狼の影
本日の18時クリスマス特別短編を投稿しています。
よろしければ作者マイページからとんで読んでいただけると幸いです。
「お、見えてきたな」
俺達が領域を発ってから2日後。
市街地、ビルの合間からゆらゆらと漂う白い煙は、モータルが目印としてあげている狼煙だ。
到着の嬉しさのせいか自然と歩く速度が上がってしまう。
「ようやくですね、主殿」
そうだな。
次第に見えてきた避難民達を見て少し頬が緩む。表情にあまり悲壮的な感情は見られなかったからだ。
片手をあげながら避難民達に近付く。
俺の顔を覚えている者もいるらしく、数人が笑顔でこちらに手を振り返してきた。
「モータルの友人のタカだ。モータルはいるか」
俺のその言葉で、避難民の表情があからさまに曇った。
……なんだ?ひょっとして留守なのか?
怪訝に思っている俺の前に、首にタオルを引っさげた細身の青年がペコリと会釈をしながら出てきた。
「あ、あのタカ、さん?でしたっけ。モータルさんは今は……」
だが言葉を選んでいるのか、途中で言いよどむ。
「なんかややこしい事になってんのか?」
「今朝、モータルさんを起こしに行ったら……その、動けない、と」
動けない?
「今は昼間だが……まさか今も動けないのか?」
「はい、そのようで」
どういう事だ。
記憶をざっと漁ってみるがそんな状態異常なんて知らない……ああいや、普通に病気、か?
「持病かもしれんな。医者はいないのか?」
「あ、はい。一人居ます」
「どこに居る?」
「今まさにモータルさんを診てる最中です」
「分かった。とりあえず俺をモータルの居るとこまで連れていってくれ」
コクリと頷いた青年が小走りをしだしたので、慌てて追従する。
「あ、一応こちらを」
「ん?お、おう」
モータルがいるらしいテント前でマスクを渡される。
「意味あるかこれ」
「我々が弱ってるモータルさんに何かうつさないようにしないといけないので」
ああ、そっちか。
「ならモータルのは感染するような類いじゃないんだな?」
「ええ、まぁ……」
青年が曖昧な表情を浮かべながらテントの垂れ幕を上げた。
中には簡易な組み立て式のベッドがあり、モータルがよこたわっている。
横には医者らしき中年の男。
様々な器具が乱雑に置かれている机の上で、眉にしわを寄せながら何やらメモに書き込んでいる。
「佳月さん。モータルさんの友人のタカさんです」
「ん?あ、ああ。よく来てた……そうか、君か。その節は世話になった。ありがとう」
佳月と呼ばれた中年男がイスから立ち上がりこちらに握手を求めてくる。
それに応じつつ、チラリとメモを確認する。
体温やら何やらの情報がびっしり書かれている。
「モータルはどんな状態なんですか?」
「う、うぅむ。それがね、具体的な原因は分からないんだ。骨や筋繊維がボロボロになっていてね、身体を酷使した反動かと思ったんだけど……どうも様子がおかしい」
ふむ。
そう言われモータルの様子を確認するが素人目にはよく分からない。
「確認だけど、モータル君に持病などは?」
「……分かりません」
それを聞いた佳月がうぅんと唸る。
「こういう事は職業柄言いたくはないんだけど……呪い、とかじゃないかな」
呪い?
まぁ確かに、こんな滅茶苦茶な世界になったんだ。ありえなくはないが……
「単にこっちには無い、異世界の病気かもしれないですよ」
「え、あ、そうか。異世界……」
異世界という単語に一瞬目を丸くしたがすぐに納得した表情になる。
まぁいくら魔物は見てても異世界の存在に対する実感はわきづらいよな。
「応急処置ぐらいはできるけど、根本的な解決となると難しいね。異世界の医者に心当たりは?」
「ないですね。クソ、探すか……?」
つーか異世界の病気か……
……アルザが何か言ってなかったか?
「古の大狼……だっけか」
俺の呟きに佳月さんが怪訝な表情を浮かべる。
「古の大狼とは?」
「モータルが異世界であったらしい魔物です。強者を食うのが好きで、見込みのありそうなやつには魔術を施す、らしいです」
「完全にそれじゃないか。なんでもっと先に言わないんだい?」
「すんません……」
いやなんか強くなってんなぁ、ぐらいにしか思って無かったから……
「で?治療法はあるのかい?」
「分からないですね」
「駄目駄目だなぁ」
ぐぅの音もでねぇ。
「ちょっと掲示板で聞いてきます」
「頼んだよ」
タカ:アルザぁあああああああああ!誰かアルザ呼んでこぉおおおおい!
ほっぴー:うっわぁ、どうした
タカ:モータルが病気になった
タカ:病気ってか呪いだ
タカ:動けないぐらい弱ってる
ほっぴー:はあ!?
ほっぴー:やべぇじゃねぇかよ
ガッテン:おいおい
ガッテン:砂漠の女王いるか
砂漠の女王:はいはい
タカ:アルザ呼べるか
砂漠の女王:魔王軍の方に帰還していますので、少し厳しいかと
タカ:そこを何とか
砂漠の女王:では異世界に行きますか
タカ:俺の方でゲート開けるか
砂漠の女王:その付近はオークの領域が邪魔で厳しいですわ。不可能ではないですが……
タカ:うぐぅ
七色の悪魔:代わりに行きましょうか
砂漠の女王:む
砂漠の女王:との事ですが
ジーク:俺も行っていいけど
紅羽:バランス悪くねぇか?あたしも行けるぞ
ほっぴー:お前は逆にバランス悪いわ
ほっぴー:しょうがねぇな、俺ならヒーラーもやれるし行くか
鳩貴族:ヒーラーなら私もやれますが
ほっぴー:ああそうだった。どうする?
砂漠の女王:あまり大人数で行くのもどうかと
砂漠の女王:魔王城に繋げるだけですから
スペルマン:まぁ本気で攻撃されたらすぐやられちゃうしねぇ
お代官:あまり抜けられても仕事がな……
タカ:だからこそ俺とモータルの担当なのに
タカ:クソッ
ほっぴー:お前のサボり癖を美談にするのだけは見逃さんからな
タカ:そういう事言ってる場合じゃなくない!?
ほっぴー:せやな
ほっぴー:よし、アタッカーとタンクとヒーラーの三人でいいだろ
ガッテン:お、俺か
ほっぴー:あとアタッカー
紅羽:あたしか?
ほっぴー:魔法だけだと怖いな
ジーク:なら俺行こうか
ほっぴー:製作士……応用は効くんだよな……
ほっぴー:じゃあ採用
ほっぴー:んでヒーラー
鳩貴族:ではやりましょうか
ほっぴー:頼んだ
鳩貴族:はい
ほっぴー:よぉしまとめるぞ
ほっぴー:ガッテン、紅羽、ジーク、鳩貴族。この四人だ
ほっぴー:行ってこい
ガッテン:あいよ
紅羽:任せとけ
ジーク:りょ
鳩貴族:了解です
タカ:任せたぞお前ら
「大丈夫だ、治療法ぐらいあるはず」
俺は未だに一言も声を発してくれないモータルを前に、ただ祈る事しかできなかった。