無い。おそらくこちらと同様、未だ戸惑っているのだろう。


「選択の時だ! 王よ! この異世界の戦士達を裏切るのか、手を取るのか。貴様達オークが未来永劫、生殖を他種に依存することとなるのか、同種間での繁殖という選択肢を得るのか。二つに一つだ!」


 レオノラが、高らかにそう言い放った。



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