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交渉開始

「すまん、もう一回言ってくれ」


「魔王の首」


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 アルザが慌てた様子でこちらの会話に割って入る。


「ねぇ、僕が魔王の手の者だって分かってるよね!?」


「うん」


 こくりと頷く魔女にアルザが絶句する。


「……つまり、そういう事・・・・・ってわけだよね?」


「えへ。だって魔王のやろうと思ってることって。私達にとっては、障害でしかな――」


 魔女が言い終えるよりも先にアルザが動く。

 バッと飛び出した複数の矢。

 それらが一気に、タカとジークへと殺到した。


「……はぁ!?」


 なんで俺ら!?

 そう言い終わるよりも前にアルザの放った矢がタカとジークに迫り……


 魔女の両腕から噴出した大量の、ありとあらゆる種類の腕達に阻まれた。


「くぅっ!?」


 更にその腕はアルザへも迫り、壁に叩きつけた。


「く、そ……ッ」


 そのまま大量の腕に絡みつかれたアルザ。


 しばらく拘束を抜けようとじたばたしていたが、敗北を悟ったのか、がくりと項垂れる。


「ア、アルザ……」


 ジークがぽつりと名を呼ぶ。

 唖然としたままのタカとジークに、アルザがふっと笑った。


「あはは。魔女には勝てないからせめて君達を殺して魔女と砂漠の女王陣営を敵対させてやろうと思ったんだけど……失敗しちゃった」


「アルザくん。めっ」


 魔女が頬を膨らませる。


「アルザ、お前……」


「やめてよ。魔王陣営を裏切れって言うつもりだろう?僕は僕をそこまで安売りするつもりはない」


 キッパリと言い切ったアルザ。

 

「僕はカーリアみたいに柔軟じゃない。それに、これ以上裏切りを重ねたくない。自分の誇りを傷つけるのはあのエルフの里の事だけで十分……ああいや、これは君達には分からないか」


 途中で言葉に詰まるアルザ。


「それって、命より……大事、なのかよ」


 タカの絞り出すような声。

 その声にアルザはニコリと笑って答えた。


「ああ、そうだとも。このちっぽけなプライドは、僕が死ぬに値する理由だ」


「そう、なの?わかった」


 緊迫した空気にはまるで不釣り合いな、間の抜けた魔女の声。

 

 そして。制止するという事をタカとジークが思いつくよりも前に、アルザを拘束していた腕がグッと膨張した。


 肉が、はじけ、潰れる音が、室内に反響する。




「……魔女、てめぇ」


 呆然とするジークの横で、いち早く事態を飲み込んだタカが魔女に殺意を向ける。


「え。どうしたの?」


 その殺意の意味が分からなかったのか、魔女が可愛らしく首を傾ける。


「なんで……なんで、アルザを殺した。まだ説得の余地はあっただろうが……ッ!」


「無い、って。本人が言ってたよ?」


 タカが口ごもる。

 確かにそうだ。アルザは死を受け入れるつもりだった。

 だけど、だからってこんな……


「君達が死んじゃうと、困るな。どうしようかな」


 未だに殺意を隠し切れないタカに、困り顔の魔女。


「――タカ。一旦、落ち着け」


「あぁ!? お前、こんなの、落ち着けるかッ! 殺されてんだぞ! さっきまで……さっきまで……」


 ジークがタカの肩にぽんと手を置く。

 そして魔女を睨んだ。


「で? 結局、何がしたいのお前」


「魔王をね。魔王を。殺して欲しいの」


「悪いが難易度が高すぎる。さっき俺達を下等だって言ってたじゃん。それとも何? お前も手伝ってくれるってわけ?」


 ジークの言葉に、魔女がニコリと笑う。


「えへ。ごめん、ね。私達は実験の予定があるから。ここから動きたくないんだ。魔物も、自然のままが好きだからあんまり貸せないし」


 苛立ちを隠せないタカが怒鳴り声をあげる。


「はぁ!? ふざけんじゃねぇ!」


「ちょ、待てってお前。叫んだってアイツには効果ねぇよ」


 タカをなんとか押さえ、魔女に向き直る。


「現状じゃ、お前の提案は話にならない。かぐや姫じゃあるまいし、少しは現実的なもん要求してくれよ」


「影を、皆で殺して。その皆で魔王城に殴りこむ。多分、勝てる」


「……はぁ?」


 影を殺す?


 ジークが困惑した表情で固まる。

 すると、今まで沈黙を保っていたシュウトが小馬鹿にした様子で話しかけてきた。


「お前ら、まーだ影の正体分かってなかったのかよ」


「は? 殺すぞてめぇ」


「ひゃーこっわ。魔女さん、こいつ俺の事殺すってよ」


「おしゃべりの邪魔しないで。殺す、よ?」


 シュウトが口をかたく閉じ、真顔になり俯く。良い気味である。


「影はね。君達の世界の、げぇむ、を。参考にしたの」


「……最近作った魔物って事か」


「そうでもない?分からない。欠陥品だったから、すぐに全滅しちゃったし」


 魔女が少し残念そうな顔になる。


「でも。影は運よくギフトを貰ったから。生き残った」


「要領得ないんだけどさ、なんで影を殺したら俺らが魔王を倒せるようになるまで成、長……」


 言っている途中で何かに思い当たったのか、ジークが口を閉じ何やら悩み始める。


「あ、分かった? えと、ね。まず耐久力を強くして。そこから逃走能力。大変だったのは、倒した人に与える恩恵の部分、かな。そこにリソース殆ど取られちゃって。えへへ。隠密能力が低くなりすぎちゃった」


「経験値用モンスター、か」


 ジークが得た結論を魔女にぶつける。


「え? ああ、うん。それ。多分」


「つまり、影の正体はギフトを得てめちゃめちゃに強化された経験値用モンスター……そりゃ逃げるのが上手いわけだ」


 経験値用モンス。一番ポピュラーなものは、液体金属で出来た例のアイツだろう。

 遭遇率は低く、馬鹿みたいな耐久力を誇る上、すぐに逃げる。

 だがもし倒した暁には――


「どれだけの恩恵が受けられるんだろうな……」


「囲んで叩けば、魔王を殺せるくらい。そのくらいには、なる。よ?」


「そんなもん産めるならてめぇがちょちょっと動けばすぐ魔王なんぞ殺せるんじゃないのか」


「アレは計算外。だって聖樹のギフトって、私もよく分かってないもん」


 魔女が、たいへんふほんい!といった感じの表情を浮かべる。


「……そういや、影はオークに捕らえられたつってたな。オークどもと協力して殺せ、と?」


「うん」


 ジークが深く、深く溜め息を吐く。


「どうやら勝算はあるらしい。まいったな。タカ、どうする?」


 しばらくジークと魔女のやり取りを聞いていたタカ。

 少しは落ち着きを取り戻した声音で、こう返した。


「魔女は一切譲歩するつもりがないみたいだしな。やるしかねぇだろうよ」


「……はぁ。そうだよな」


 そう言うと、ジークが手荷物から何やら石を取り出した。


「魔女、てめぇ、こうなるって分かってたのか?」


 ごろごろと机の上に並べられたのは天の石。七つ。


「えへ」


「えへ、じゃねぇよクソが。俺が十連分ためてから引くタイプじゃなかったらどうするつもりだったんだ」


「おいジーク、俺よく分かってないんだが。何する気だ」


 タカにたずねられ、ジークが面倒くさそうに説明する。


「周囲の魂の残滓を積極的に取り込む性質。さっき魔女が言ってたろ。んでこの部屋はある人物が死にたてほやほやの部屋だ……後は分かるな?」


 ジークの言葉の意味を理解したのか、タカがごくりと唾をのむ。


「さて、さしづめアルザピックアップガチャってとこか?」


 魔女が、満足げに頷いた。




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