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第三話「見たる」


「いただきまーす」


 本日の夕飯はサバの味噌煮だ。


 うむ、素晴らしい。日本人って、結局こういうのが好きなんでしょって感じの味だ。

 

「ミタル。学校はどう? 楽しい?」


「楽しいよ。七瀬仁という男が居てだな」


「あんまり迷惑かけちゃダメよ」


「はっはっは。母さん、俺は迷惑をかけているわけじゃなくて」


「程々にね」


「はい……」


 今のところ俺は模範生だと言うのに。


 無言の食卓が続く。

 これは、何というか……バレてるなぁ。

 

「……あー、実は今日、神社にですね」


「ミタル」


「うん」


「関わりすぎちゃダメなのよ」


「分かってる。ごめんね」


 心配させてしまったか。

 お狐さまはそういうのとは違うんだが、母さんには分からないだろうからな。

 気を付けないと。


「放課後遊ぶならその七瀬仁って子と遊んだ方が良いと思うよ。お母さん、この前お小遣いあげたでしょ?」


「しっかり貯金してます」


「……しっかりするのも良いけど、遊んで欲しくてあげたお金なんだから、使って欲しいな」


 ふむ。もっともな話だ。

 本当は神社買収資金の足しにしたかったのだが……ちょっとした交遊費に使うくらいなら誤差か。


「七瀬仁を美容室に連れていってやるか……」


「び、美容室……?」


「母さん、美容師さんに、本日はどうしますか~? と聞かれた時にめちゃくちゃにしてくださいって答えたらどんな髪型にされるか気にならない?」


 お母さんは暫く目をパチクリさせた後、思わずといった風に笑った。


「ふふ、何それ……」


 無言で肩をすくめる。

 何それと言われても言葉通りとしか。


 その後、食卓は和やかな雰囲気のまま終わった。




ミタル:やあ七瀬仁。課題は終わったかな?


七瀬仁:今やってるよ


ミタル:じゃあ数学は任せたぞ、俺は英語をやろう


七瀬仁:は?


ミタル:明日が待ち遠しいので早めに寝たいんだ


七瀬仁:ガキかよ


ミタル:校則が変わるんだぞ、テンション上がるだろ


七瀬仁:どうしてそこまで自信をもって断言できるんだよ


七瀬仁:あと仮に変わったとして俺には不利益しかないからな? 全然テンション上がらねぇからな?


ミタル:高校生デビューしたくないのか


七瀬仁:ワンテンポ遅れての高校生デビューほど恥ずかしい事もないだろ


ミタル:そうか……せっかく美容室代も出してやろうと思ったが……そこまで言うなら仕方ない……


七瀬仁:一瞬心が動いたけど、よくよく考えたらお前との約束が無ければ発生しないはずの出費じゃん?


ミタル:クソッ、本質に辿り着くのが早すぎる


七瀬仁:辿り着くというか目の前に転がってたというか


ミタル:ラブコメ主人公になる自覚が足りないんじゃないか? もっと感覚をなまくらにしていけ


七瀬仁:なんでだよ


ミタル:まともな感覚をしていればヒロインを複数相手取る事なんかできないだろ、しっかりしろ


ミタル:やっぱりしっかりするな


七瀬仁:どっちだよ


ミタル:どっちでもいいから来週までにラブコメ主人公としての自覚を備えてくるんだぞ


七瀬仁:せめて具体的な指示をくれよ


ミタル:鼓膜を破壊するとか


七瀬仁:俺の認識と激しい乖離があるのは理解した


ミタル:違う。そこは「ん? 今何か言ったか?」だ


七瀬仁:ログの読み返しすらできないようになったら終わりだよ


ミタル:具体的な発言は全て聞き逃さなきゃいけないんだ。告白されるタイミングを焦らし続けろ


七瀬仁:ラインで報告された時点でアウトじゃね?


ミタル:スマホを破壊しろ


七瀬仁:何かを壊さずにはいられないのか?


ミタル:人間関係を破壊しないためだ


七瀬仁:俺の情緒が壊れる



七瀬仁:というか課題は良いのか。俺は片手間に進めてっけど


ミタル:しまった。ではまた明日会おう


七瀬仁:はいはい




 スマホの電源を落とし、姿勢を正す。

 さっさと課題を片付けてしまわないとな。


 それから俺が無事布団に入るまでは、実に一時間半を要した。




「みたるー、起きなさーい」


 ドア越しのくぐもった声で、目が覚める。


 目覚まし時計は不自然な時間で停止している。

 なるほど。寝坊か。





 スマートに朝支度を終え、靴に足を通す。


「いってきます」


「いってらっしゃーい」


 さぁ久しぶりの全力ダッシュの時間だ。


 景色がのろのろと進むのを悩ましく思いながら、ただ走る。

 急げばまだ間に合う時間だ。

 

「は……ッ、は……ッ」


 何故このような苦しみを受けなければならないのか。

 目覚まし時計を粗末に扱った罰か。

 やはり物は大事に使わなきゃならないな。胸に刻もう。


「あっ!」


 見れば、校門を閉じようとする教師の姿。新任の体育教師の……角田先生だっけか。

 いけるか? いや、滑り込めばギリギリいける。


「うおおおおおおおおお!!!!!」


 俺の華麗なスライディング登校は見事、校門にはじかれた。


 残ったのは、唐突に校門に飛び蹴りを入れた不審な生徒という結果のみ。


「……」


「……」


 格子越しにジャージ姿の角田先生と目が合う。


「心が、痛みませんか? 開けてください」


「いや、ちょっとな……」


 くっ、俺がこんなに願いを込めた視線を送っているというのに。


「髭さすってないで開けてくださいよ、まだギリギリセーフなはずです。開けてください」


「いや……ここで成功体験を与えてしまっていいものかと悩んでてな」


「大丈夫です、どんな対処をされても既に反省は済ませてあるので俺の心に届く事はありません! というワケで開けてください」


「別の方向で心が痛むよほんとに」


「そうですか。開けてください」


「怪異か何かかお前」


 そんな素敵なツッコミをかましつつ、角田先生が門をガラガラと開けてくれた。


「ありがたや……この恩は忘れません……」


「はよ行け」


 ポス、と頭にチョップをかまされる。


「先生も早く戻った方が良いですよ」


「はー……今はあんまり戻りたくないんだよ」


 再び閉じた門によりかかりながら、角田先生が肩をすくめる。

 戻りたくない、とは?


「いや職員室中が大騒ぎで……こんな会話してる場合か?」


「確かに! すみません!」


 角田先生に軽く頭を下げ、慌てて校舎に駆ける。

 靴からスリッパに履き替えつつ、妙にざわつきが大きい校舎内を怒られない程度の速度で走る。


「セーフ!」


 まだ朝のホームルームは始まっていない。

 どうやら間に合ったようだ。


 普通、こんな時間に登校すれば多少は目立つはずだが……皆はこちらに一瞥くれただけで、すぐにお喋りに戻ってしまった。


 自分の席に座り、周囲をキョロキョロと見回す。


「……ちょいと、島田君」


「ん? おお、いつの間に」


 真後ろの席の島田君が満面の笑みのままこちらに向き直る。


「この騒ぎは?」


「え? 張り紙見てねーのかよー」


 スマホを取り出し、その張り紙なる物の写真を見せてもらう。


「髪型、髪色に関する校則撤廃のお知らせ……ほほう」


 思わず口元が緩む。

 なんと行動力のある学長か。

 まさか即日とはこの俺をもってしても予測していなかった。


 慌てて七瀬仁が居る方を確認すれば、目をつむったまま固まる彼の姿。


「おーい、七瀬仁! 聞いたか!」


「……」


 ほーう。だんまりか。

 俺が席を立ち、堂々と勝利宣言をかましてやろうと思ったところで、担任が教室に入ってきた。

 

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