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第八話「聞いてお狐さま」

 ピピピ、という電子音によって無理やり意識が覚醒させられる。

 眠気を布団の中に置き去りにする勢いで起き上がる。


 今日は日曜日だ。この曜日の予定は常に埋まっている。

 朝の仕度を終えた俺は、財布を持って外へ出た。


「良い天気だ」


 雨の日の逢瀬というのも粋だが、やはり晴天は良い。

 スニーカーが汚れないからな。


 コンビニで朝食を購入し、神社へと向かう。


 いつもの鳥居をくぐると、中は既に霞がかっていた。


「お狐さまー」


「うむ」


 賽銭箱前の階段に腰を下ろしているのは、今日も今日とて美しいお狐さまである。

 金色の尻尾がふわふわと揺れている。 


 隣に腰掛けると同時に、背中がほんのりとした温かみに包まれた。

 俺はいつものように、今週あった事をお狐さまに教えるべく、口を開く。


「昨日は七瀬仁が金髪ツンツンヘアーにするというのでね、渋々付き合ってやりましたよ」


「どちらかと言うと七瀬仁という男の方が渋々付き合っているように見えたがのぅ」


 えっ。

 思わずお狐さまの方に向き直る。


「……見てたんですか」


「うむ。妙な願い事じゃったからの。念のためじゃ」


 お狐さまが指で輪っかを作り、自分の目に当て、ニッと笑う。

 うーん、可愛いのでヨシ!


「迷惑じゃったか?」


「いえ。せっかく見られていたのなら色々アピールしたのに、と思っただけです」


「妾は良いが、傍から見れば不審極まりないからの? やめておいた方が良いぞ?」


 お狐さまの為なら汚名の二つや三つ被りますとも。

 わざわざ消耗が激しい霊視をしてもらって、それに報いれない事の方が我慢できない。


「のう、ミタルよ」


「何でしょう」


「妾は、この神社より外に出る事はできぬ」


「存じております」


 お狐さまと目が合う。

 こちらを見つめてくるので、こちらも負けじと見つめ返す。


 そんな時間が数秒ほど続いて、お狐さまが顔を逸らした。


「そうか」


 何かに納得したようだ。

 今の時間に、心の中ではどういう動きがあったのか問いただしたい衝動に駆られたが、我慢する。

 俺は無粋な男ではない、こういう時こそ観察と推測をせねば。


「……」


 観察した結果、お狐さまが美しいという事がわかった。


「お狐さま。話の続きをしましょう」


 細かい事は後で考えよう。

 今はこの限られた逢瀬の時間を味わうのが先決だ。


「梔京子という愉快な女子と知り合いましてね。お狐さまも姿を見はしたと思うのですが」


「一緒に食事をしておった者かの?」


「はい、そうです。四六時中、言葉遊びの事を考えている奇特な人物なんですよ」


「……ははあ。言葉遊びとな」


 俺の一週間を面白おかしく、臨場感たっぷりに語る。

 日が暮れる事まで、俺とお狐さまの会話が止む事はなかった。





 霧が晴れ、夕日が差し込む。

 お狐さまの姿は既になく、ただ気配だけが残っていた。


「ははは、そう急かさなくても暗くなる前には帰りますよ」


 一瞬ほのかに温かさを感じた背中。

 風邪をひく前に帰れ、という事だろう。


「では、また」


 気配がする方へ頭を下げ、神社を出る。

 春が近づいているとは言え、夕暮れ時はやはり冷えるな。


 上着を羽織り直し、家へと向かう。


 色々と無理をさせてしまったせいか、今日はいつもより会話できる時間が少なかったな。

 暫くは楽な姿で居てもらうように頼まなければ。


 別に俺はあの姿のお狐さまとだって話していられるのに。

 そりゃ幼い頃はびっくりしてしまったけど、俺はもう高校生になったんだから大丈夫だ。


 そんな事を悶々と考えている内に、家に辿り着く。

 

「ただいまー」


「おかえりなさーい」


 愛する人との逢瀬に、温かい家庭。

 素晴らしい休日だ。


 課題がまだ終わっていない事を除けば。


 自室に戻り、机の上に置いたままのスマホを拾い上げ、起動する。

 こんな時は友を頼るに限る!



ミタル:助けて欲しい


七瀬仁:奇遇だな、俺も助けて欲しいんだ


ミタル:課題が終わってないんだ


七瀬仁:はあ? どの課題だよ


ミタル:数学だ


七瀬仁:解答撮って送りゃいいの?


ミタル:助かる


七瀬仁:遊ぶのはいいけどよー、授業中寝るくらいなら課題やりゃいいのに


ミタル:善処する


七瀬仁:うーーーーーーん


七瀬仁:まぁいいか。はい


七瀬仁:【画像データ】


ミタル:助かったーーーー! やはり持つべきは友!


七瀬仁:そんな友達であるところのミタルに相談なんだが


ミタル:どんとこい


七瀬仁:まずはこのやり取りを見て欲しい


―――――――――


クチナシ:七瀬の美人局つつもたせ、つつななせ


七瀬仁:えっ


クチナシ:七瀬君の美人局つつもたせ、つつななせ君


七瀬仁:いや君付けしてとかそういう事ではなくて


―――――――――



ミタル:めちゃくちゃ面白いじゃないか


七瀬仁:そうか。俺は親が隣にいた時に読んだから微妙な気分になった


ミタル:確かに親も七瀬だからな


七瀬仁:まぁそこは良いんだよ。良くないけど。


七瀬仁:問題は、このやり取り以降、クチナシさんから連絡がないってとこだ


ミタル:なんだと? 機嫌を損ねさせたなお前


七瀬仁:このやり取りで俺じゃなくてクチナシさんが機嫌損ねる事ってあんの?


ミタル:まだ友人になって一日目だからな、デリケートな時期だ。明日学校で会ったら謝っておけ


七瀬仁:このやり取りの前に十五個ぐらいのダジャレ受け止めてんのに???


ミタル:女心と秋の空という言葉があるだろう。そういう時もあるんだよ


七瀬仁:もういい直接聞いてくる


ミタル:意外に度胸があるな……



「なら最初からきけばいいものを」


 そう呟き、スマホを持ったままベッドに横になる。

 暫くごろごろしていると、七瀬仁から一枚のスクショが届いた。




七瀬仁:あの、今日はもうギャグは送ってこないのでしょうか


クチナシ:今日はもうネタ切れって感じかな!


クチナシ:いやー、欲しがるねー!


七瀬仁:いや欲しがってはないが




「んふっ」


 危うくふきだすところだった。

 笑いを堪えつつ、七瀬仁にメッセージを送る。




ミタル:機嫌損ねさせてなくて良かったな、欲しがり君


七瀬仁:ぶっとばすぞ




 ともあれ、順調に仲良くなっているようで何よりだ。

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