第六話「お悩み相談」
「それで、悩みってどんな事なんです?」
ファミリーレストランの一角。
窓際の席に陣取り、注文を済ませた俺達は、ようやく本題にうつった。
「えーっと、ですね」
梔さんは暫く迷うような素振りだったが、やがて観念して口を開いた。
「私、思った事をすぐ口にしてしまうんです」
思った事を口に出してしまう、か。
隣の仁が、うぅんとうなった後に続けた。
「それだけなら長所に成り得るけど、悩んでるって事はそれだけじゃないんだろ?」
「さっそくタメ口か。やるな」
唐突な距離詰めはラブコメ主人公の特権。
「あっ……それだけじゃないんですよね?」
途端に情けない表情で敬語になる七瀬仁。
おいおい。
「タメ口でいいですよ」
「あー……どうも」
ぎこちないが、打ち解ける一因になったなら良しとするか。
気を取り直して、お悩み相談を続行しよう。
「仁」
「はいよ。俺の推測なんだけど……悩んでるのは、口に出してしまう事じゃなくて、その発言内容なんじゃないかな?」
「完全に推測ではなく私のボケをきいた感想ですよね……はああああああああ……」
梔さんが机に突っ伏す。
なるほど。思いついたボケを言わずにいられない、というのが悩みなのか。
「俺は面白かったよ」
仁がせめてものフォローをする。
いや、梔さんは面白い面白くないで悩んでいるわけじゃないと思うぞ。
「うううううああああああああ! 一番心にくるフォローはやめてくださいッ!」
急に声がでかくなった。
流石の仁も面食らったらしく、グラスを持ち上げかけた姿勢のまま固まっている。
ここは俺がフォローに入ろう。
「全く軽口を叩かない、というよりは親近感が湧いて良いと思うよ」
「はああああ!? じゃあ、聞きますけど!」
梔さんがキッとこちらを睨んでくる。
どうも火に油を注いでしまったらしい。
「ここに来るまでですら相当我慢してましたからね! 何度口を開きかけたか! ……例えば! 映画館の近くに、手芸用具店がありましたよね!?」
「え、あぁ、うん」
あったね。
「そこを通った時だって! 待ち針を使うウルヴァリン、マチヴァリンとか言いそうになったんですよ!?」
「んふっ」
おい。七瀬仁。
俺だって堪えたのにお前が笑うなお前が。
「うぅ、次こそは名字に恥じない無口クールキャラで通そうとしたのに。こんなんじゃ……また残念美人って言われちゃうぅぅう……!」
机に突っ伏した梔さんが呻く。
自分を美人であると堂々と言えるほどのポジティブさがあれば大丈夫な気がする。
「我慢してるって思うから途中で失敗するんじゃないか?」
「ほう。七瀬仁。それはどういう意味だ?」
そんな言葉遊びのような形で片付けられる問題とは思えないが……。
俺と梔さんの視線を一身に浴びて居心地が悪そうにしつつも、仁が続けた。
「披露する場を作っちまおうって事だ」
「拷問ですよねそれ。嫌です」
バッサリだな。
仁も何を考えてそんな事を提案したんだか。
横目で仁を見る。
ふむ、まだ続きがあるって顔だな。
「梔さん。彼の策はそれだけじゃないようだ。なぁ、仁」
「……詳しく言うとだな。考えた事全部言っていい日を作るんだよ。“また”残念美人って呼ばれちゃう、って言ってただろ? なら既に梔さんの癖を知ってる人が居るわけだ。その人に協力してもらって――」
「これを見ても、同じ事が言えますか」
梔さんが身を乗り出して、スマホをこちらにつきつけてきた。
見せられたのは、ラインの画面。
ずらりと並ぶのは、マチヴァリンと似たりよったりな言葉の数々。
そして、最後にあった言葉は。
「少しは衰えを知ってくれ、こっちの気が狂う……か。確かになぁ」
「確かになぁ、じゃないですよッ! 居たんですよ、七瀬君の言うように協力してくれる人が! でも、誰一人として耐え切れなかったッ!」
「強キャラっぽい」
「おい、ミタル」
うぐっ。我慢できなかった。
そんなやり取りの直後、店員が料理を運んできた。
「お待たせしましたー、こちら日替わり定食二品と、ミートスパゲティです」
俺達の机の上に皿が並べられてく。
三つ全て揃ったところで、店員が軽く会釈し下がっていった。
「……」
妙なところで会話を切ってしまったからか、無言の時間が続く。
「……もう、いいです。相談に乗ってくれてありがとうございました。これ食べたらもう帰ります」
七瀬仁にしてはよくやった方だな。
やれやれ、ではサポート役としての本領を発揮するとしよう。
「梔さん、最後に俺の話を聞いて欲しい」
梔さんは、口に含んだスパゲティをゆっくりと飲み込んだ後言った。
「どうぞ」
俺は情報通の友人役を目指す男だ。
ただの噂の収集で終わっていては、友人役に成りえない。
重要なのは、観察と推測だ。
そもそも、今日に至るまで梔さんの評判はまさに「無口クール美人」。彼女が偽装したかったキャラそのものだった。
何故、あのタイミングで彼女は口を滑らしたのか。
何故、こんな雑な提案に乗っかってきたのか。
更に言えば、彼女は俺達と初めて会った日――廊下ですれ違った日ですら、口を滑らせかけていた。
それは何故、何故、何故――。
「梔さん、貴方は」
俺は一つの答えを導き出した。
これならば、全てが繋がる。
「期待していたんでしょう――七瀬仁に!」
梔さんの動きがピタリと止まる。
横で仁が素っ頓狂な声をあげる。頼むから静かにしててくれ。
「どういう、意味ですか」
さて、ここからは我ながら不本意な理由を語ることになる。
「単純な事です。七瀬仁が、俺という――傍から見た時、かなりの問題児である人物と、入学式当初から友人関係を継続しているからだ」
「どこから見ても問題児だぞ」
「うるせぇ。……こういう会話は、特に声を抑えるまでもなくしている。ある意味、クラスの名物と化してる。だから、貴方の目や耳には、こう映ったんじゃないですか?」
ビシッと梔さんを指さす。
「俺のような“すぐおちゃらけずにはいられない人間”との付き合い方を心得ている人間――ギャグのサンドバッグの才能を持った男であると」
「ぶっとばすぞ」
横のうるせぇやつは無視して、梔さんをじっと見つめる。
どうだ? 俺の推測は……!
「俺は貧乏クジ引きがちなだけでサンドバッグでは決して……」
「その通り、です」
「梔さん!?」
いちいちうるさいぞ七瀬仁。