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オークエンペラーとの邂逅

「シュウト、お前には索敵とプチ陽動をやってもらう」


「……へぇ、スニーキングミッションってやつ?」


「そうだ」


 しっかしその単語がするっと出てくるとは。

 かなり俺達に近い世界観のとこ出身なようだが……


「? どうした」


「いや、なんでもない。ひとまず他の避難民がいる場所を教えてくれるか」


 俺の言葉を聞き届けたシュウトが、霊体のようなものを浮かび上がらせた。


「地図見せろ」


「ああ、すまん」


 慌てて地図を渡すと、シュウトは地図上の道をやや空ろな目で追い始めた。

 そこから数分ほど沈黙が続いた。




「居た」


「……状態は」


「さぁ?意識があるか怪しいとこだな」


 胸糞悪い。

 さっさと助けないとな。


「オークは何体いる?」


「……あー、流石にあんたんとこのお仲間さんに必死なようでな。居るのは一匹だけだ」


 一匹。

 俺は嫌な予感が的中しないよう祈りながら聞いた。


「その一匹ってのは……もしかして」


「ああ。オークエンペラーだ」


 最悪だ。的中しちまった。

 いや、だが言うほどヤバい状況ってわけでもないのか?

 逆にそいつ一匹をどうにか遠ざければいいわけだろ?……いやいや待て待て。相手は未知の魔物だろうが。流石に軽率だろ。


「クソッ、考えろ考えろ……」


「俺がちょっかいかけてみようか?」


「頼む。脚の速さだけでも分かれば助か――」


 その瞬間、何か生温かいモノが俺の身体にぶっかかった。


「……おい、ウソだろ!?」


 それはシュウトの吐いた血だった。

 シュウトはふらつく足取りで壁にもたれかかると血に染まった自分の手を眺めながら頬を引き攣らせた。


「は、はは。やっべぇなアイツ。ちょっと実体化したらこれだ」


「クソッ……そんなに速いのか!?」


 シュウトは俺の問いにニヤリと笑い答えた。


「いやちょっとカンチョーしてやろうと思って……」


「馬鹿なのか!?」


 てか馬鹿だろ!絶対に!


「まぁまぁ見た目がやべぇだけでダメージはそうでもない。う゛っ」


 ごほごほと咳き込むシュウトの背中をさすってやる。


「すまん、助かる」


「別に構わん。で、どうだ。アイツの情報は何か掴めたか?」


「2つ掴めたぜ。影とやらの術の凄さと、アイツの索敵能力のえげつなさだ」


 んん?


「つまり?」


「実体化した霊体に腕突っ込まれたときに本体の位置もバレた」


 そういう事は……もっとはやく言おうな!


「撤退するぞ」


「だな!」


 だな!じゃねぇよこんのクソ無能が!

 俺は自分のことを棚上げしてシュウトをディスりつつ、出口へ駆け始めた。


「ちょ、ま、速いっての!」


「……背負ってくから捕まれ!」


 背中に決して軽くはない負担がかかったのを感じつつも、必死に走る。

 だがそれと同時に、聞こえる。


 雄叫びのような足音。


 身体の芯までも振るわせてくるその音は、恐ろしいことにこちらに確実に近付いてきていた。


「はッ、はッ、死ぬッ、てめッ、死んだらぜってぇ呪うかんなッ」


「局員の与えた影響で死んだヤツはそれなりの補償があっから安心しろ」


「その言い方ッ、前例があるなッ!?」


「まぁなんつーか、不幸な事故ってのはどこにでもある、的な?」


 てめぇ、ふざけんなよ……!


「死から遠ざかりすぎて危険意識が薄くてな。悪い」

 

「そうか、死ねッ」


 振り向いて後方を確認したくなる衝動を必死に抑えながら走る。


 だが聞こえてくる。

 芯から震えてしまいそうな重厚な足音。そして鼻息。


「――タカ、避けろ!」


 その声を受け、反射的に横へ飛び退いた。


「うっぷ……!」


 思わずうめき声をあげるほどの衝撃が身体を貫く。

 とびそうになる意識をなんとか繋ぎ止め、状況を確認しようとする。


「ネズミにしては素早かったぞ」


 グッと頭を掴まれる感覚。

 見れば、オークというよりも獅子の獣人といった風貌の魔物と目が合った。

 その魔物の身体付きはもはやオークとはかけ離れた、均整のとれた筋肉そのものといった身体であった。

 ただ、尻尾と豚鼻だけが、ソレをオークであると印象づける数少ない部位だった。


「……俺をどうする気だ」


「殺す。だがタダでは殺さんぞ。じっくりといたぶってやる」


 マジギレじゃん。やべぇな。

 俺は必死で頭と口を回した。


「ま、まぁ少し待って下さい。俺の話を聞いてはくれませんか」


「聞かぬ」


 返答をするだけまだ可能性がある。

 考えろ、考えろ俺……!


「オークという存在を勘違いしていたのです」


「……フン、そうか」


「でもそれは貴方を見るまでのことです。貴方には知性がある」


 俺の言葉に鼻をならすオークエンペラー。


「だから何だというのだ」


「オークを一つの種族として、そしてここを一つの国として認めます」


 オークエンペラーは、俺の言葉にピクリと身体を強張らせた。


「……何を言っている。貴様にそんな権限があるはずないだろう」


「いえ、ありますよ」


 あるか無いかで言えばギリギリあると言えなくもねぇ!

 多分!


「魔王、砂漠の女王、そしてこちらの世界の人間の王との強い繋がりがあります。俺の進言が軽々しく無下にされることはないはずです」


「国として認められたとしよう。我らに何の利益がある」


 そうくるよな。分かってたさ。


「報復合戦のような事態を防げます」


「……」


「いくら武力に優れるとはいえ、全てを敵に回して戦っていてはどんな強国も疲弊し潰れてしまいます。ここを国とし、他国と交易を行った方がより繁栄の道を歩めます」


「それは脅しか?」


「め、滅相もございません。ただの事実です」


 俺はオークエンペラーの威圧にちびりそうになりつつも何とか答えた。


「……そう、だな。考えてやらんでもないが……お前が裏切らない保証はあるのか」


 俺はすぐさま満面の笑みで、死んだフリを続けるシュウトを指差し、言った。


「アイツを人質として置いていきます」


「てめぇッ!!!」


 咄嗟に起き上がり叫ぶシュウトに対し、オークエンペラーから見えない角度で中指を立てる。


「じゃあ頑張ってくれよシュウト君」


「ふざけんなおま――」



「やかましい」



 オークエンペラーの一声で俺とシュウトが言葉を止める。


「お前、名を何と言う」


「タカです」


「ふむ。タカ、お前の提案に乗ってやろう。ただし条件がある……」


 そう言うとオークエンペラーがぐっと俺の方へ顔を寄せてきた。

 ちびっちゃうからやめて。


「人質は、お前だ」


 ……

 …………


「返事はどうした」


「は、はいッ!身に余る光栄でございますッ!!!」


「そこの男はメッセンジャーだ。いいな」


「う、うっす!!!」


「分かったらさっさと伝えに行け」


「イエッサー!」


 慌てて駆けて行くシュウト。

 かたや俺は……


「さて、お前の檻に案内してやろう」


 オークエンペラーにひょいと抱えられ、連行されていく。


「……はい…………」


 聞いてくれ。

 主人公ムーブをしていると思ったら囚われの姫ムーブになっていた。

 何を言っているのかわからねぇと思うが俺も何が起こってるのかわからねぇ。助けてくれ誰か!!!!!


 そんな悲痛な心情などおかまいなしに、オークエンペラーは俺をドナドナしていった。



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