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揺れる天秤、狂った天秤

 自室の扉を開ける。

 さて、準備すっかな。


「主殿」


「ん?」


 俺にファーストおっさんが話しかけてき――いや待て。セカンドおっさんか?

 見分けるのが難しすぎる。やっぱ混ぜようかな。


「差し支えなければ、会議の内容を教えて頂きたいです」


 喋り方的にファーストおっさんか。


「明日にでもオーク城に向けて出発する。準備は任せられるな?」


「御意に」


 コクリと頷いたファーストおっさんの肩をポンと叩く。


「? なんでしょうか」


「ようやくお前を大幅に強化してやれる。遅くなったな」


「……いえ。そんなことはありません」


 深く礼をするファーストおっさんを横目に、部屋を後にする。

 準備はおっさんが代理でやってくれるようだし、俺は他の用事を済ませなきゃな。











「入るぞ」


 慎重にドアを開ける。

 

 中は薄暗く、中心に簡素なベッドと点滴っぽい何かが置かれているだけの殺風景な部屋だ。


「モータル。起きてるか」


 俺の声が届いたのか、ベッドに寝ていたモータルがよろよろと上半身だけを起こした。


「タカ」


「お、喋れるくらいには回復したのか。そりゃ良い事だな」


 ベッドの端に腰掛ける。


「俺ってもう助からない?」


「はぁ? わけわかんねぇ事言うなよ。今こうして回復してきてんだろうが」


 モータルが俺の目をじっと見つめてくる。

 俺は不敵に笑ってやった。見栄を張るのは得意だ。


「……まぁタカはなんやかんや上手くやるもんね」


「分かってんじゃん」


 そうだ。

 俺はなんやかんや上手くやれる。

 だから今回も、きっと上手くやる。


「腕の良いヒーラーにあてができたんでな。まぁ事情があってこっちに来るには数日かかりそうだけどよ」


「そっか」


 そう呟くとモータルは再びベッドに横になった。


 暫くして寝息が聞こえるようになってから、俺はそっとベッドの端から立ち上がった。




「よう、モータルには隠す方向で行くのか?」


 部屋を出るなり横から話しかけられ肩をビクつかせる。


「……ビビらせんなよ、ほっぴー」


 ほっぴーが口の端を僅かに上げる。


「ビビったって事は後ろめたいんだな」


 そりゃモータルはそういう事を気にするやつだって何となく分かってるからな。

 隠すことに少しの心苦しさはある。


「お前準備はもう済んだのかよ」


「会議やるより前にとっくに済ませてる」


 そういうところは相変わらず抜け目がないな。



「……まだなんかあんのか?」


 未だに俺を見たまま動かないほっぴーにガンを飛ばす。

 ほっぴーはそれでも暫らくの間動く気配が無かったが、ようやく口を開いた。


「実はな。俺が一番迷ってるんだ」


 何を、と問うまでもないかもしれない。

 モータルを助けるかどうかについてだろう。


「魔王を殺せば良いなんて言うけどな。実際殺してハイ終わりなんて単純な問題じゃないだろ。戦争が始まるぞ」


「そりゃな」


 俺のあっさりとした返答が癇にさわったのかほっぴーが荒い語気で続ける。


「俺はッ、いや俺達は、これから領域にいる人間の全てを危険に晒すことになるんだぞ。それにようやく協力関係が成り立ち始めた魔族の国とも完全に敵対することになる」


 ふむ。

 まぁほっぴーの言うことは俗に言う正論ってやつだろう。

 正しいか正しくないかで言えば圧倒的に正しい。

 

「でも、モータルを助けられるだろ?」


「……それと、今あげた人達の命が釣り合うのかって話をやってんだよ……ッ」


 まだ納得いってない様子のほっぴー。

 しょうがねぇな。


「そもそも魔族どもはこっちを侵略しにきたクソ野郎どもだろ? そりゃ個人単位で見れば良い奴もいるけど。国としちゃ、仇と言って良い。それに領域内の人間だって俺らが保護してやらなきゃとっくに無くなってた命かもしれないし――」


「そんなの俺達のエゴじゃないかよッ!」


 エゴ? エゴときたか。

 ほっぴーはかなり疲れてるらしいな。


「おお、そうだ。エゴだよ。当たり前じゃねぇか」


 俺らはエゴを貫いたから今ここで生きてるってのに。


「結局は皆違って皆クソ野郎なんだよ。誰だって自分のエゴの為に生きてるからな? お前は他の人間が持ってるエゴや魔族どものエゴにまで考えを至らせてるらしいな。でもんな事は無駄なんだよ。なんでか分かるか?」


 ほっぴーが黙って首を横に振る。

 はーーー、んな初歩的なことも分かってねぇのか。じゃあ教えてやろう。



俺のエゴの方が強ぇ・・・・・・・・・



 ほっぴーがぽかんと口をあけた。

 なんだその間抜けな顔。


「ば」


 ば?


「馬鹿じゃねぇの、お前……」


「は?」


 なんで?


「いやおまッ、強いとか弱いとかじゃないだろ。イカれてるとは思ってたけど流石にそこまでとは」


「いやいやいや。結局そこだろ。強いやつが勝つんじゃん」


「そりゃそうだけどさぁ!」


 そう叫んでほっぴーがしばらく黙る。

 

「で? どうなの? お前のエゴは俺の次くらいには強いんじゃないのか?」


「いやエゴってそうやって力比べするもんじゃねぇから! クソ、どうやったらこんな自己肯定マシマシの化け物が生まれるんだ……」


「親の教育が良かったんじゃね」


「狼に育てられた方がまだ品性があるよ」


 酷くなぁい?


 

「……で、迷いの方はどうなんだよ」


 俺の問いにほっぴーが顔を引きつらせる。


「あぁ? あんまり認めたくないけど、お陰様で踏ん切りがついたよ。俺らのエゴで大量に人死にが出ることを思えばやっぱりまだ憂鬱だけどな」


「そこは俺も悲しいと思ってるけど。まぁ頑張って犠牲は最小限でいこう」


「軽く言ってくれるな……」


 ほっぴーが眉をひそめ、額を手でおさえる。


「チッ、部屋に戻って魔王殺害計画を練り直してくる。お前は夜更かしせずにちゃんと寝ろよ」


 そう言いながら去っていく背中。


 ふむ。

 アイツがやたら焦ってたのは自分の心変わりを怖がってたからか。


「世間なんて概念はもうぶっ壊れたんだからもっと自分の好きにやりゃいいのにな」


 俺はそう呟いてゲーム機の置いてあるプレイングルームへと歩いて行った。


 まぁ日を跨ぐギリギリまでやる分にはセーフだろ。




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