第九話「どたばた昼休み」
月曜日。
引きずりがちな週明けの気怠さも晴れてきた昼休みの頃。
俺と仁はいつも通り机を囲み昼食をとっていた。
「で、梔さんとはどうだ」
俺がそう言うと、仁が苦笑しつつも答えた。
「起きたら四つくらいダジャレ送られてきてた」
順調なようで何より。
弁当をつつきながら、次の計画について考える。
やはり部活だろう。
ラブコメの軸になる部分だ。
謎部活の設立も不可能ではないが、あまりお狐さまに頼りすぎるのは良くないし、教師に学長の乱心を疑われかねないからな。
「七瀬仁。昨日話した部活についてだが、一応そっちの希望を聞いておこう」
「一応ってなんだ一応って」
そう文句を言いつつ仁が続ける。
「……まぁ、そうだな。中学じゃサッカー部だったから、そのまま高校でもサッカー部にしようと思ってた」
ふむ。
過去形という事は……。
「でも今は、お前がもっと楽しそうなもん見つけてくるならそっちでいいかな、って思ってるよ。中学は中学で楽しかったんだけど……休日の朝から集まったりすんのは普通に嫌だったし……」
仁の意見をまとめると、こうだ。
「つまりは、自分が楽しみたい時だけ楽しめる都合の良い部活が欲しい、と」
「お前には人聞きを悪くする才能があるよ」
ありがとう。
ではその条件で考えてみよう。
「……やっぱり、謎部活設立が一番手っ取り早い気がするぞ」
「上級生との接点が消失しかねないからそれは嫌だ」
上級生?
……上級生!
そうだ、俺は大事な事を失念していた!
「年上ヒロインは欠かせない……!」
「いやそういう事ではねぇけど」
「やるじゃないか! ようやくラブコメ主人公の自覚が出てきたな!」
「おっ、こいつ話聞いてねぇな」
ならば既存の部活に入るのは必須事項だな。
しかし、上級生の情報は集める気が無かったせいか、大したものを持っていない。
じっくりやっていては時間が足りないだろう。こうなれば自らの足で情報を稼ぐしかあるまい。
「よし、放課後は部活見学に行こう。今週いっぱいはまだ見学可能な期間だったろ?」
俺の提案に、仁が頷く。
「ん、そうだな」
会話が一旦止まり、互いに無言の時間が続く。
そして、ちょうど俺が弁当を食べ終わり、話を再開しようと口を開きかけた時。
一人の青い髪の男子生徒がこちらに近づいてきた。
「七瀬とミタルちゃーん。なんか梔さんが呼んでたぞ」
「……え?」
仁が慌てた様子で弁当の残りを食べ終え、椅子から立ち上がる。
それに続いて俺も立ち上がる。
「お前と梔さんってなんか接点あったっけ?」
「いや、あー、まぁ」
誤魔化すのが下手な男だな。
仕方がないので俺が咄嗟にフォローに入る。
「ただの友達だ」
「えー? 隣のクラスなのに? やっぱミタルちゃん行動力えぐいなー」
そう言ってけたけた笑う青い髪の男子生徒。
君のその髪色もなかなかの行動力だと思うよ。
だか、それはそれとして――
「ちゃん付けするな!」
「あはは。ごめん、ごめん。でもさー、君付けはなんか違和感あるっつーか……」
違和感なんぞ一切ない。
仁の背中を叩き、急かす。
「さっさと行くぞ、つつななせ君」
「どうして俺に流れ弾が?」
そんなやり取りをしつつ、進む。
いってらっしゃーい、という間の抜けた声を背に、俺達は廊下に出た。
「あっ、ごめんね。急に呼び出して」
廊下に出るなり、待っていたらしい梔さんが声をかけてきた。
「いや、全然かまわないけど……どういう用事?」
仁の問いに、少しの躊躇いをみせる梔さん。
呼び出してまでダジャレを披露されたらどうしよう、と内心ワクワクしていると、梔さんが口を開いた。
「部活見学、一緒に回りませんか……!」
仁と顔を合わせる。
都合は良いが……正直、意外な申し出だ。
「ちょうど俺らも今日の放課後回ろうって話してたとこだから、全然かまわないよ」
困惑をにじませつつの仁の言葉に、梔さんの表情がパッと明るくなる。
「良かったー! 二人が居なかったら、このままずるずる帰宅部になっちゃうとこでしたー!」
あっはっは、と快活に笑っているが、こちらとして笑い事ではない。
仁が恐る恐るといった風に問う。
「あの、梔さん。クラスメイトの中に頼れる人とかは……」
「……」
えっ、こわ。
急に真顔になった。
「……七瀬君、私はクラスでは無口クール美人なんです」
「はあ」
「会話、しないんです」
……。
スゥーーーー、なるほど。
「仁、手を貸すのやめよう」
「そうだな」
慌てた様子で梔さんがこちらに縋り付いてくる。
「いやいやいやいや! なんでですか!?」
「会話しないのは流石にヤバいでしょ。頑張って誰か誘ってください」
仁の言葉に、うんうんと頷く。
ここで甘やかすのは梔さんにとってよろしくないだろう。
「じゃ、そういう事で」
「待って! 待って!」
教室に戻ろうとする俺達の制服を引っ掴み悪あがきをする梔さん。
「違うんです! 毎日、話しかけてくれる子はいます! そこまで危機的状況じゃないですっ!」
「じゃあその子とは結構会話してるって事?」
「……はい!」
妙な間があったな。
俺が問うよりも先に、仁が口を開く。
「どんな会話ですか?」
「その子が、話しかけてくるので……私は、ベストなタイミングで相槌をうちます」
「そっか。じゃあね」
「待って待って待って! 待ってくださいっ!」
制服が伸びちゃうのでやめて欲しい。
さて、どうやって説得したものかと思いながら、必死な形相の梔さんを見る。
「その子を誘ってあげたら良いじゃないですか。梔さんと仲良くなりたいんですよ、きっと」
「だ、だけどその子は私のクールオーラに寄ってきているはずで……」
クールオーラって何だよ。
梔さんから出てるのは面白オーラだけだぞ。
「どうする、ミタル」
仁が若干諦めオーラを出している。
受け入れるつもりか。これだからお人好しは。
チラリと梔さんを見る。うーむ、なかなか真に迫る顔をしている。
……はあ、仕方がないなぁ。
そうやって俺も折れようとした。
その時。
「梔、さん?」
「……あっ」
いつの間にか横に立っていた小柄な女子生徒。
それを見た梔さんの動きが固まる。
一方、女子生徒の表情は、呆然から徐々に喜びに変わっていき――。
「梔さんが、喋ってる……!」
「えっ、あっ、いや、これは」
梔さんが慌てて口を閉じ、その女子生徒の肩を掴んでコクコクと赤べこの如く首を振る。
わー、べすとなたいみんぐのあいづちだー。
「うんうん、てっきり私以外に話相手が居ないかと思ってたけど……良かった……隣のクラスにいたんだね……!」
涙ぐみながら梔さんに抱き着く女子生徒。
うむ。
「美しい友情だな、仁。水を差さぬよう俺達は教室に戻るとしよう」
「そうだな」
こちらを凄い形相で見つめてくる梔さんに手を振り、俺達は教室に戻った。