第四話「計画を練ろうか」
私語がピタリと止む。
当然だろう。聞きたいのだ、例の張り紙について。
高橋先生は、ゆっくり壇上に立つと、口を開いた。
「えー、皆さんが気になっているであろう張り紙の件ですが……確認を取ったところ、学長からの指示で間違いないそうです」
わあっ。
教室中が一気に歓声で満たされる。
高橋先生は、その様子を何とも言えなそうな表情で見つめている。
「……えぇと、流石にタバコだとか、制服の着崩しだとか。そういうのは変わらず指導していきますので、勘違いしないように。あくまでも、髪色と髪型が自由になっただけです! いいですね!?」
「はい!」
元気のいい返事に、呆れた表情を浮かべているが、何となく先生も楽し気な表情だ。
「さて、ではホームルームを始めますが――」
いつもの事務連絡の後に、ホームルームが終了した。
先生が教室から出て行くなり、七瀬仁が鬼のような形相でこちらの席に迫ってきた。
「おいおい、なんだその表情は。とてもラブコメ主人公には見えないぞ」
「家族を人質にとったのか、それともお前んとこの家がめちゃくちゃ裕福なのか……どっちだ」
さて。正直に話してもいいが、噂が広がるのは嬉しい事ではない。
嘘ではないが、真実でもない程度に語っておこう。
「七瀬仁。俺はめちゃくちゃ運が良いのさ」
まさかお狐さまに願った当日に学長があの神社を訪れるとは。
なんとも運が良い。
「…………」
納得していないようだが、それはこの際どうでもいい。
重要なのは、この男は、約束は約束としてしっかり果たすであろう、というところ。
短所であり長所だな。
「金髪、ツンツンヘアー」
「うぐっ……こんな、卑怯だぞ……!」
「いや~、週末は一緒に美容室に直行だな! 七瀬仁!」
「分かったよ……あといちいちフルネームなのやめろ」
「煽る時はフルネームの方が効くと中学の道徳の時間に習ったからな」
「へぇ。育ちが良いな」
お前の返しもなかなかの育ちの良さだぜ。
二人で仲良く睨み合っていると、皆がごそごそと席を立ち始めた。
移動教室だったか。
「詳しいオーダー内容については、昼休みに詰めるとしよう」
バシッとウィンクを決める。
「クソが」
苦虫を噛み潰したような表情のまま、仁が自分の席に荷物を取りに戻っていく。
フハハハハ。
俺は勝利の余韻に浸りながら、ゆったりと廊下を移動した。
時は経ち、昼休み。
「七瀬仁!」
「うっさ」
憎まれ口を叩きつつも弁当と椅子を持ってこちらにやってきているのがこの男の可愛いところだ。
「で? どんな手を使ったんだよ」
「運」
「……もういいやそれで」
よし、諦めたな。
ならば早速本題に移ろう。
「細かいオーダーについてだが、どうする? 金髪は確定だとして」
「ツンツンヘアーでいいよ別に。ただ、俺だけってのは不公平だろ。お前もなんか髪いじれ」
ふむ。
仁からの提案をしばらく吟味し……結論を出す。
「却下。親に心配される」
「俺だってされるわッ!」
なんだって。
しまった、完全に認識外の存在だった。
仁がラブでコメディな展開に巻き込まれてめちゃくちゃになるのは構わないが、親御さんを巻き込むのはまずい。
「親御さんには俺が個人的に謝りに行っておく。それでいいか?」
「譲歩した、みたいな雰囲気出してるけど何も俺の利益に繋がってないからな」
困ったな。
……少しいじるくらいなら大丈夫か。
「わかった、要求をのもう。ただ髪色は変えないぞ」
「それ普通に散髪行くだけじゃ……まぁいいか」
仁が深くため息をつく。
一度譲ったが運の尽きよ。俺はまだ深く食い込むぜ。
「髪型、ツンツンヘアーとは言ったけど、仁が他の髪型の方が自分に合ってると思ったなら別のものにしても良いんだぞ」
俺の言葉に、仁が警戒したような表情を見せる。
「更に何か要求しようとしてるな。騙されんぞ」
傾向と対策はバッチリか。
こりゃ三年後の受験が楽しみだな。
「じゃあもしもの話をしよう」
「……」
ここで、まぁ話ぐらいは聞いてやるか……みたいな顔をしてしまうから付け込まれるんだぜ。
「めちゃくちゃにしてください、とオーダーした場合、いったいどんな髪型にされるだろうか。ひょっとして、混沌の中にアート性が生まれる気がしないか? さしづめ、ゲルニカのような」
「そうか。お前がやってみたら良いんじゃないか?」
良い返しだ。
俺は無言で両手をあげて降参のポーズをとった。
「この場は譲ってやろう」
「一歩踏み込んだ後、半歩下がって譲歩を自称する男がいるらしい」
「なんて酷い奴だ。きっと母親にも恵まれ、将来を約束した人がいる素敵な青年なんだろうな」
「ポジティブの怪物か?」
そこまで褒められると照れるぜ。
さて、脱線はこの辺にしておいて、続きを語ろう。
「土曜日は暇か?」
仁が少しの間スマホを確認した後、答えた。
「暇だ」
無駄な演技を挟みやがって。
「よし。じゃあ12時に近所のショッピングモールに集合でどうだ」
「了解。昼飯は? せっかくなら一緒に食おうぜ」
「いいな。そうしよう」
計画は完成だ。
弁当の最後の一口を一気に飲み込み、席を立つ。
「お花を摘んでくる」
「おーう……ああ、俺もトイレ行きたいんだった」
慌てて食べ終え、同じく席を立つ仁。
「おい、俺がせっかく高貴な言葉を使ったのに台無しじゃないか」
「本人が高貴じゃなきゃ意味ねぇよ」
言ってくれるじゃないか。
しかし違うぞ、七瀬仁。
共に教室から出ながら、口を開く。
「高貴な人とはどういった人物か教えてやろう」
「クソ授業始まった」
「クソとはなんだクソとは。下劣なる者め」
「は? おい」
そんな話をしながら廊下に出た、その時だった。
隣の教室から同じく出てきたのであろう女生徒と軽く衝突してしまった。
……俺が。
「おっと。申し訳ない。こちらの前方不注意だった。仁、謝れ」
「なんでだよ」
女生徒は暫く固まっていたが、やがて優雅に一礼すると、俺達の横を通過していった。
「……ほう」
「ミタル、今のが高貴な人間だぜ」
今の女生徒……確か、かなり有名な生徒のはずだ。
「梔 京子だな」
「あー! あの人か! どうりで美人だと思ったわ」
入学当初から学内トップレベルと話題の美女だ。
謎に詳しい友人役を目指す俺としては当然、頭に入れてある生徒の一人。
「やっぱ品格が違うよなぁ。どこかのミタルとは大違いで」
「いや、負けてないが」
「どこが?」
失礼すぎるだろ。
俺はどこの社交界に出しても恥ずかしくない男だぞ。
それに、仁が高貴と評した所作だが……
俺には咄嗟に何かを堪えたようにしか見えなかった。
チラリと横目で仁を確認する。
ふむ。浮かれてやがる。気付いた様子はまるでない。
「さっさと花を摘みに行くぞ」
「トイレな」
その後、これといったトラブルもなく俺達は昼休みを終えた。