第七話「次の段階へ」
「私は、期待してました。七瀬君なら、四六時中よく分からないラインを送ってもその全てに反応できるんじゃないかって」
「ミタル、助けてくれ」
「まだ送られてないだろ、落ち着け」
こちらに縋り付いてきそうになった仁をおさえ、梔さんの方に向き直る。
「こいつは期待に応えられる男ですよ」
「本当ですか?」
「梔さん、そいつは嘘をついてるぞ。騙されるな、よく考えるんだ」
横のうるさいのを無視し、梔さんの様子を見る。
かなりこちらに気持ちが傾いている。
梔さんに一歩踏み出させる為に必要なピースはそう多くない。
「梔さん。俺は自慢じゃないが、四六時中喋ってる」
「本当に自慢じゃねぇな」
「だがこの男が俺の言葉を本当の意味で無視した事は一度だってないんだ」
仁は咄嗟に反論しようとしたようだが、無駄だ。
これに限っては紛れもない真実だろう。
俺が、こいつならラブコメ主人公になれると信じたのはこれだ。
七瀬仁は、絶対に拾ってくれる。
「それに……このやり取りこそが、何よりの証明だ。そうでしょう、梔さん」
隣の仁がついに黙った。
よし。しばらくその状態でいてくれ。
「……七瀬君。いいの?」
何が、と問うほどまでは鈍くないだろう。
なあ、七瀬仁。
「はあー……構わないよ、そっちが我慢できなくなったら連絡くれ。気軽に喋りに来いよ。多分俺は……そういうのが人と比べて苦にならないみたいだし」
俺達はその日、初めて梔さんの笑顔を見た。
ミタル:もう家着いたー?
七瀬仁:着いたよ
ミタル:髪のことなんか言われた?
七瀬仁:校則のこと説明したらギリ納得してくれた
七瀬仁:理解できねーけどさ、俺がこの髪なのは重要な事なんだろ?
ミタル:いや? この際、髪がどうなろうが何とかなると思ったから別にどっちでも良かったよ
七瀬仁:へぇ~~~~殺すわ
ミタル:いや待ってくれ
七瀬仁:待たん。殺す
ミタル:聞くんだ。俺は、多少派手にして目を引かないと女子とのファーストコンタクトの機会すら消失すると思っていたんだ
七瀬仁:普通にクソ失礼だな
ミタル:でも今日、学年でもトップレベルの美人とお知り合いになれた。これは嬉しい誤算だ
七瀬仁:学年でもトップレベルの変人二人とお知り合いになっているという認識しか残ってないです
ミタル:俺とお前はお知り合いじゃなくて友達だろ
七瀬仁:直球で言われると恥ずかしいな
ミタル:違うのか?
七瀬仁:違わねぇよ
ミタル:よし。で、だ。ラブコメのスタート地点には立った。次のステージに行くぞ
七瀬仁:次のステージ?
ミタル:謎部活の設立
七瀬仁:それ要る?
ミタル:既存の部活に入る路線も捨てがたいが、梔さんの事情が事情だからな。俺達だけのスペースが欲しくなった
七瀬仁:はあ
ミタル:参拝部というのはどうだろうか。部費は全て賽銭として投げられる
七瀬仁:通るわけねーだろそんな部活
ミタル:いや、通せる
七瀬仁:いや
七瀬仁:校則も似たような感じで通したしあり得なくはないか
ミタル:お?
七瀬仁:でもダメでーす
ミタル:なんで?
七瀬仁:目立ちすぎるんだよ。梔さんはあくまでも、表面上は無口クールキャラを通したいんだからそれの邪魔になる事はしちゃだめだ
ミタル:思ったよりしっかりした理由で動揺している
七瀬仁:話し合いが通じそうで安心したよ
ミタル:では、仁があげてくれた懸念点も考慮した上で、後日修正案を投げるとしよう
七瀬仁:ろくでもないのがきそう
ミタル:そろそろ夕食の時間なので、さらばだ!
七瀬仁:あいよ
スマホをスリープモードにし、部屋を出る。
良い匂いだ。俺はできた息子なので、呼ばれるよりも先にリビングへと向かった。
「あら、まだ呼んでないのに」
「お腹が減っちゃって。そろそろでしょ?」
「そうよ。座って待っててね」
リビングの中心に陣取るテーブルの一席に着く。
バラエティー番組を流し見しながら時間を潰していると、母さんが料理を運んできた。
今日は唐揚げか。
揚げ物は手がかかるから、感謝して食べなければな。もっとも俺は食事の際に感謝を怠った事はないが。
「いただきます」
暫くお互いの咀嚼音だけが食卓に響く。
先に口を開いたのは母さんだった。
「今日はどうだった?」
「楽しかったよ。七瀬仁の友人を増やすことにも成功したし」
母さんの表情が少し曇る。
言葉選びを間違えてしまっただろうか。
俺が慌てて訂正する間もなく、母さんが言葉を発する。
「みたるの友達ではないの?」
「……微妙なところだな」
俺は単なる仲介役だ。
七瀬仁とは紛れもなく友人関係にあると断言できるが、梔さんとはどうだろう。
唐揚げの最後の一つを口の中に放る。
うむ、美味かった。
「ごちそうさま。ありがとうね、母さん」
「みたる」
母さんの呼びかけに振り返る。
心配そうな表情だ。
悩むような事なんて一つもないだろう。
俺は幸せに生きているというのに。
「お父さんの事を、気にしてるなら……」
「いや、気にしてないよ。母さんが心配するような事は何もない」
だからその泣きそうな表情はやめて欲しい。
「そうね……ごめんね、変な勘繰りしちゃって」
いや、母さんの心配自体はもっともな事だ。
何せ、父さんが死んでからまだ三年しか経ってないんだから。
「安心してよ、母さん。俺は幸せだし、友人である七瀬仁という男も含めて幸せな日々を送ってみせるさ」
ここでサムズアップ。
どうだい? 内から安心感が湧き出てくるだろう?
「……みたるはとっくに、前を向いてるのに。ごめんね、母さん弱くて」
「それは、まぁ、俺が前を見てるから母さんは後ろのカバーよろしくって感じで」
ようやく母さんの表情に明るさが見えた。
「ありがとう。でも、いつまでも遺産を切り崩す生活じゃいけないし、母さんちょっと働いてみようと思ってるの」
「それはいいね。きっと楽しいよ」
「うん」
さて、家庭に温かさをもたらした所で、俺のやるべき事をやらなきゃな。
一日遊んでいたせいで課題がちっとも進んでいないんだ。
わっはっは。