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第五話「いざ出陣」


 時は経ち、約束の日が訪れた。


 ショッピングモール前の噴水広場のベンチに腰掛け、スマホをいじっていると、視界の隅にある男の姿がうつる。


「やあ、七瀬仁! 俺は五分前行動読み五分前行動をしたぞ。よってお前は遅刻だ」


「ぶちのめすぞ」


 うーむ、元気な挨拶。

 腹から声が出ていて大変よろしい。


「では七瀬仁。さっそく美容室に向かおうじゃないか」


「飯は?」


「変わった自分のまま少しショッピングモールを歩きたいじゃん?」


「はあ」


 なんだその間の抜けた顔は。

 お前は今日からラブコメ主人公デビューなんだぞ。自覚を持てよな。


 七瀬仁の背をぽんと叩き、俺達は共にラブコメへの道を踏み出した。




「いらっしゃいませー」


 入るなり、おしゃれな店員さんが満面の笑みで接客してくる。


「えーと、予約してたミタルです」


「七瀬です」


「はいはーい。奥へどうぞー」


 奥の並んだ三席へ通される。

 左から先客の女性、俺、七瀬仁、の順に詰める。

 

「今日は同じ学校の人の予約が多いなー……何かあったの?」


 俺にタオルやら何やらを被せながら茶髪のギャルっぽい美容師さんにたずねられる。


「校則が変わって、髪色とか髪型の自由が許されるようになったんですよ」


「へぇ! 珍しい!」


 俺の髪を触りながらギャル店員が呟く。


「よし! 今日はもっとショートヘアーに挑戦する感じなのかな?」


 ショートヘアーに挑戦……?


「まぁ、はい」


「任せといて!」


 しばらく散髪にすら行けていなかったせいで、やや長髪気味なのは気になっていた。

 存分にやってもらおう。


 目を瞑り腕を組む。


「すいません、腕通してもらっていいですかー?」


「あっはい」


 言われるがまま、ポンチョのようなものに腕を通す。

 チラリと横を見れば、似たような恰好の七瀬仁の姿。


 めちゃくちゃ滑稽で面白いな。写真を撮ってアイコンにしたい。


「一旦髪を濡らすのでこっちに来てくださいねー」


「はい」


 ポンチョ姿でちまちま歩き、椅子に辿り着く。

 俺が座るなり、背もたれがぐーっと下がっていった。


 いいなコレ。家に欲しい。


 もしここで勝手にシャンプーされたら料金を追加されるのではないか、という不安が杞憂に終わり、再び元の椅子に戻ってくる。


「ではカット始めさせていただきまーす」


 俺は髪が目に入るのが嫌なので目を瞑った。





「ありがとうございましたー」


 お金を払って、店から出る。

 仁はもう少し時間がかかりそうだったので、それまで待機だ。

 

 暇なので、内カメラを起動して自分の髪型をチェックする。

 ……なんかやけに女の子っぽい気がするが。気のせいか。

 俺はナルシストではないのですぐにカメラを閉じた。


 そうだ、さっきのポンチョもどきの名称でも調べよう。


 なになに……刈布? カットクロスとも言うのか。

 へぇ、漢字だと結構かっこいいじゃないか。


「悪ぃ、待たせたわ」


 自動ドアが開き、金髪ツンツンヘアーがあらわれた。


「うわぁこわ」


「お前の指示に従った結果なんだが」


 ふーむ。思ったよりヤンキーで驚いてしまったが、派手さはあるから良し。

 昨今のラブコメでは主人公の印象が薄いのが一番まずいからな。


 時間を確認しようとスマホを開く。

 どどんと表示されたのは先ほど調べたカットクロスの販売サイトだ。


「なにそれ」


 仁にそう問われ、答えようとしたその時。


「カットクロスの通販画像、初期状態みたいで面白いな……」


「画像の人に失礼すぎんか」


 仁がつっこんだ直後に硬直する。

 俺も同じだ。


 だって、初期状態云々の発言は、俺のものでも、ましてや仁のものでもない。


 ゆっくりと後ろを振り返る。


「…………梔、さん?」


 仁の絞り出すような声に、いつの間にか後ろに立っていた梔さんが驚愕の表情を浮かべる。

 いや、なんでそっちが驚いてるんだ。


「あっ、やば……」


「どうして、背後から急に変則的なボケを?」


 俺の直球の質問に対し、仁がとがめるような視線を送ってくる。

 でも気になるだろ。


「え、いや! 違うんです! 同じ美容室でたまたま会っちゃったし! 挨拶しようと思って!」


「挨拶が独特すぎませんか」


 仁の反射的なツッコミに対し、とがめるような視線を送る。


「声に、出すつもりじゃ……なかったんです……本当に……」


 梔さんは、若干絶望さえ滲む声音でそう呟いた。


 これは……ワケ有りだな。

 仁と咄嗟にアイコンタクトを交わす。


「仁」


「は? いや別に俺は悪くないだろ。睨むなよ」


 そうじゃねぇ。

 いやまぁお前が悪いが、今のアイコンタクトはそういう事ではない。


 しょうがない、そこの金髪ツンツンポンコツ野郎ができないなら俺がやる。


「梔さん。俺達、今から昼飯食べに行くんですけど……せっかくなら、一緒に行きませんか」


「へ?」


 梔さんが、虚を突かれたように顔を上げる。

 そして仁も負けず劣らずのリアクションをとっている。

 ラブコメ主人公の自覚が足りんぞ。


「悩みってのは、意外と初対面の人を相手にする方が打ち明けやすいものですよ」


「……」


 梔さんの表情が、迷いに変わる。

 あと一押しだ。


「ついでに言うと、そこの七瀬仁は、そういったカウンセリングを大の得意としています」


「めちゃくちゃ嘘つくじゃんお前」


 おい、乗っかれよ。

 せっかくもう少しのとこまでいったのに。


 これじゃあ、梔さんが呆然とした表情に……なってないな。


 アレは、どちらかと言うと――


「そう、かもしれません。相談、乗っていただけますか」


 ――覚悟を決めた表情だ。


「当然、乗りますとも。なぁ、七瀬仁!」


「あー、うん。あんまし参考にならないかもしれないけど……」


 煮え切らない返事だな。

 

 仁の認識を変えるべく、俺は耳打ちをした。

 うわカラー剤くせぇ。


「おい。仁、覚悟はいいな?」


「何の?」


 何の? この期におよんでそんな事をきいてくるのか。

 そんなもの、決まっているだろう。


「ラブコメを始める覚悟だ」


 仁は妙な表情をした後、俺に耳打ちでこう返した。


「人の悩みをコメディ扱いはダメだろ」


 ぬう、正論だ。



 

 

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