モータル半端ないって
「で?俺は具体的に何すりゃいいわけ?」
モータルは俺の質問を聞き届けると、地を蹴り、一気に空中へと跳躍し、大蛇の首を足場として借りつつアルザが放ってきた矢を剣で叩き落とした。
「……こんな感じかな」
なるほど?
出来るとお思いで?
「じゃあタカは他のメンバーの説得よろしく」
よっしゃ任せとけ。
それなら得意分野だぜ。
「言いくるめじゃなくて説得だよ?」
それ同じことじゃん。じゃあ行ってきまーす!
俺はとりあえずチョロそうなガッテンから狙うことにした。
「ガッテンくぅううううん!」
「寄るな狂人!」
何言ってんだ俺は村人を守る狩人だぜ。
「まぁ待てよ。俺がわざわざ不利な方についたって事は……よほどの理由があるんだよ。分かるだろ?」
「特に理由もなく裏切ったりしてなかったっけ」
してねぇよ。お前は俺をなんだと思ってるんだ。
「……まぁいいか。理由があるんなら言えよ」
「砂漠の女王の態度。妙だと思わなかったか?」
「いや特に……」
ひゃあ、クソほど鈍感だな。ぶっ殺していいか?
後方のモータルと蛇を気にしつつ、会話を続ける。
「俺らはな、子殺しを代行させられてんだよ」
「子殺し?……あの蛇が、女王の?」
「おう。そうだ。このまま殺せば後悔するぞ」
ガッテンは俯き、少し悩む素振りを見せたが、やがてこちらに向き直った。
「アイツを生かして俺らに利があるか?」
「これは損得の問題じゃねぇんだ……もっと、こう……」
駄目だ。俺自身に迷いがあるせいか口が回らない。
あの蛇を助けたとて俺らに利があるか。はっきり言って無いに等しい。
というか砂漠の女王の反感を買う分、損でしかない。
それでも。それでも、だ。
俺は決めた。モータルの目を見て決めた。
俺も鈍いわけではないから、モータルが“親子”というものに何か特別な感情を持ってる事は分かる。
今回の件と言い、東京初潜入の時と言い、モータルは普段とは少し違う様子だったからな。
その感情はモータルを形作っている重要なピースの一つだ。俺はそこを踏みにじりたくない。
だってモータルは——
「……モータルは、仲間だろ」
「ああ、そうだな」
滲み出るようにして出た言葉に対する返答は、そんなそっけないものだった。
「なぁ、タカ」
「普段のお前ならもっとペラペラと口を回してたはずだ」
……?
俺は急に妙なことを喋り出したガッテンに訝しげな視線を向けた。
「って事はお前自身悩んでるんだろ」
「……ああ」
「理解して納得してるのは、これがモータルにとって大事なことだって事。だろ?」
「そうだ」
「つまり今のお前の考えはこうだ。理解はできないがモータルの考えを尊重してやりたい」
そこまで言うとガッテンは一度盾と剣を構え直し、更に続けた。
「腹貫かれてからちょっと変わっちまったかと思ったけど、安心したぞ。やっぱいつものお前だ」
「そりゃどうも」
俺は少し照れくさくなりつつ、礼を言った。
「協力してやる。作戦は?」
「まだ考えてない」
ガッテンはため息をつくと、しばらくの間考え込むような表情になった。
「……そうだな、アルザは俺とモータルでなんとかすっからお前は説得するなりなんなりしてカーリアちゃんを止めろ。今回の主力はアルザ、カーリア、シルフィードの2人と1体だ。シルフィードはカーリアちゃんの眷属だから、カーリアちゃんを止めれば止まる。他の十傑メンバーはどうせ攻撃やめて様子見に入るだろうし……あとは砂漠の女王を説得……ってな具合でどうだ」
「やるじゃん。じゃあそれで」
その作戦あとで俺が考えたことにしようと思いながら俺はカーリアちゃんの元へ走った。
道中、流れ弾に吹き飛ばされつつカーリアちゃんに声が届く距離になんとか辿り着く。
「カーリアちゃん!」
「タカさん、モータルさんを何とかして下さい!」
ハッハー!それが出来たら苦労しねぇぜ!
「カーリアちゃん、頼む!今は深い事考えず俺らの味方してくれ!」
「……で、ですが」
くっ、カーリアちゃんちょろいしいけると思ったんだがな……流石に勢いだけじゃ無理か……
「新しい衣装あげるよ!」
「物で釣ろうとしても駄目です!」
俺がなおも引き下がろうとするも、その言葉は刃同士がぶつかる甲高い音にかき消された。
俺のまばたきの間にモータルがカーリアへと肉迫していたのだ。
「モータルさ……うっ!?」
モータルの猛攻にカーリアがたじろぐ。
剣撃の合間を剣撃が繋ぐ、息をのむような連撃。
あのカーリアちゃんをして、一時防戦に専念せざるを得なかったようで、カーリアちゃんの表情が苦しげに歪む。
思わずといった具合で空へと退いたカーリアに目くらましとばかりにメテオを放ち、モータルは大蛇の元へと戻っていった。
えぇ……何だ今の。人がやっていい挙動じゃねぇぞ……
「タカさん……アレは……?まさか改造でもしたんですか!?」
するわけねぇだろ。なんだ改造って。怖いわ。
「それはボクも気になるところだねぇ!」
そう言いながらアルザがこちらにとんできた。
いや、慌てて受け身をとってるあたり、モータルに吹き飛ばされたらしい。
「……妙に強くなってるとは思ってたが……こりゃ異常だな」
「ああ!そりゃそうさ!大狼だ……古の大狼の捕食対象に選ばれ、魔力が増幅してる!あまつさえそれを使いこなすなんて……ハハ!素晴らしい!」
「俺にも分かるように詳しく!」
「ボクらの領土の一部を占領していた、忌々しい獣さ!もはや食事を必要としないレベルまで格が上がっているが、趣味で強者を喰らう!強者が見つからなければ魔術で無理やり強者にする!……たいていが適応できずに死ぬけどね」
そういや魔王城から脱出して領域に辿り着くまでにでけぇ狼に会ったっつー話をしてたような……
「いずれにせよ、ここまでの強さともなれば、半ば人外化しているようなものだ!」
マジで人間辞めたんかアイツ……
あのディオ様ですら辞める時に一言断り入れたんやぞ?
そんなん出来ひんやん普通。言うといてや、辞めるんやったら。
「あ、つーかアルザ。蛇攻撃すんのやめてくんね」
「そりゃ無理な相談だ。ボクにも立場ってものがある……まぁその立場のせいで今は本気も出せず、手を抜きすぎるのもできずにもやもやしてるんだけどね」
そういやモータルが蛇を守る側についてからのアルザの攻撃は明らかに緩くなっていた。
だがどうもそれ以上の譲歩を引き出すには――
「砂漠の女王次第か?」
「そうなるね。どうなるにせよ、早めに話をつけてくれ」
そう言ってアルザは戦線へと戻っていった。
チラリと横目でカーリアちゃんを見ると、気まずそうに目をそらした。
「攻撃を止めるのは、無理、です。すみません……少し、手を抜くぐらいなら」
これ以上は無理か。
クソッ、結局砂漠の女王の説得しかねぇじゃんかよ。
時間は多少稼げるが、それでも早くしねぇと……
俺は大蛇の悲痛な鳴き声を耳にし顔を顰めつつ、今度は砂漠の女王のところへ一心不乱に駆けた。